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特別編その2 誕生日の朝へ向けて

 またしても特別編の続きです。読みたくない方は読み飛ばしていただいても大丈夫です。

 白亜の笑みを見て、ジュードは久々に「勝った」と内心でガッツポーズをした。


 正直、口喧嘩なら圧勝できる自信はあるが、それ以外では基本的に何もかも大敗する。


 普通に戦ったら普通に負ける。ならばと他のことで勝負を挑んだとしても、多芸で器用な白亜に小手先の技術では敵わない。


 白亜の師匠とも言えるエレニカには何故か絶賛されたが、その理由もよくわからない。


 ジュードは白亜を驚かせることができたら勝ちだと決めていた。それは見事に成功したのである。


「簡単じゃなかったですけどね……」


 そう呟きながら数ヶ月前から今日までの道のりを思い出していた。







「今年こそは、師匠を驚かせたいんです」

「そうだね。毎年さらっと流されちゃうし」


 ジュードとリンは恒例の作戦会議をしていた。言い争いになって喧嘩になることもしばしばある二人だが、仲がいいからこそ意見がぶつかってお互い譲らなくなってしまう。


 白亜の場合は自分の意見を通す意思がそもそも薄かったりするので「じゃあもうそれでいいや」と適当に相手に決めさせることが多い。変なところで頑固を発揮したりするが、基本的には他人任せな生き方をしているのである。


 そのため、白亜達の中で喧嘩が起こるとすれば基本この二人である。


 両者とも気兼ねなく自分の意見を話すので、どちらかが折れないと喧嘩になる。


 仲が良くてそうなっている事は皆知っている為に誰も止めようとしない。長期戦になることもあるが、最終的には白亜が抑えて終わることが多い。


 だが二人からすれば白亜の誕生日のことで喧嘩して白亜を困らせたくはない。


 ヒートアップしすぎないようにお互い注意しながら会話を始めた。


「でも何をすれば驚いてくれるのかわかりませんよね……」

「そうだね。大抵のことに無反応だから」


 目の前に花瓶が降ってこようと眉ひとつ動かさずに「なんか落ちてきた」の一言で終わらせる白亜に単純な脅かしでは効果はゼロである。


 二人で頭を悩ませていると、レイゴットがふらりとやってきた。


「二人ともどうしたの?」

「レイゴットさん。実は師匠の誕生日に師匠を驚かせたいなって考えてるんですけど……何をしたら喜んでもらえるかがわからなくて」


 レイゴットは数秒考え込み、


「食べ物はどう? 懐かしい料理とかだったら喜ぶんじゃない?」

「食べ物、ですか?」


 あまり考えた事はなかった。


 白亜は料理も上手い。そんな白亜に出せるほどの料理を作れるとは思えなかった為、そもそも選択肢から除外していた。


 それに、自分たちが作るより料理人に頼んだ方が確実にいいものができる。


「ですが……食べ物は形に残りませんし」


 食べてしまったらおしまいなのだ。ずっと大事にしてもらえそうなものの方がいい気がする。


 その言葉にレイゴットはワザとらしくため息をついた。


「はぁー、やっぱり君達はまだまだ若いねぇ」

「そうですかね……数十年は生きてると思うんですが……」


 種族的に見ればジュードもリンもまだ若い方ではあるものの十分大人の部類に入る。


 人間より長命であるから老けては見えないが。


「僕からすれば大抵の生き物は『若い』に分類されるよ」

「それは、そうでしょうね」


 冗談でなく不老の魔王は生きる年数の桁が違う。それは白亜も同じことではあるのだが。


「僕達からすれば、どんなものもいつかは壊れるよ。ハクア君の剣だって、かなり丈夫である事は間違いないけどいつかは壊れてしまう。アンノウンに関してはちょっとわからないけど」


 アンノウンは魔王の間に伝わる秘宝の一つである。この世界で最も古い武器と言われてもおかしくはない代物だ。


 勝手に喋り出すのだから、呪いの品の類に分類されるかもしれないが。


「食べ物はね、何度も作ることができるんだ。武器は壊れてしまったら同じものを複製する事は不可能だ。何かしら違うものになってしまう。でも料理はその都度再現できる。僕からすればこんなに物持ちがいいものはないよ」

「……そう、ですよね。師匠は、僕らよりずっと長生きする……」


 今はいい。白亜もまだ人の時の感覚で生きているので、むしろ生き急ぎすぎな感じで生きている。だが、そのうち時間の長さに気付いてしまったら、今の心地よい忙しさはなくなってしまうのだろうか。


 子どもの時間と大人の時間の長さが異なるように、長い時間を一瞬と捉えてしまう感覚を持ってしまうのだろうか。


「ジュード君。前、シアンさんにこっそり聞いたんだけど、ハクア君の思い出の食べ物、あるかもしれない」


 その話は少し聞き覚えがあったジュードはリンに向かって頷いた。


 その日の夜、白亜が寝た後を見計らってシアンに話しかけた。


「シアンさん、いいですか?」

『……どうしましたか? 夜更けに話しかけてくるとは、随分と久しぶりですね』

「ごめんなさい、シアンさん。ハクア君に聞かれたくなくて」


 こんな風に白亜を通してシアンとこっそり会話する事は実はそこそこの回数やっている。


 白亜は寝つきがいい上に結構眠りが深いので、ちょっと物音を立てた程度では面倒臭がって起きないのだ。一瞬でも異常を感じとったら跳ね起きるので、そこは要注意である。


 シアンはこんな時間に話しかけてくる時は大抵白亜に聞かれたくない話をしたい時だとわかっているので白亜の体の主導権を奪い、完全に白亜の感覚を断ち切った。


 白亜はシアンが体を動かすことを拒否することもできるのだが「別にシアンなら乗っ取られてもいいや」というスタンスなので特に制限もかけていない。


 それでたまに面倒ごとを勝手にシアンが引き受けていることもあるが、面倒臭がりながらもやる事はちゃんとやるので、それほど気にしていない。


「聞かれたくない話、ですか。何か街の運営で問題でも?」


 白亜の口を借りてシアンが話す。ベッドから起き上がって喋っているので、見た目は普通に白亜と会話している時のそれなのだが、纏う雰囲気が明らかに違うせいで白亜なのかシアンなのかがすぐにわかるのが不思議だ。


「運営とかじゃなくて……ハクア君の誕生日の話なんです」

「誕生日、ですか」

「前に、師匠は誕生日が近くなるとシナモンのかかった物を食べたがるのは何故かって聞いた時に、シアンさんは誕生日だからって言ってましたよね? あれを詳しく知りたいんです」


 そう聞いてシアンは小さく納得の声をあげる。


「ああ、アップルパイですね。毎朝、お誕生日にはアップルパイをお母様が作られていたんです」

「「それだ!」」


 シアンが以前、ポツリとそんな話をしていたのを二人はなんとなく覚えていたのだ。


「でも普段師匠ってあんまりアップルパイ食べませんよね? 食べてるイメージないですし」

「そうだね。あんまりないかも」

「……あまり思い出したくないのでしょうね。そもそもアップルパイもどんな味だったのかハッキリとは思い出せないそうですし」


 他のアップルパイを食べて『こうじゃない』とか考えたくないのだろう。


「シアンさん。僕達、そのアップルパイを作りたいんです。手を貸してもらえませんか?」


 ジュードの言葉を聞いてシアンはふんわりと笑った。


「大変ですよ? マスターにバレないようにしなければなりませんし、何よりご本人が味をハッキリ思い出せません。私が手伝うとはいえ、生半可なものではより傷つけてしまうかもしれません」

「わかってます。ただ普通のアップルパイを作るためだけにこんなに回りくどい事しません」


 シアンの協力を仰ぐとなると、白亜が寝た後しか研究はできない。しかも白亜は寝ない日の方が多いし、日本とこちらを行き来するせいで生活スタイルが読み難い。研究した日は寝られないだろうが、それを白亜に悟られるわけにもいかない。


 かなりキツイのは間違いない。それをわかっていて協力を頼んでいるのだ。


「わかりました。マスターのためになるのであれば、なんだってお手伝いしましょう」


 こうしてシアンとジュード、リンの三人で夜中のお菓子教室が開かれるようになった。だが、完成品の判断はシアンの舌に掛かっているのでかなり大変だった。


 シアンの感覚は白亜からのものである。記憶を全て閲覧できるとは言っても白亜本人ではないのだ。若干の認識の違いは存在する。それを直すのに一ヶ月、ほとんどうろ覚えだった見た目を寄せるのに一ヶ月、隠し味があるらしいがなんなのかわからないと奔走するのに一ヶ月。


 たった一つのアップルパイ、しかもプロのものではなく家庭料理の再現の完成までに三ヶ月以上も使った。


 その結果はちゃんと出たらしい。白亜の言葉と表情が、それを裏付けていた。




「お母さんの、誕生日のパイだ……」


 小さく呟いた。数滴涙が落ちて、頰を伝っていった。

 特別編は一旦これで終わりです。読んでいただきありがとうございます。

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