「えっ? 一時間後?」
管理者不在の世界は全くないわけではないが、かなり珍しい。
誰かが見つけ次第そこの管理者になってしまえば、たとえ持っている力が下級神であろうと最高神の仲間入りである。白亜のイメージだと開拓村の村長のような役割に近いだろうか。
一から色々と揃える必要があるが、自分の思う通りに村を作ることができる。ハクアの街もそうやって作られた。
一応ハクアの街はリグラート王国内の開拓村扱いである。そうでもなければあそこまで街全体を好き勝手改造することはできない。もともと認知されていた場所ではあるが誰も手を出さなかった場所なので、申請さえ通ればちゃんと街として認識される。
同様に異世界という文字通り世界規模であっても、神々にとってその存在が小さすぎれば気付けずに放置されてしまうことがある。
そこで生まれた命は、管理者がいなくても問題なく育まれる。生み出し、育てることは、神でも簡単には操作できない。それはその世界に生きる者の特権である。
だが、管理者がいなければ、いつか滅びる運命にある。なぜなら『新しい命が生まれる』という現象は世界の資源を使うことにより発生し、管理者の仕事の大部分は『命を循環させること』に特化しているからだ。
管理者不在の世界では時間が経てば経つほど資源が枯渇していき、やがて何も生まれない世界になる。そうなればその先に待っているのは、ただの破滅だ。
そのため今回のような事例は非常に珍しい。管理者が不在なのにも関わらず、人が文明を築くことができるほど発展している。つまり、人がたくさん生まれているのに資源が枯渇しきっていないほど、元々の資源が潤沢にあった世界だったのだろう。
誰も管理していない時点で、もう尽きかけている可能性はあるのだが。
「……お願いが、あるのですが」
白亜は数秒考えて、セグルズに自分の考えを伝えた。お願い、という名前の提案である。
内容は主に三つ。
一つ目は、この世界を発見したのが白亜ということを伏せること。
二つ目は、白亜がその世界に入ってテオドールを送り届けることによる『干渉』を見て見ぬふりをすること。
三つ目は、上記約束を守ってくれるのであればこの世界の管理・所有権をセグルズに全て委ねること。
本来なら白亜はエレニカやチカオラートに報告する義務がある。その上で管理権をセグルズに譲るかどうかを決める必要があり、勝手に決めていいものではない。
異世界の管理は、管理者不在の場合は最初に見つけたものがどうするか決められる。基本は見つけた者だが、その者が所属する派閥が管理することになることもある。神々における『世界』とは白亜の解釈としては領土である。
どれくらい豊かな領土を管理しているかで神の格が決まると言っても過言ではない。神格は神にとっての上下関係に直結するだけでなく、単純な神としての能力にもその差が出てくる。エレニカが基本なんでも出来るのは、最高神として強い力を持っているから、という理由もあるのだ。
そのため白亜の提案は、普通ではあり得ないことではある。そもそもエレニカに報告しないという点で軽くエレニカに対する反逆行為なのだが、それほど不味いことだと白亜が思っていないこともあっての提案だ。エレニカなら許してくれるだろう、という若干楽観的な姿勢である。
事の重大さをあまり理解できていないのか、それとも理解していて尚この態度なのか。白亜の発言の意図が分からず、呆れた溜め息をつきながらセグルズが頷いた。
「……それでは、先ほどの貸しはこれで帳消しでいいな? 流石にこれだけのものを受け取っておいてまだ要求しようとは思わんよ。前代未聞だぞ、他派閥に調査権を譲るなど……」
「はい。ではそれで」
白亜の言葉に呆れた溜め息をついたのは、セグルズとシアン。それも同時だった。案外この二人は似ているかもしれない。
「というわけで、帰す目処がついたから送る準備してくる」
「何がどうしてそうなったんか、ようわからへんけど……何とかなりそうなら、それでええか」
「じゃあ一時間後にここで」
「えっ? 一時間後?」
暫く「帰すことができるようお願いしてくる」とだけ言って消えた白亜が、ダイたちの元へ戻ってくるなり状況だけをさらっと伝えてまたどこかへ行ってしまった。
どうやら一時間で帰る準備をしてこいということらしい。
相変わらず言葉が少ない。
「えっと……じゃあ、帰れるってことで、いいんだよ……な?」
「ああ。そこに関しては問題ないだろう。しかし早く準備し始めないと間に合わないかもしれん。急ぐぞ」
テオドールの妹を連れてこなければならないので、かなり急ぐ必要がある。
ダイはテオドールを急かして妹がいる家に向かい、事情を説明する暇もあまりないまま強引に連れ出してしまった。
「ちょっと、急にどうしたのお兄ちゃん!? 危ないから今は家から出るなって……」
「あと15分しかないから急いで!」
「何が!? あとこの怖い人たち誰!?」
怖い人たちに付き添われながら何処かへ走らされ、若干のトラウマを植え付けていた。




