コミカライズ連載開始記念 薬師になる日 4
ちょい長めです。
ザーレの家を出て、暗くなった道をエドワルドとともに馬車との待ち合わせ場所まで歩く。
疲れてはいたけれど、私の胸には高揚感があった。
ずっと昔。
ラムル家を出て、小さな家に住み、薬師になることを夢見ていた。
実際の仕事の現場は、教本のように手順通りにはいかず、緊張感は別次元のものだった。夢と現実は違う。でも。だからこそ、やりがいを感じた。
「エドワルドさま」
「どうした?」
「今日は連れてきてくださってありがとうございました。私、母のような薬師になれるように、一生懸命勉強をします」
頭ではわかっていたけれど、いざとなるとできないことはいっぱいある。
それがはっきりとわかった。何を準備し、何を優先すべきかを学ぶべきだ。それがわかっただけでも、薬師として一歩前進できたのかもしれない。
「俺は君を守りたいし、苦労もさせたくない。だけど、今日の君を見ていると、君から薬師の仕事を奪うことは、決して君を守るということではないのだなと改めて感じたよ」
エドワルドは優しく微笑む。
「君なら絶対に合格する。君に唯一足りないところがあるとすれば、自信だと思う」
「はい。頑張ります」
私はザーレからもらった推薦状をぎゅっと抱きしめる。
貴族であり、貴族ではない。そんな私でもエドワルドの隣に立つのにふさわしいと思える新しい自分になれる予感がした。
マルード侯爵家のお茶会の日がやってきた。
ライラの綿密な根回しがあり、私はライラとともにハプセント家の馬車で侯爵家へと訪れる。
「何とか間に合ってよかったわ」
「マーサ夫人のご苦労の賜物ですね」
今日は私とライラのドレスのデザインはおそろいの色違い。ライラのドレスはライラックカラー。私のドレスはオレンジだ。今までの私なら、絶対と言っていいほど選ばなかった色である。今まではできるだけ目立たぬようにとシンプルかつ、地味な色のドレスばかり着ていた。
かつての婚約者のフィリップに家庭教師みたいな恰好をしていると罵られたことがあったけれど、あながち的外れというわけでもなかった。
だが、今回はライラとの義姉妹コーデである。
デザインは既婚者であるライラが着るということもあり、フリル等は控えめだけれど、明るく優しい印象の仕上がりだ。着なれない色やデザインで少し恥ずかしいけれど、こうした一つ一つの積み重ねで私を守ろうとしてくれるライラの気持ちがとても嬉しい。
「あら、私が間に合ったと言っているのはドレスの話ではなくってよ」
ライラはくすりと微笑む。
「薬師ギルドへの加盟よ。フィナの話では良識的なかたを招待しているという話だけれど、油断は禁物だから」
ひらりと扇を開き、ライラは口元にあてる。そんな仕草も優雅で、絵になってしまう。さすが、公爵夫人だ。
「ライラさまにご迷惑をおかけしないといいのですけれど」
自分が何かを言われるのは慣れている。理不尽でも、自分一人が耐えれば済むことだとどこかで考えていた。
でも、それは間違っていたと思う。
兄も父も、そのことに苦しんでいた。
これからはエドワルドをはじめ、ハプセント家の人たちの迷惑にもなる。
エドワルドに話したように、私は一方的に守られているだけでなく、私も大切な人たちを守っていけるようになりたい。
「迷惑とか考えずに、まずは楽しみましょう?」
「はい!」
私たちは馬車をおりた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、美しい庭園だった。さまざまな色の百合が咲き乱れている。
百合が一面に広がる中央に、大きめのガセボがあり、テーブルが置かれていた。参加者は、ホストを含めて六名。規模としてはそれほど大きくはないお茶会だ。
ホストのフィナ・マルード夫人はライラと同い年らしい。既に子供が二人もいて、それゆえにライラとはここ数年疎遠になっていた。もともとはとても仲が良かったとのことだ。
おしゃれが好きで、美容に興味があるというライラから聞いていたが、しみ一つない肌で、体型も二人の子持ちにはとてもみえない。白い美しいショールをふわりとはおっている。
「ああ、ライラ。あなたがまた私のお茶会に来てくれるなんて嬉しいわ」
「不義理をしていてごめんなさいね、フィナ。そして今日は無理を言って申し訳なかったわ」
二人は懐かしそうに旧交を温める。
「フィナ、彼女が今度私の義妹になるルシールよ」
「お招きありがとうございます。ルシール・ラムルでございます」
私は丁寧に淑女の礼をした。
「こんにちは。ラムルさん。私もルシールさんとお呼びしてもよろしい?」
「光栄にございます」
「どうぞおかけになって。今お茶を用意させるわ」
私たちの他に招待されていたのは、マルード夫人の縁者である、ローラ・ビクトル伯爵令嬢、それから夫人と同世代のディアナ・ムックル子爵婦人。もう一人は、美女と評判のクラリス・マシャーナ子爵令嬢だ。年齢的には、ローラとクラリスが私と同い年だ。
ライラが新しいドレスにこだわったのも理解できる。皆が皆、とても華やかなドレスだ。いつもの私のドレスで来ようものなら、浮きまくったことだろう。
それにしてもどうして私を呼ぼうと思ったのだろう。全然共通項が見当たらない。
「ルシールさん。突然お誘いして困惑されたでしょう? 私たち、ザウサント侯爵がお受けになった魔力による治療に興味があってお呼びしたの」
「まあ、あの時の?」
ライラがポンと手を打った。
「あなたの治療を受けるようになってから体調がよくなったって、あちこちで話しておられるわ。いったいどんな治療をなさったの?」
マルード夫人は期待のこもった目で私を見つめている。
「魔力による治療は一時的なものですが……体験なさいますか?」
私は許可を取って立ち上がり、マルード夫人の肩にふれる。
「首から肩にかけて、随分とはっておられますね。何か手仕事を根をつめてやられておりませんか?」
「まあ。そんなことがわかるの? 最近、レース編みにはまっていて、つい夢中になってしまうのよ」
レース編みは貴族の女性の嗜みだ。たいていは趣味程度だけれど。よく見ればマルード夫人のショール、とても見事だ。自作なのかもしれない。
「リラックスなさってくださいね。魔力を流します」
私は『火』の魔力を少しだけ流した。
「まぁ!」
マルード夫人は声を上げた。
「ふわっとあたたかいものが流れて来たわ!」
「そうよね。気持ちいいわよね」
ライラが隣でうんうんと頷く。
「わ、私も体験させていただけますか?」
ムックル子爵婦人が手を挙げる。
「ええ。構いませんよ」
結局、全員の肩に魔力を流す体験会になってしまった。
ちなみにマッサージなどの一環で魔力を流す治療は昔からあるにはあるのだけれど、治療を施す側からみると、効果が薄いということでそこまで積極的にはすすめない。
「実際には膏薬の方が何倍も効きます。これはあくまでも、肩こりの治療が必要だということを『知って』いただくためのパフォーマンスみたいなものだと考えていただきたいです」
「そうね。ザウサントさんも真面目に膏薬を使っておられるみたいよ」
ライラが横から口を添えてくれる。
「ずるいわ」
クラリス・マシャーナ子爵令嬢がムッとした顔で私を睨む。
「あなたまだ、見習いなのでしょう? それなのに、こんなことをしていいの?」
確かに見習いが施術をするのはあまり褒められたことではない。
「あら、あの時はともかく、ルシールは先日、薬師としてギルドに認められたのよ?」
ライラがにこりと笑んで答える。目が笑っていない。
喧嘩になりそうで、ひやりとする。
「そんな! ますます侯爵さまが夢中になってしまうじゃない。ハプセント公爵家のエドワルドさまの婚約者だというのに!」
ぽろぽろとクラリスが泣き出した。
「クラリス、落ち着いて」
ローラがクラリスを慰める。
どうやらクラリスは、ザウサントに恋をしているようだ。
「あの……私と侯爵さまは、あくまで薬師と患者であって、それ以上でもそれ以下でもないですよ?」
「だって! あの方、あなたのことを『私の天使』っておっしゃるのよ? 最近は遊び歩くのもおやめになったって! それに患者っていうけれど、あの方は病気ではないでしょう?」
私とライラは顔を見合わせて、思わず苦笑する。
「ザウサントさんは、ルシールに指摘されて、いろいろ反省したのよ」
「あの方はご自身の肩が凝っていることを自覚なさっていなかったのです。頭の良い方ですが、ご自身の体調には無関心だったのでしょう。私のしたことは未病に気づいてもらうことでした」
生活を改善することで、きっと体調がよくなっていくことを自覚できたはず。だからこその『天使』呼びなのだろう。大げさだと思うけれど。
「未病?」
「はい。健康と病気の間にあるものと考えていただければよろしいかと」
私はコホンと咳払いをした。ちょっとした体の不調でも積み重ねれば大病の元になることもある。不調を不調のままにしないのは大切なことなのだ。
「すごいわ。そんな考え方があるのね」
マルード夫人が感心したというように頷く。
「ねえ、さっきの魔力を流すやつ、クラリスでもできるようになるかしら? それができたら、クラリスがザウサントさんを治療できるようになるのではなくって?」
突然、ローラが私の方を見る。
「どうでしょうか。それほど難しい技術ではありませんが、保有している魔力に向き不向きがあります。それにどちらかというと魔力を流すことよりもマッサージの技術の方が施術としては有効なので、そちらを学ぶ方がよろしいかと思います。ですが、それは薬師というよりは治療師の役割になるので……」
「やります! 教えてください!」
突然クラリスは立ち上がり、私の手を取り、まっすぐな瞳で見つめる。
「私たちもその『未病』というのに興味があるわ。ねえ、定期的にお茶会を開くのでお話だけでも教えていただけないかしら」
マルード夫人とムックル子爵婦人も頷きあう。
「皆さんお忘れにならないで欲しいのだけれど、ルシールは私の専属薬師なの。仲良くなさっていただくのはかまわないけれど、知識のただ乗りはだめよ? 知識は彼女の努力の賜物なのだから」
「それは……そうね」
マルード夫人が頷く。
「だからね。私がサロンを開こうと思うの。『未病』のためのサロンよ。暫くはルシールを講師として招くわ」
「ライラさま?」
話が急に大きくなって、私は戸惑う。
「まあ、それはすばらしいわ!」
マルード夫人とムックル子爵婦人が手を叩く。
「絶対行くわ! そして私もザウサント侯爵さまに認めてもらうのよ!」
クラリスがこぶしを握り締める。
社交界で評判の美女である彼女がこんな人とは知らなった。
「ザウサント侯爵さまは優秀な方には違いないけれど。クラリスならもっといい男がいると思うのだけれどねえ……」
ローラは小さく呟き、私と目が合うとこっそりと肩をすくめて見せた。
その後。ライラの開いた未病のサロンは大人気となった。
サロンを通じて、クラリスとローラとは友達になることができた。
ちなみに、クラリスの恋の行方は、まだわからない……。




