「……戦う気は、あんまりなさそうだな」
白亜は依頼を引き受け、一旦必要な物を買い出しに出かけていた。
というのも、その谷に現れる生物というのが匂いに敏感らしく、誘い出す時や追い払う時に使うお香があるのだとか。お香の専門店で売っているとエヴォックに聞いたのである。
この辺りの必要経費は依頼主のエヴォックが負担してくれるので節約する必要もない。
お香の専門店……といっても香水やエッセンシャルオイルなども販売しているらしいその店は、町の中心部にあった。女性が多く出入りしている。
ドアを開けると、カランカラン、と可愛らしいベルが鳴った。
「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」
ベルの音を聞いた若い女性店員が話しかけてきた。
「えっと……これを」
言葉で話すより見せた方が早いと思い、エヴォックに渡されたメモをそのままその女性に手渡す。
女性はさっと目を通してから軽く声をあげた。
「あら、谷に行くんですか? お強いんですね」
「そこそこは……」
どうやら谷に行くという用事があることは、そこそこ強い冒険者の証なのだろうか。
確かにエヴォックも厄介な相手だと言っていたから、その通りなのかもしれない。
3つの小瓶が机に並べられた。
「これが『サザ』の注意を引きつけるお香で、こちらが鎮静効果のあるもの、こちらで追い払うことができます」
今更名前を知ったのだが、谷にいるのは『サザ』と呼ばれるものらしい。白亜は真ん中の瓶を手に取って匂いを確認してみると、覚えのある匂いだった。
「……これ、竜眠香だ」
「リュウミンコウ?」
「ある特定の生物を眠らせる効果のある薬剤の一種です。とはいえ、相手が強ければ全く効果は出ないんですが」
ワイバーンに催眠効果のある香りを持つ薬の匂いにそっくりだ。
ドラゴンには殆ど効かないが、多少落ち着かせることは可能かもしれない。
『つまり、サザとやらは亜竜種か?』
『断定はできませんが……可能性としては十分あるかと』
(とりあえずこれ全部持って行って確かめればいいだろ)
見たら分かるのだ。その時のお楽しみでいいだろう。
正直白亜ならこの街にいてもサザとやらを倒すことは簡単だろう。
魔眼で確認してから魔法撃てばそれで終わりになる可能性は高い。
多少魔力消費は激しいだろうが、それほど難しいことでもないはずだ。
だがそれでも白亜はそれをしない。もちろん、自分の存在をあまり露見させたくないというのもあるが、最たる理由は別にある。
(その方が面白そうだ)
とりあえず白亜は面白そうか、そうでないかで判断するのである。
本来なら数日かかるであろう道のりを1時間程で走り抜けた(走る速度は意図的に遅くしている)白亜は件の谷に到着した。
もっと早く着いても良かったのだが、一応誰かに見られた時のために人間だとアピールするにはこれ以上速度を出すのはあまりよろしくない。
「結構深いな……」
『そうですね。普通の人間ならば落ちたら即死でしょう』
全身の骨がバキバキになるどころではない大怪我を負うことは間違いない。
白亜は早速そこに飛び込んでみる。
かなり長い落下の後にふわりと谷底に降りると、空がかなり遠ざかったような錯覚を覚える。
「飛び降りた場所からここって結構ずれてるよな?」
『ああ。落ちているときに風で大分流されている』
『念の為に飛び降りた場所はマーキングしてあります』
シアンの情報と現在位置を照らし合わせると、予想以上に着地点が動いていたことがわかった。
あまりにも谷が深いため、風の動きも若干不規則である。
白亜は魔眼があるから見えるが、なかったら殆ど前も見えないほど真っ暗だ。
とりあえずお香のうちの1つを熱して香りを辺りに漂わせる。これは先ほどの竜眠香だ。
待っているのも暇なので、そのまま歩き始める。
しばらく歩いていると、遠くから煙の匂いがした。
その匂いは、若干肉の匂いも含んでいる感じがする。
魔眼で確認してみると谷底で焚き火をしつつ、その火で炙った干し肉にかぶりついている男がいた。
「……こんなところで何やってるんだ……?」
相当な強者でもこんなところで食事など自殺行為に近い。
白亜は警戒しつつも男に近づくと、男は干し肉を食べるのをやめてスッと立ち上がった。
『この人、やりますね』
『芯にブレがない。ちゃんとした剣術を修めているな』
アンノウンのいう『ちゃんとした剣術』とは、王宮剣術などのことを指す。
白亜の剣よりジュードの剣がそれに当たる。
白亜の場合は基本的に【相手を殺す】ことを目的にしていたために、必要なものを残してあとは全部我流で補う形をとる。基礎は覚えてはいるものの、殆ど使っていないことが多い。
というのも、生き死にに直結していた白亜の私生活は無駄を極限まで減らすことが急務だった。そのため儀礼的なことなどはすっきりさっぱり忘れているのである。
対してジュードの剣は【正々堂々と勝つ】ことを目的とした剣だ。決闘などで勝つためにはただ勝利するだけでなく、無様な姿を見せないようにすることも必要である。迷いのない流麗な剣と言えるだろう。
この男の場合、ジュードと似た剣の使い方をするであろうことは立ち振る舞いでわかった。
「おーい、助けてくれー!」
その男がやけに軽い調子で助けを求めてきた。
「……戦う気は、あんまりなさそうだな」
『そうですね……』
なぜかはわからないが、少しだけ残念に思った白亜だった。




