コミカライズ連載開始記念 薬師になる日 1
婚約発表後、結婚前、婚約期間中(父ちゃん、生還済み)
エドワルドとの婚約が決まってから、私に対する周囲の評価が急激に変化し、あちこちの令嬢からお茶会のお誘いをいただくようになった。
今まで全くと言っていいほどそういう場に誘われるようなことはなかったから、親しい友人も皆無だ。
ハプセント公爵家の分家の嫁になるのだから、ある程度の社交は必要だとは思うのだけれど、どうしたらいいのかわからないというのが本当のところだ。しかも家格が上の家門からのお誘いが多いし、ほぼ面識もない。
「無理して行く必要はないわよ」
私の話を聞いたライラがさらりと言ってのける。
最近、ライラは私の薦めで軽い運動を始めたこともあり、非常に体調がいいらしい。顔色も良く、前にもまして、美しさに磨きがかかっている。
今日は結婚後の新居の打ち合わせで、ハプセント家に訪れて、設計士と詳細を詰めた後、エドワルドとライラ、そしてアーサーとお茶をしているのだ。
「だから俺もそう言っただろう?」
エドワルドが隣で頷く
「ですがそれではエドワルドさまのお仕事にさしさわりましょう」
ハプセント家の相変わらず見事な座り心地のソファに腰かけ、私は白磁のカップに手を伸ばす。芳醇なお茶の香りが鼻孔をくすぐる。
貴族のお茶会は女性の大切な社交場だが、エドワルドは自分の目の届かないところで私がどんな扱いをされるのか心配していて、社交は必要ないとまでいってくれている。その気持ちはありがたいけれど、それで本当に大丈夫なはずはない。エドワルドだって伯爵となるし、銀行の頭取という責任ある立場だ。
「まずは私がお茶会を開いてあげるから、そこで気の合う方を見つけてからの方がよいわ」
ライラはふふふと笑う。
「でも高位のお方のお誘いをお断りするのは失礼にあたりますよね?」
「あら。大丈夫よ。あなたは私の大切な『薬師』。私との往診の約束があるのに、お茶会に参加することはできないでしょう?」
ハプセント公爵家に文句が言えるものなら、言わせればいいわと、ライラは強気だ。
「だいたいエドワルドとの婚約が決まったからって、急に誘ってくる輩にろくなのはいないでしょ? 最近はラムル商会とのつながりが欲しいって人もいるでしょうけれど。どっちにしたって、用心は必要よ」
「それはそうかもしれませんが……」
結局のところ、社交界の『交流』は利権がからむ。
ハプセント公爵家が絡むとなれば、それこそ権力争いの危険さえ孕んでくるだろう。
「ちなみに、誰から招待状をもらったか、教えてもらってもいい?」
「はい」
別に隠すことでもない。ライラの名前でお断りするのであれば、なおさら情報は共有しておくべきだ。
「そうね。その中なら、マルード侯爵家は行ってみても大丈夫かもしれないわ。侯爵夫人は、私の幼馴染なの」
ライラは懐かしそうに笑む。
「日程はわかる? 私も誘ってもらえるか聞いてみるわ」
「でも──」
「既婚者が開催しているお茶会だから、私が一緒に行っても大丈夫なはずよ」
お茶会にも種類があって、既婚者たちが集まるものと、令嬢が集まるもの、趣味の集まりなどいろいろあるらしい。マルード侯爵家のお茶会の名目は特に指定はないが、おそらく美容に関して語り合いたいのだろうと、ライラは推測する。
「彼女、昔から美容に興味があったのよ。だからあなたを呼ぼうと思ったのだと思うわ」
『お肌の調子が良くなった』なんて自慢したことがあったからと、にこりと話す。
「つまりは、薬師見習いの私をということでしょうか」
それはそれでプレッシャーだ。
私はあくまでまだ、見習いなのだから。
「ねえ、ルシール。医師にも確認したのだけれど、あなたの知識と技術なら、既に『見習い』を取って『薬師』を名乗っていいと思うの」
「それは……」
薬師は修行を終えると師匠からお墨付きをもらって、薬師ギルドの試験を受ける。それに合格するとようやく『薬師』として一般的に認められるのだ。もちろんギルドに入らなくても薬の処方、調剤は可能だし、売買しても犯罪というわけではない。ただ、ギルドメンバーであるということは技量が一定水準を越えたという目安になる。
問題は、ギルドの試験は一般に門戸は開いておらず、誰でも受けられるものではない。あくまでギルドメンバーの紹介があってこそなのだ。
私の師匠は亡くなった母。母の死後も勉強は続けたけれど、当然、独学である。他の薬師につくことも考えたけれど、婚約してダイナー家に嫁ぐという話になって、諦めてしまった。
「調べたところ、ベロニカ薬師の兄弟子が、帝都にいることが分かった」
ずっと黙っていたアーサーが口を開き、手帳から紙をとりだした。
「うちの専属医からの紹介状を渡すから、行ってくるといい。肩書があってもなくても、私たち夫婦にとってルシール嬢が最高の薬師であるのはゆるがないが、世間はそうではない。肩書が君自身を守ることもあるだろうから」
「もちろんハプセントの名は強力にあなたを守るとは思うけれど、身を護る盾は多い方がいいわ」
ライラが口を添える。
「そうしないと、心配性のエドワルドはあなたを部屋に閉じ込めてしまうでしょうから」
「義姉上!」
ふふふと笑うライラに、エドワルドは抗議する。
「エドワルド、お前がどう思っているかは知らないが、社交界には薬師としてルシール嬢に期待している人間は多い。ジェイムズが広告塔になって、あちこちに吹聴しているからな」
「まったく。あのひとは、やることが極端なんですよ」
エドワルドはあきれ顔だ。
「それは否定しない。あいつは、才能のある人間が大好きだからな」
にやりとアーサーは口の端をあげた。




