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「すみません、今のなしで」

 白亜は若干警戒しつつ男の近くへ行く。


 男は炙った肉を全て口に放り込んで飲み込み、遠慮なく白亜の両手を掴んで握手してきた。


 グイグイくるタイプが少し苦手な白亜は何もできず固まる。


「いやー、いろいろあって迷っちゃって、上がる方法を探してたんだ。君、教えてくれない?」

「は、はぁ……」


 上がる方法、と言われても白亜は空飛んで帰るつもりだったので陸路は全く調べていない。


『おそらく崖を登るくらいしかないと思います。軽く調べましたが、周囲数キロに渡って歩いて登れそうな道はほとんどありませんでした』


 早々にシアンが上がる方法はないと教えてくれた。


 そのため白亜はそれをそのまま伝える。


「少なくともこの辺りに道は、ないと思います」

「え? ないの……?」

「多分……」


 男が呆然と立ち尽くす。余程ショックだったらしい。


 そもそも何故こんなところにいるのかが不思議である。


 白亜が調査を依頼された魔獣は飛べるらしいから被害が出ているというだけで、基本的にこの谷底に用がある人はいないだろう。


 男は数秒呆けた後に白亜を見て、


「じゃあ君どうするの?」


 聞いてきた。そして白亜は正直に答える。


「上ります」

「え?」


 あまりにも言葉足らずである。さっき道はないとか言っておきながら平然と帰りのことを話しているのだから、明らかにこの言葉だけでは矛盾が生じる。


「でもさっき道ないって言ったよね?」

「はい。道はないと思います」

「じゃあどうやって?」

「飛びます」


 男が再びぽかんと口を開けて固まる。これには実は理由がある。


 この世界に空を飛ぶ魔法が存在していないのである。これは完全に白亜のリサーチ不足なのだが、脚力を強化して跳ぶことはできても空を飛ぶことは基本的にできないのである。


 擬似的なものはないわけではないが、かなりコツがいる魔法なので一般人は存在することすら知らないだろう。


 この世界では空を飛ぶという行為は「夢のまた夢」的な扱いなのだ。


「え、それ、どうやるの?」

「どうって……重力下げて風で方向決めて一部にだけ障壁張って、姿勢制御しつつ速度調節をするだけですよ?」


 淡々とやり方を説明する白亜だが、この世界にない言葉で説明してしまっているので余計にややこしい事になっている。


「君魔法使い?」

「魔法使い……ですかね? 一応身分は剣士で登録しているんですが……ぁ」


 剣士で登録、と言って思い出した。登録した属性では重力を操れないことを。


 これは詐称と言われかねない。


「すみません、今のなしで」

「……え? どこからどこまで?」

「空を飛ぶってところからカットで」


 登録の詐称は印象が悪い。植物を操る魔法のみを使うと決めていたのに、さらっと言ってしまった。


 知らない人に重要事項をポンと話してしまうのは、そこが白亜が白亜たる所以と言うべきか。


 これがジュード達だったらもっと慎重に動く。


 考えればわかるのに考えることを面倒くさがって放置するため、白亜は結構迂闊なところがある。


「いやいやいや、カットって言われても」


 誰だって途中まで聞いた興味深い話を「忘れてくれ」と言われたところで素直に頷けないだろう。


「私は、飛びません。上に行く方法も知りません。上にはなんとかして帰ります。以上」

「………」


 唖然とするのも無理はない。あまりにも説明が下手すぎる。


 白亜の性格上仕方がないかもしれないが、あまりにも周りに関心が無いが故の雑さである。


「え、えっと……じゃあ質問変えるけど、君はどうしてここに?」


 もう白亜に何を聞いても無駄そうだと判断した男が質問を変えた。賢い判断である。白亜にこれ以上同じことを聞いても同じ答えしか返ってこない。


「依頼を受けました」

「依頼?」

「ここに人を襲うこともある生物が度々出現するらしいので、それの調査です」


 白亜の言葉に男がかなり反応した。


「生物? それってサザのこと?」

「ああ、それだと思います。実物は見たことがないのでこれから確認するところです」


 男が大きく頷いて、


「では、小生から一つ提案がある。サザの情報の開示、そしてその調査を全面的に手助けする。その代わりにここから出る手伝いをしてくれないだろうか」

「……私は飛びませんよ」

「ああ、別に飛んで欲しいとは言わないから。それに君は上へなんとかして行くんだろう? それに小生も同行したいのだよ」


 白亜は正直、ちょっと迷った。


 軽く調べた程度ではサザの詳しい情報はほとんど解らなかった。


 姿すらはっきりとは不明なのである。この広い谷底をなんの情報もなしに探すのは流石に骨が折れる。


 もちろんやろうとすれば出来るが、地味に大変なのだ。この谷にいるのがその『サザ』のみなら魔眼で見つけて直ぐ終わりなのだが、この谷にも少なからず生き物が住み着いている。


 そう簡単にはいかない。竜眠香に似た物で精神の沈静化が出来るのなら亜竜の可能性はあるが、それも確かな情報ではない。


 もっとしっかり調べてくれば良いのだが、それはそれで面倒だった。半分は自業自得である。


 問題は、この男に上がる方法を見られるところである。


 白亜は後でこっそり飛んで帰るつもりだったのに、この男を連れていたらそれが出来ない。上に行く方法などいくらでもあるが、あまり手の内は見せたくない。


 だが、この男が困っていそうなのも事実ではある。白亜は根がお人好しなので、見捨てるのはかなり忍びない。


「はぁ……わかりました。ただ、上に行くときに使った方法はなるべく周りには言わないでください。それと、この契約関係は谷を出るまで。です」

「了解。それじゃ、よろしく。……えーと、名前聞いて良い?」

「リシャットです」

「リシャットね。小生のことはガルと呼んでくれ」

「はい。短い間ですが、よろしく」

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