CASE12 奇妙な館の依頼事件
ある日、ルドルフは王国のスラム街にある裏商店に来ていた。
「ここも相変わらずだな…」
出どころのわからない貴金属や宝石、明らかに怪しい薬品など、表で取り扱えないであろう品物が並ぶ露店の前を通りつつ、ルドルフが向かったのは古びた小さな店舗だった。
「店主さん、いるんだろう」
「クックック…お久しぶりですねぇ…」
薄暗く、あちこちにクモの巣がはり、壁のひび割れが目立つ建物でルドルフを出迎えたのは、仮面を被り、怪しげな魔法陣のようなマークが書かれたローブを纏った男であった。薄暗い一室の中、机の上のランプに照らされており、不気味さが際立たされている。
「いいものが手に入りましてね…クックック…欲しいものがあれば買って言ってください…」
店には古びた魔導書や、錬金術の素材になりそうなものが所狭しと並べられていた。
「打ち消しの魔法術?」
「ええ…。魔法術を放った相手に、魔力の放出と、魔法術の使用を止めさせる魔法術です…」
「ほう、面白そうだな…それと、この翡翠の…護符なかなかに洒落ていていいものだな」
ルドルフは打ち消しの魔法術と、小さな翡翠の護符に興味を抱く。
「ええ、これはある細工師が作った品物で、邪気払いの効果があるとか…あなた様にはピッタリな品物でしょうね…」
「ふむ…なら、あとはこの素材とこの素材も…質がよさそうだ」
ルドルフは興味を抱いた魔導書と翡翠の護符と、錬金術に使う素材を数点ほど購入し、店を後にした。
「クックックッ…早速あの魔導書と、邪気払いの護符が役立つかもしれませんね…」
店から出るルドルフに何かが起こる。店主がそんな予感を感じたことをルドルフは知る由もなかった。
「相変わらずいい買い物ができたな…」
ルドルフが裏商店の露店を歩いていると
「お兄さん、便利屋さんだよね…?」
ルドルフを呼びとめる声がした。声のほうを振り向くと、白い帽子に白いドレスを着た黒い髪の少女が佇んでいた。怪しげで胡散臭い店が立ち並ぶ通りには似つかわしくない、高貴な少女の姿にルドルフは思わず面食らう。
「そうだけど…どうかしたのか…?ダメだよ、子供がこんな物騒なところに居ちゃ…」
ルドルフは少女と目を合わせる。無表情な、年相応の子供らしさのない目。ルドルフが目を合わせるのをみると、少女はくすりと笑う。
「ふふ、依頼というのはね…2日後にこの場所にきてほしいの…依頼の内容はそのときに…じゃあね…」
「あ、ちょっと!」
少女はルドルフに地図を手渡すとそのまま走り去っていった。ルドルフが手を伸ばし、叫ぶと周りにいた買い物客や露店の店主の視線がルドルフに集まる。
「なんだったんだあの子…」
釈然としない気持ちを抱え、ルドルフは帰路についた。
「変な依頼?」
その夜の食卓で、母であり便利屋ゼルトザームの経営顧問であるヴェロニカ、と、妹であり専務であるセリアにその依頼のことを話した。
「第一、あんな治安が悪いとこにいいとこのお嬢様みたいな子がいるのがなんか引っかかるんだよね…」
セリアは前菜のカプレーゼを頬張りながらルドルフの依頼を訝しむ。
「ふむ…この地図は…王都のはずれの…あら、ここは?」
ヴェロニカはルドルフが受け取った地図に書かれた目的地に何か覚えがあるようだった。
「ええ、なにか覚えが?」
「…でもなんだったかなあ?思い出せないよ…」
「そうか…まあ、僕が受けた依頼なんだ、僕が行くことにするよ」
ヴェロニカはその場所がなんだったのか、思い出せないでいた。ルドルフは釈然としないまま、依頼の日を迎える…
「そこか…」
「きゅむ…」
ルドルフとマリーが訪れたのは、王都からはずれた場所にある、赤い屋根の館だった。門の前にいると…。
「便利屋のお兄さん…来てくれたんだね、それに、かわいいお供さんも…よろしくね」
「き、きゅむ…」
少女がマリーに向けて手を伸ばす。マリーが恐る恐る手を伸ばすと、少女は微笑みを浮かべる。
「それで、依頼というのは?」
「ええ…今日の夕暮れどきまで、ここに居て護衛を頼みたいの…今日はわたしが一人しかいないから…」
少女はそういうとルドルフとマリーを招き入れた。雲一つない空に浮かぶ太陽が屋敷を照らしている…。
「…暗いな」
館の通路は薄暗く、窓の外は異様に明るい。少女とマリー、ルドルフが白と黒の市松模様のタイル床を踏み進む音が静かに鳴り響いていた。
「入って」
少女が案内したのは薄暗いが、立派な一室だった。大きな窓に、赤いテーブルクロスがかかった机、檜の椅子、壁にかけられた立派な魔獣の剥製、部屋にあるものどれもこれも便利屋のオフィスとは比較にならないほど立派なものだった。
「なにかあったらわたしのところへ来てくれればいいの、よろしくね」
「あ、ああ…」
ルドルフとマリーの前にティーカップを並べつつ抑揚のない声で話す少女の姿に、ルドルフは怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの?」
少女がルドルフの顔を覗き込む。グレーのハイライトのない、吸い込まれるような瞳がルドルフをじっと見つめる。
「い、いや、なんでもない…」
ルドルフは背筋に冷たいものを感じながらティーカップの中身を飲み干す。中身はなんてことのない、温かい紅茶であった。
「ち、ちょっと庭で日に当たって大丈夫かな…」
「いいけど…この大きな窓から見える場所でいてね」
「あ、ああ…」
庭に出るルドルフを少女が見送る。少女の顔がにやりとゆがんだのはルドルフには知る由もなかった…。
「なんだか…調子狂うな…」
暗い廊下をルドルフとマリーは歩いていく。傾いた状態で置かれた古い絵画、薄暗い闇に染まった白黒の市松模様のタイル、廊下の薄暗さとは裏腹に窓から強く照りつける日光…どれもルドルフの不安を煽る。
「うう…こういう雰囲気、なんか苦手なんだよなあ…」
「きゅむ…」
ルドルフは不安にかられながら進んでいく。すると…
ひたっ…ひたっ…ひたっ…
何者かの足音が聞こえる。ルドルフは思考を張り巡らせる。館にはルドルフとマリー、そして依頼人の少女しかいないはず、ということは、依頼人の少女だろう…ルドルフは自分を安心させる答えにたどり着くも、振り向いて確かめるということができないでいた。
「ああ…いつもは煩わしい日光に安心感を感じる…」
「きゅむー」
ルドルフは庭に立ち、日の光を浴びる。元来ルドルフは日の光を苦手とし、暗い場所を好む傾向にある。にもかかわらず、日の光を浴びることを求めていたのは館に何かを感じ取っていたのだろうか…
「きゅむ…」
「どうした?…!」
マリーが一点をじっと見つめているのに気づく。マリーの目線の先に目をやると、窓越しに少女がこちらを見つめ笑っていた。思わず目が合ってしまい、ルドルフは背筋に冷たいものを感じた。
「さ、さて…戻るか」
「きゅむ!、きゅむ…」
ルドルフは少女が待つ部屋に戻ることにした。庭に出たときと同じ通路で、また足音が聞こえた気がした。ひた、ひた、ひた…と
「ふふ、戻ってこないかと思っちゃった」
「依頼を受けたからね…」
そうはいうものの、ルドルフの顔は青ざめていた。紅茶の味もなんだかわからなくなっており、精神的にかなり参っているようだ。どれだけ時間がたっただろうか。だれも言葉を発さず、時計が時を刻む音だけが響いていく。
「お、お手洗いはどこに…紅茶を飲みすぎたみたいでね…」
「ええ、ここからでて右側の通路を進んでいった先にあるわよ?」
「説明ありがとうございます…」
ルドルフはマリーを連れ、部屋から出る。
「やはりこの館…なにかあるよな…」
ルドルフはお手洗いに行くフリをし、通路を駆け出す。
「何かあるはずだ…なにか」
通路、バルコニー、エントランス、書庫…入れそうなところはあらかた見て回り…
「なんだ、ここは…鍵がかかっているのか」
館の最奥、少女のいた部屋の反対側にある扉が目に入った。何かあるのかと思いドアノブを回すと、鍵がかかっていた。その場を離れようとしたとき…
ひたっ…ひたっ…ひたっ…
暗く人気のしない通路を踏み抜く足音が聞こえる。ルドルフが息を呑み、足音のする方向を向く。すると…
「な、なんだ…!?」
ルドルフが振り向いた先には、数人の子供や大人が並んでいた。誰も彼もが目元が見えない、生気を感じない顔をしている…。
「い、生きてる人間じゃないのか…?」
「き、きゅむ…」
「ともかく、ここを出ないと…」
ルドルフとマリーはなんとかその場を去ろうとする。
「う、動かない…?」
その場から足が動かない、何かで縛られたような感覚がする。ルドルフとマリーに生気を感じない人間の群れが迫る。
「へあぁぁああああっ!?」
「きゅむう!!」
ルドルフは狼狽しながらも必死にマリーを抱きかかえ、覆いかぶさるように庇う。生気を感じない人間たちの手がルドルフに触れた瞬間
「グガアアアア!?」
人間たちはなにかに驚いたような声をあげた。ルドルフが見上げると、既にそこにはルドルフとマリー以外の誰もがいなくなっていた。
「な、なんだったんだ…」
足も動き、歩き出せるようになっていた。胸ポケットに入っていた翡翠の護符が一瞬、輝いたように見える。
「これのおかげなのかな…買っておいてよかったな…ううっ…怖っ!」
見てて笑えるくらい顔を青くしたルドルフはマリーを抱えてそそくさと館から逃げ出した。何事もなく門をくぐったルドルフとマリーを少女が見つめる。
「あーあ、あんなの持ってたなんて…でも、仕方ないや、今回は失敗、失敗…」
「うう…今日は疲れたな…ここで泊まるか。…出費が痛い…」
既に夕暮れ時。疲れ果てたルドルフは宿屋で一晩を明かすことにした。ルドルフたちの部屋に向かう最中…
「どうかいたしましたか?こんなに顔色が悪いですが…」
「あ…はい、不可解なことがありまして…」
宿泊客と思わしき老紳士に声をかけられたルドルフは、事の顛末を話した。
「あの館ですか…。あそこは錬金術師の一家が住んでいて、ある日父親が自分の妻と子供を素体に魔物を作り、自身も魔物と化した妻子に殺された館でしてね…今から30年以上前のことです」
ルドルフが事の顛末を聞いた老紳士の話にルドルフは戦慄した。
「それで、その魔物は…」
「魔物は王国軍によって退治され、館も他の人の手にわたりましたが…その度に館に住んだ人たちが次々と亡くなるということがありまして…今は誰も住んでいないはずです」
ルドルフの顔色がさらに悪くなる。マリーはルドルフの足にしがみついて震えている。
「貴方はなんとか帰ってこれたようですね…このあと何事もないとよいですね」
「は、はい…」
老紳士とルドルフが話しているのを別の宿泊客がじっと見ている。
「な、なにあのメガネのひと…1人で話してるよ…」
「み、見ちゃいけません!」




