CASE13 天網恢恢疎にして漏らさず
今回はメンタンピン亭のお話を
奇妙な館での依頼を受けてから数日後。ルドルフはルチナとともにメンタンピン亭に来ていた。
「にゃはは、いつもありがとね」
「ふふ、ここの料理は僕らみんな好きだからね…あれ、どうしたんだい、タイゲンくん?その顔…」
にへらにへらと笑うタイゲンの頬には、大きなガーゼが貼られていた。
「あ、ああ、大丈夫だよ、ちょっとそばかすのあたりかゆくてかきむしってたらケガしただけだから…それより、お茶出すね」
タイゲンはお茶の入ったグラスをたどたどしく並べていく。ルドルフの前に、ルチナの前に、マリーの前に…そして…
「はいっ」
「あれ、そこはだれもいないんだが…」
タイゲンがルドルフの隣の空いた席の前にグラスを置く。
「えー、ルドルフさんの隣の席に、目を血走らせた白い顔の子がいるように見えたから…」
タイゲンの言葉を聞いたルドルフの脳裏にあの日の不可解な事件がフラッシュバックする。謎の少女、薄暗い通路、開かずの部屋、何人もの亡者、老紳士から聞いた奇妙な話…。ルドルフの心臓がどくん、どくんと鼓動する。
「へあああああああああああ!?!?!?」
「きゅむっ!!!」
「先生、マリーちゃん!?」
マリーがルドルフの胸に飛び込み、ルドルフがマリーを強く抱きしめた。
「わわわ、そんな、そんな驚かせるつもりは…」
「タイゲンくん、うちの先生いじめないでよ、先生ああ見えてお化けとか苦手だから…」
タイゲンの悪ふざけだった。真相を知ったルドルフは立ち上がり、タイゲンの前に立つ。笑顔なのに、笑ってないように見える。オレンジ色のオーラがタイゲンに見える。
「タ〜イ〜ゲ〜ン〜く〜ん〜!!!!」
「ひゃあああああ!!」
「僕はいいんだ、だけどマリーを泣かせたのはさすがの僕でも怒るよ!?あんまりふざけてると、ミートパイぶちこむよ!?」
「きゅむきゅむ、きゅむむ!きゅむむ!」
「ひいいいい、ごめんなさあああああああいいい!!」
悪ふざけをしたタイゲンはルドルフにみっちり説教を食らうことになった。
「…先生怒らせないようにしよーっと…」
普段からは考えられないルドルフの剣幕を目にしたルチナはルドルフを怒らせないようにしようと決意した。なお、タイゲンは今日の食事料金半額とマリーに月餅持ち帰りのサービスをお詫びとして手を打ってもらうことになった。
「ん、相変わらず見事な味だな。あれ、ところで店主さんはどこだい?」
「ああ、いつも頑張ってるから、ぼくとメイリンがお小遣い貯めて温泉旅館のチケットをあげたんだ、休んでほしくてね。3泊4日で、明日帰ってくるんだよ!」
そうにへらにへらと笑いながらタイゲンが答えると、ルドルフとルチナの顔が思わずほころぶ。厨房ではメイリンがにんまりと笑っている。
「そりゃあうれしいだろうなあ。なにかあったら僕に依頼しにきてくれるといいよ。あ、ハガネグリの饅頭を3つ、いいかな」
「にゃはは!お安い御用だよ!」
タイゲンは紙にルドルフからの注文を書いていくが、一瞬顔をゆがめ、鉛筆を床に落とした。
「わわわ…っ!」
タイゲンはしゃがみこみ、右手を伸ばそうとするも、またも顔をゆがませ、手が伸ばせないでいる。
「ほら、なにかあったのかい?」
「あ、ありがと、だ、大丈夫だよ…」
ルドルフはタイゲンが落とし鉛筆を拾い上げ、手渡しながら問いかけるが、タイゲンは答えようとしない。そんなタイゲンの手をルドルフが掴む。
「わわ、ルドルフさんっ」
「いいから、僕に見せてみて?」
ルドルフがタイゲンの袖をまくりあげる。そこには、ルドルフが思った通りの、胸糞悪い光景があった。
「やっぱり、こんなケガを…」
「ひ、ひどい…」
タイゲンの腕には血の滲んで赤黒くなった包帯が巻かれていた。おそらく、誰かにやられたのだろうか…。ルチナはタイゲンの腕の傷に目を覆う。
「ルドルフさんになら話せるね…うん、言うよ」
「その前にちゃんと治療しないと…」
ルドルフが包帯をとると、そこには刃物で切られたり、焼けたものを押し付けられたかのような火傷の跡…明らかに誰かの悪意にさらされた、生々しい傷跡がのこっていた。ルドルフは苦々しい表情を浮かべ、ポーションをかけていく。
「っ!」
ポーションが傷口に染みる痛みに一瞬顔をゆがませるが、みるみるうちに傷がふさがっていくとともに、痛みは引いていった。傷はふさがっているものの、跡はくっきりと残っており、それを見たタイゲンはため息をつき、話し始める。
「昨日、ガラが悪い人達に店を閉めて土地を売るようにといわれて、それはできないと言ったんだけど、そしたらやられちゃったんだ…」
「そうか…」
「また今日来るとか言ってたけど…大丈夫かな…?今はぼくが頑張らなきゃ、だけど…」
普段の朗らかな姿からは想像できないほど声と肩を震わせている。ルドルフはタイゲンの肩をつかみ、目のあたりをじっと見る。
「よければそいつらの処理、依頼として、僕らが引き受けるよ」
「きゅむ…!」
「あ、あたしだって強くなったからね!」
ルドルフの心強い言葉はタイゲンの心を解きほぐす。マリーとルチナもやる気十分といったところだ。
「あ、ありがとう、みんな…、では、お願いします!」
こうしてルドルフたちは一般客としてスタンバイしながら、悪党を待つことにした。しばらくして…
「おう、また来てやったぞ!」
「へへ、まだやってやがったか」
一人は黒と茶色が混ざった汚い鳥の巣を乗せたような髪型と性根が悪そうな表情を浮かべ、もう一人は鶏のようなトサカモヒカンに割れアゴに咥えタバコといういかにもガラの悪い男たちが入店してきた。2人ともその品のない風貌とは不釣り合いな高そうなスーツを着ている。
「なんか品がなさそうなのが来たな…」
「タイゲンくん、あの人たちかな?」
「うん、あの人たちが…」
タイゲンに怪我を負わせ、メンタンピン亭を潰そうとする悪人がまた現れた。ひとまずルドルフは監視を続けることにした。
「でよう、ここ明け渡す気になったか?」
「だ、だからお父さんがいないと…」
悪人の相手をするタイゲンの表情は引きつって見える。
「だから、傷だらけのお前の姿を見せればいいんだよ…別に傷つくのが嫌なら、もう1人の方でもいいんだが…」
割れアゴの男が厨房にいるメイリンの方に目をやると、タイゲンの表情がさらに強張る。鳥の巣男は舌なめずりをしながらメイリンを見つめる。
「メイリンに手は出さないで…な、なら僕が…」
タイゲンが震える手で袖をめくりあげ、差し出す。
「なんだ、治ってやがる。まあいい、今日はどういう傷を…へっ、これに決まりだ」
割れアゴの男がタバコに火をつけ、タイゲンの腕に押し当てようとした時、男の手が強く握られる。
「あだだだだだだ!なんだてめぇ…」
「それはこっちのセリフだ」
悪人の腕をつかみ、曲がるべきでない方向にジワジワと曲げようとしているのは、汚いものを見るような目で悪人を見下ろすルドルフだった。
「何をしている?事と次第によっては…二度と自分の手で飯が食えなくなる…10秒やる、それまでに答えろ」
「な、なんだこいつ…力がゴーレム並じゃねえか…」
「いーち、飛ばしてきゅーう…」
ルドルフの手の力が一気に入り、男の脳裏に自分の腕が折れる映像が浮かぶ。
「す、すみません!こいつらの土地を買い取って、鉱夫たちの下半身を癒す店を作ろうかと」
「ほう、それで、なんでタイゲンくん傷つけたの?そんなことしちゃ痛いとわかるよね?」
割れアゴの男が答えるとルドルフが曲げるのを止め、さらに問いかける。
「そ、それは…あの傷を見たら親も子供守るために売ると思ったし…ボスからこき使われた憂さ晴らしがしたかったし、あのガキを傷つけていつ心折れるか賭けてたから、なんてぐおおおお!」
割れアゴの男が答えると、ルドルフの目がゴミを見るような目つきに戻り、掴まれていた腕は一気に折り曲げられ、は何かが折れる絶望的な音を立て、曲がってはいけない方向に直角に曲がった。
「うぎょえええええ!?」
「あ、手が滑った。今のはわざとじゃないから、悪く思わないで…くれよ!オラァ!」
ルドルフは割れアゴの男を立たせると、追撃で男の股間を打ち抜いた。
「ぐおっ!ぐおおおお!?」
急所を潰された男は股間を抑えその場でのたうち回る。
「きゅむ!」
「な、なんだチビ…ま、まさか…」
悶える男の前に、右足を高々と上げ、左足1本で立ちながらハンマーを構えるマリーが姿を現し、そのハンマーを勢いよく振るった。
「ぐおおおあああ!?」
ハンマーによるフルスイングが顎を捉えた。男の割れアゴは3つに割れることとなり、意識は闇に沈んだ。
「この野郎!」
鳥の巣男がナイフを抜き、ルドルフの胸めがけ突き刺しにかかるが、ルドルフはそれを手で受け止める。
目を見開き、刃を握る手からは鮮血が滴り落ちる。そんなルドルフの姿を見た男は怯んでしまう。
「ひいいっ!?」
鳥の巣男がナイフを引こうとしても、動く気配がない。ルドルフの手が赤く光ったと思うと、つかまれたナイフの刃がドロドロに溶ける。
「まったく、何してんですか先生、暴力行為中失礼します!」
ルチナが樫の木で作られた椅子に手をかざすと、椅子が浮かび上がり、鳥の巣男の顔面にクリーンヒットした。鳥の巣男は鼻血と数本の歯を撒き散らして倒れ込む。
「話し合いだよ、ルチナ君っちょっと手の傷が痛むけどね」
「話し合ってなあああああちゃちゃちゃちゃ!?」
そう言いながらルドルフは鳥の巣男の髪を掴み、魔術で髪を燃やす。鳥の巣男は焼け野原男にジョブチェンジすることになった。
「く、くそが…げふっ!?」
意識を取り戻した割れアゴ男がナイフを構え、起き上がろうとするが、何者かに後頭部を殴られ、意識は再び闇に沈んだ。
「ふふんっ」
男の背後ではフライパンを構えたタイゲンがルドルフたちにむけて親指を立てていた。ルドルフは笑みを浮かべ、親指を立て返す。それから数時間後、通報を受けたミミが男たちを連行していった。
「ふむ…こいつらのつけてるエンブレム、零細マフィアのボールドネス組だね。まあいいや、余罪とかもまたじっくり聞かなきゃ、ね?」
「あ、あわわわわ」
「ふが、ふが…」
ミミが鋭い目を2人の男に向ける。ミミの圧に2人はなにもいえずにいた。そしてファミリーの事務所には、チェルシーと部下たちが向かっていた。
「こ、こいつら…」
「あらあら、掃いて捨てるほどのザコファミリー…残念だけど、今日でおしまいだね」
「な、はやっ」
既に手下たちはチェルシーの部下に軒並み倒されており、残るは組長という状況。チェルシーが走り出し、すれ違いざまに氷の刃でボスをに肩から斜めに切り裂いた。
「がっ…がっ……そ、それは…」
血反吐を吐き散らすボスに、チェルシーは2枚の写真を突きつける。写真にはそれぞれ、女性と、小さな子供の姿が焼き付けられていた。
「ファミリーを解散し、投獄されるか、このままマフィアを続けるか選べ。僕らは君の妻子の居場所と顔を知っている。どうか選択肢を間違えないように…」
不敵に笑いながら言うチェルシーを見たボスに選択肢などにった。その日、ヴァルト王国から1つの小さなマフィアが消えた…。
「はい、巻いたよ巻いたよルドルフさん、タイゲン助けてくれてありがとね」
「いやいや、いつもおいしい料理を出してくれてるし、いざというときは守らなきゃだよ、それが便利屋の仕事だよ」
「ほんとにありがとう、ルドルフさん」
メイリンとタイゲンはルドルフに礼をいう。ルドルフの手の傷には、メイリンにより包帯がめちゃくちゃに巻かれている。
「ポーションで治るんじゃないの?」
「たしかにそうだよね」
タイゲンとルチナはもっともな疑問をルドルフにぶつける。
「あんまり使いすぎるのもどうかと思ったし、僕にはメイリンくんの真心か一番の特効薬みたいだからね」
ルドルフは笑みを浮かべ、包帯が巻かれた手を振る。それを見た一同は、楽しそうに笑い合うのだった。
さていかがでした?




