コミカライズ連載開始記念 薬師になる日 3
粉砕機を気に入ったザーレはとりあえずは私の技量を確認してくれることになった。
「では、とりあえず、このラアの実の粉と、ダンの葉を混ぜて、水の魔力をつなぎにして丸薬にしてみてくれ」
とりあえずは、技術的なことをみるということなのだろう。
「配合率は?」
「五:三:一で」
「わかりました」
私はエプロンを借りて、調剤を始める。
エドワルドには退屈だろうから帰ってもらってもいいと言ったのだけれど、作業工程を見てみたいと店の片隅に座っている。きっと私のことを心配してくれているのだろう。
過保護にされているなとは感じるけれど、それがまた嬉しい。
乳鉢で薬剤をまぜながら、ゆっくりと魔力を注いでいく。魔道具作りに向いている兄とは違い、私の魔力はこうした作業に向いている。
「……さすがはベロニカの娘だな」
完成した丸薬を見て、ザーレは呟く。
「見事な腕前だ。調剤の技術はきちんと学んでいるのだな」
「ありがとうございます」
これ一つで合格というわけにはいかないだろうけれど、少なくとも私が肩書だけ欲しているわけではないということは認めてくれたようだ。
「ザーレさん!」
扉が開いて、二人の男が入ってきた。若い男は足を引きずっており、年配の方の男はその男に肩を貸している。日に焼けた筋肉質の体から見て、肉体労働を生業としている人たちであろう。
「こいつが現場で足をひねってしまって。折れてはいないと思うのですが見ていただけないでしょうか?」
本来なら薬師ではなく医師にみせるべきだが、平民を診る医師は少ないから、このような下街の薬師というのは内科から外科まで総合的な知識を要すると聞いていたが、まさにそんな感じなのだろう。
「わかった。エイド、患者をそこのベッドに寝かせてくれ」
ザーレは奥のベッドを指さした。
「何か手伝おうか?」
エドワルドが立ち上がる。
「申し訳ない。ダンナ。儂は腰をやっていて力が入らない。エイドに手を貸してやってもらえないでしょうか」
「ああ」
ザーレに乞われ、エドワルドも若い男をベッドに寝かせる手伝いをする。
明かに貴族とわかる風体のエドワルドに手を貸されて、二人の男はかなり恐縮しているようだった。
「ザーレさん、この手桶と水は使っても?」
「ああ」
私はそばにあった手桶に水を張り、製氷の魔術を軽くかけて、ハンカチを入れる。
ザーレは若い男をねかせると、患部に触れながら、靴をぬがせた。
「嬢ちゃん、診察してみろ」
「はい」
私はそっと男性の足に触れた。折れてはいないようだが、腫れて、熱を持っている。僅かだが内出血しているようだ。
「痛みますか?」
「ズキズキします……」
苦悶の表情を浮かべる男性の足に私は水で冷やしたハンカチをのせた。
「エドワルドさま、そこのクッションを取ってください。はい。それをこちらの足の下に入れて、少し足を上に」
「これでいいかな?」
「ええ。怪我をした時、何か音とかは聞きましたか?」
エドワルドさまに頷きながら私は問診を続ける。
「軽くプチッという音が聞こえたような気がします……」
「わかりました。暫くこうして冷やしますので、動かさないでくださいね」
骨は折れていないが、それなりにひどい捻挫のようだ。大切なのは冷やすことと、安静にすること。
捻挫は初期の対応が大事。
薬を考えるのはその後だ。
「痛みが少し引いたら、足を固定しますね」
「あの、薬で治らないのですか?」
若い男は訴える。
「お薬も出しますが、大切なのは安静にすることです。今無理をしては、おそらく治るまでの時間がよりかかってしまいますよ。お仕事も心配でしょうけれど、特効薬のようなものは残念ながらありませんから」
肉体労働者は日雇い、日払いの仕事が多いと聞く。一日休むことが生活に直結することもあるだろう。
だが、無理をしたらその分、治りが悪くなってしまう。
痛みを和らげる薬や炎症をおさえる薬もあるけれど、捻挫は安静にすることがとても大事なのだ。
「おい、ザーレ、このお嬢ちゃんはいったい?」
エイドと呼ばれた男が戸惑いを隠すことなく、ザーレに問う。
「俺の妹弟子の娘さんさ。大丈夫。腕は、お貴族さまの高名な医師の折り紙付きだ」
ザーレはほんの少しだけ首を振る。
「貴族のお嬢さんということで道楽と決めつけて悪かった。少なくともあんたは、間違いなくベロニカが育て上げた弟子だな」
ザーレは私に頭を下げる。
「儂がしばらく様子を見るから、嬢ちゃんは処方する薬を何にするか考えてくれ」
「はい!」
今度は薬の知識についてのテストということなのだろう。
私は薬棚を確認しながら、処方すべき薬剤の計算を始めた。
その後も何人かの顧客の対応をしたこともあり気が付くとすっかり日が落ちていた。
「今日は来てくれて助かったよ。随分と世話になってしまった」
道具を片付けながら、ザーレは頭を下げる。
「いろいろ失礼な態度をとって申し訳なかった。嬢ちゃんは知識や技術だけでなく、心構えも立派な薬師だ。正直、貴族の嬢ちゃんが平民相手に、あんなに真摯に対応するとは思わなかったよ」
ザーレの言葉に私は思わず苦笑する。
「私は随分と長い間、貴族の間で貴族ではないと言われてまいりました。だから、ザーレ先生が私を貴族の娘とおっしゃったとき、私はどこに行ってもどちらにもなれないのだなと感じました」
「ルシール」
エドワルドが心配そうに私を見るけれど、私は首を振り微笑む。
「でも、それは大きな問題ではありません。薬師であった母も、貴族である父も、私を愛してくれましたし、私も愛しています。私にとってはそちらの方が大切なことなのです」
重要なのは両親の娘であることに誇りを持っているということだ。
「そうか──そうだな。儂は人より身分を見てしまった。薬師にあるまじきことだ」
ザーレは大きく息をつく。
「薬師にとって大切なのは、目の前の人間を救うことだ。身分の貴賎関係なく仕事と向き合ってきたつもりだが、申し訳なかった」
「私は患者ではありませんので──」
「いいや。まず、高名な貴族の医師の推薦と聞いて、嫉妬や羨望が先にたってしまった。ベロニカが生きていたら、こっぴどく怒られるところだよ」
ザーレはそう言って頭を掻き、さらさらとペンを走らせた。
「推薦状だ。これをもってギルドへ行くといい。ただし試験は難しいぞ」
「ありがとうございます」
推薦状を受け取ると、私はザーレに深々と頭を下げる。
「ザーレ先生。またうかがってもよろしいですか? 今日はとても勉強になりました。私、まだ、教えていただきたいことがたくさんあるのです」
「いつでも来るといい。ただし、こき使うかもしれないがね」
ザーレはにこりと優しく微笑んだ。




