特別編 誕生日の朝
今日はハロウィンです。……が、この作品をいつも読んでくださっている皆様ならわかっていただけると思います。白亜の誕生日です。(もうすぐ今日も終わりますけど……)
今回は物語の進行が早いのが好きな私にしては珍しく、事件は何も起きません。ただの日常の一コマに近いです。面白みもそんなにないかもしれません。
劇的なストーリーを求められている方にとっては退屈かもしれませんし、今後この小説内では殆どこの話に触れることはないと思いますので「別にそんなの読まんでもいいし」と思ってらっしゃる方はスルーしてくださって構いません。もしかしたらちょっと続編出すかもしれません。
「ねぇ、今日がなんの日か知ってる?」
起きてからすぐに台所に走ってきた少年の無邪気なその質問に、少しとぼけた様子で傍らの女性は答える。
「えー? なんの日だったかなぁ……あ! ハロウィンだ!」
「むぅ……」
母の言葉に不満だったのか、わかりやすく膨れっ面になる。それを見て母はカラカラと笑った。
「冗談冗談! 誕生日おめでとう」
「遅いよー」
「あははっ! ごめんね」
言葉では文句を言っているが、少年は怒った様子は微塵もなかった。少し嬉しそうに、誇らしそうに。
自分の誕生日が来たと、そう告げる。誕生日の朝はいつも、ほんのりシナモンの香りがした。
母は昔、料理が苦手だった。父は料理が得意だった。母は父から料理を教わり、料理するのが好きになった。少年は母から料理を教わった。
母は音楽を聴くのが好きだった。父はあまり音楽は聴かなかったが、母が聴いている時は邪魔をせず一緒に座って聴いていた。
父は走るのがとても速かった。運動能力に長けていて、重たい荷物を背負いながらも山を縦横無尽に動き回ることができた。
母は絵を描くのが得意だった。父は違う意味で画伯だった。母の描く絵はとても優しい雰囲気がしていた。父の絵は正直独特すぎて理解が追いつかなかった。少年は母の絵を目指したが、なぜか現実的なものしか描けず、どこか冷たい印象のものしか描けなかった。
そんな二人は、息子の目から見ても仲睦まじく、特に結婚記念日などは自然と離れたほうがいいかなと子どもが察するほどには二人の世界を作りあげる。そんな二人が何よりも息子を優先してくれる日が、少年の生まれた日だった。
少年にとって、自身の生まれた日はとても大切な日だった。
「ん、ぁ……朝か……」
朝日が眩しく目に染みる。白亜はグッと伸びをして体をほぐす。
欠伸をしながら窓の外を見てみると、この朝早い時間から既に仕事をしている人達の姿が通りを歩いている。
森へ狩りをしに行く冒険者や、石畳を掃除する清掃員、朝一の品を届けに来た商人。様々な理由で様々な人が歩いていた。この時期になれば朝は寒い。窓に触れると外との温度差によって結露していた。
(久々に昔の夢を見た気がする……)
ぼんやりと先程の夢を思い出す。
ずっとずっと昔の、母親の記憶。顔も声も、もうはっきりとは思い出せない。夢の中でも顔はほとんどボヤけていて見えなかった。声も合成音声っぽい、どこにでもいそうな女性の声だった気がする。
きっとあまりにも思い出がないので継ぎ接ぎして出来上がった母親なのだろう。
何も覚えていないわけではないが、どちらかというと殺された時の骨が潰れる音がくっきりと頭に残っている。
両親を思い出そうとするほど死にゆく姿を思い浮かべてしまうため、思い出すことは極力控えていた。その結果思い出せなくなってしまったのである。
「馬鹿だな……」
大切なもののはずだったのに、自分から捨ててしまっていた。そしてそれはもうどこにもない。
顔を洗って服を着替えてから部屋を出ると、何か違和感を感じて天井を見上げた。
「……何やってんの?」
「渾身の隠密行動をあっさり見破られてちょっとショックだなぁ」
天井にはレイゴットがさながら蜘蛛のごとく張り付いていた。
正直不気味である。手足が長いせいかそれっぽく見えて余計にちょっと気持ち悪い。
この魔王は一体何がしたいんだ、と白亜はため息をつく。
「本当はちょっと歩いたところで、こっそり飛び降りて背後から驚かそうかと思ったのに……それはいいや。食堂で待ってるってさ」
「誰が?」
「強いていうなら皆」
言われて少し耳に意識を集中させると、確かに食堂にたくさんの人の息遣いを感じた。
探るのは面倒だったので、誰がいるとかは確認しなかった。
「わかった。お前も行くのか?」
「うん。一応案内役だしさ」
レイゴットに先導させるまま食堂へと歩いていく。
『ところで疑問なのですが、なぜ貴方が案内役なんですか?』
「ああ、それは隠密行動できるからだね。君には及ばないけど、これでも魔王だし。驚かせることができるのなら、驚かせたかったんだよね」
『その目論見はあえなく失敗したわけだな』
シアンの疑問にレイゴットが答えるとアンノウンがさらっとツッコむ。白亜が声を出さなくても、こうして誰かが何かしら喋ってくれるので退屈はしない。
もともと人と会話するのは得意な方ではないのだ。任せられるのなら全部任せたいと思っている白亜は、特に会話や交渉に関しては自分から積極的に動かない。
そうこうしているうちに食堂へ辿り着いた。レイゴットに促されるまま扉を開けると、中から甘い匂いが漂ってきた。
食堂にはジュードやリン、ダイ達をはじめとした白亜の配下が揃っていた。
「師匠。おはようございます。それと、お誕生日おめでとうございます」
ジュードが近付いてきて、笑みを浮かべてそう言った。隣のリンが、
「ハクア君、おめでとう。これ、ジュード君と作ったんだ。食べてみて?」
そう言って切り分けたアップルパイを一切れ渡してきた。頷いてから皿の上のフォークをとり、軽く切って口に運ぶ。シナモンの香りが鼻腔をくすぐった。
「……! こ……れ……。どうして……」
アップルパイを口にしてから言葉を失った白亜に、ジュードが少し嬉しそうな表情でその疑問に答える。
「シアンさんと研究したんです。師匠には普通のプレゼントじゃ僕たちが満足できません。何かできないかって、考えて、考えて……それ、完成までに三ヶ月もかかったんですからね」
白亜は目を細めて口元を緩めた。白亜の表情に慣れていない人から見たらそれは微笑だったかもしれないが、白亜の感情の変化に聡いジュード達にはすぐにわかった。
本当に嬉しそうな、心からの笑みだった。




