コミカライズ連載開始記念 薬師になる日 2
アーサーの紹介してくれた薬師に会うために、私とエドワルドは馬車に乗り込んだ。
二人乗りの比較的小さな馬車ということもある。
けれど以前よりずっとエドワルドとの距離が近い。
こんなにくっつかなくても、とは思う。嫌ではないのだけれど、ドキドキしてしまって、何も考えられなくなる。
「どうかした?」
理由はわかっているくせに、エドワルドはさらに私の体を引き寄せる。
「この先の道は揺れるから、気を付けて」
「……ええ」
抜群の居住空間を誇る公爵家の馬車であっても、道路事情には勝てない。エドワルドの言う通り、急に馬車が跳ね始め、体が揺れた。抱き寄せられているのか支えられているのかわからない。
ふと見上げるとエドワルドの表情が少し曇っているように見えた。
「どうかなさったのですか?」
「うん。少し考え事をしていた」
エドワルドはほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「俺は君が薬師でも見習いでも構わないと思っていた。何があっても俺が守るつもりだったから。でも、次男坊なのをいいことに、ろくに社交界にも出ずに仕事ばかりをしていたせいで、世間の目というものをあまり気にしたことがなかった」
「エドワルドさま……」
「いくらハプセント家の名前が盾になるとはいえ、少し甘く考えすぎていたのかもしれない。兄上の言う通り、肩書が君を守ることもあるってこともある。兄上に比べて、自分の視野は何て狭いのだろうなと考えていた」
エドワルドの表情は苦い。
「アーサーさまは、エドワルドさまより二つ年上です。一つ先を見ておられても不思議ではありません。それに、今回のことは、きっとライラさまとご相談されてのことでしょう」
だから敵わないなどと思う必要はないと、私は笑む。
「エドワルドさまが私を守りたいと仰ってくださるのと同じくらい、私もエドワルドさまを守りたいのです」
一方的にどちらかが守るのではなく、守り、守られる関係でいたい。
「今の私では、守られることの方が圧倒的に多いとは思いますけれど」
「いいや。君の持つ強さに、俺はいつも憧れている」
「え?」
意外な言葉に私は首を傾げた。
「気が付いていない? マローニどのが行方不明になった時も、君はまっすぐ前を向いていた」
「それは兄やエドワルドさまがいたから──」
「俺ができたことは僅かだ。ルシールもロバートも、逆境でも腐らず、誰に当たり散らすわけでもなく、常に冷静だった。それは簡単なことではない。商売柄いろんな人間を見てきたから、余計にそう思う」
馬車が速度を緩め、静かに停まった。どうやら到着したようだ。
「行こうか」
エドワルドは私の耳に軽く口づけすると、馬車の扉を静かに開いた。
到着した場所は郊外の住宅街だった。
馬車を停めておく場所がないので、少し離れた場所で待っていてくれることになり、私たちは狭い路地を歩いていく。
話によれば、母の兄弟子であるザーレという薬師は、ここに店を構え、主に平民相手に薬を売っているらしい。
「わぁっ」
軒先には薬草がたくさんぶら下がっている。乾燥中なのであろう。古びた木の扉のノブに『商い中』の文字札がかかっている。
家の裏には畑があるようだ。何を育てているのかは見えないけれど、薬草園だろう。
「こんにちは」
私とエドワルドはノックをして声をかけた。
「開いている」
素っ気ない擦れた男性の声だ。
私はエドワルドに頷き、そっと扉を開く。
中はやや薄暗い。
入ってすぐに大きなカウンターがあり、そのむこうには壁面いっぱいの薬棚があった。
「貴族のお客さんとは珍しい」
カウンターの中から声をかけてきたのは、白髪の男性だった。年齢は父のマローニより少し上くらいだろうか。
「ザーレさんですか?」
「ああ、そうだが」
男、ザーレは面倒くさそうに返事をする。
「ベロニカの娘のルシールと申します」
私は丁寧に頭を下げた。
「なるほど、確かにベロニカによく似ているな」
ザーレは私の顔を見定めるかのようにじろじろと観察する。
「実は、彼女が薬師としてギルドの試験が受けられるように口を利いてほしいのだが──」
エドワルドがハプセント家の専属医から推薦状をザーレへと手渡す。
「話はわかったが、貴族のお嬢ちゃんが薬師になってどうする? どうしても試験が受けたければ、ギルドに金を積めば受けさせてもらえると思うぞ。なぜお嬢ちゃんの道楽に儂が許可をださねばならない?」
ザーレは不服そうだ。
なるほど。薬師ギルドに口を利くということは私の技量をザーレが認めたということになる。いくら私が母の娘だといっても、会ってすぐ推薦なんてことはしたくなくて当然だろう。
「うちの専属医師の推薦では、足らないということか?」
エドワルドは眉間に皺を寄せる。
「言っておくけど、金を積めばいいってもんじゃない」
ザーレは大きくため息をつく。
「テストをしていただいても構わないのですが」
正直なところ、独学だから自分でも薬師として名乗っていいレベルなのかどうかわかっていない。
「悪いがこう見えても忙しい。弟子なんぞ取っている暇はない」
ザーレは首を振る。
彼の手元には石臼があった。調剤中なのだろう。すりつぶそうとしているのは、固い乾燥したラアの実だ。
ラアの実をすりつぶした粉は、胃腸に良いとされている。食欲不振の患者に処方されるものだ。
「ただでとは申しません。これならどうですか?」
私はいつも持ち歩いているかばんに手を入れた。
「金で儂の気持ちは変わらない」
ザーレは首を振るが、私は構わず手のひらサイズの木箱を取り出して蓋を開く。
「これは、先日、兄に頼んで作ってもらった、木の実の粉砕の魔道具です」
「魔道具?」
「はい。現在は乾燥したものしか使えないものですが、乳鉢ですりつぶすよりはるかに簡単に粉に出来ます」
その場で調剤することなどめったにないことだけれど、あまりに便利なため嬉しくて持って歩いているのだ。
「そちらのラアの実、貸していただけますか?」
ザーレは怪訝な顔をした。が、好奇心が勝ったのだろう。まだ石臼に投入する前のラアの実を差し出す。
ラアの実は比較的安価な薬というのもある。捨てることになってもそれほど惜しくない薬だ。
「見ていてください」
私はラアの実を粉砕機の中に入れ、スイッチを入れる。するとゴリゴリというすごい音があたりに鳴り響いた。
「できました」
私は粉砕機のふたを開き、さらさらになった白い粉を器に移した。
「な、こ、こんなものがこの世界にあるなんて!」
ザーレは目を丸くする。
「石臼でひくよりもずっと早いですよね。これを差し上げたら、私をテストしてくれる気になりますか?」
「少なくとも、嬢ちゃんが、ただの貴族のお嬢ちゃんではないことは理解した。流石ベロニカの娘だな」
ザーレはうんうんとうなずき、粉砕機を手に取って眺めまわしている。
「ハプセント家の名で動かない心が、魔道具で簡単に動くとはね。ルシールはベロニカ殿の娘であると同時に、やはりマローニどのの娘だな」
エドワルドは苦笑を浮かべながら、私の耳元で囁いた。




