「今年は君がいるからね。君がいるうちに頼みたいと思って」
ちょっと短めです。
眠っている女性をじっと見ていたエヴォックが小さく呟いた。
「……もしかして、テルク・フェンマルの人かな」
「テルク・フェンマル?」
「この国からかなり離れた場所にある民族の名前だよ。移動する民族だから、あまり知られていないけれど」
エヴォックに軽く話しを聞くと、テルク・フェンマルはこの街からかなり北にある草原に暮らしている民族を指すらしい。
独特なサバイバル知識を有して、独自の宗教がある。
高度な狩猟技術があるために、食べ物の少ない北方でも確実に獲物を捕獲していけるらしい。
「なぜ、この人がその民族だと?」
「首飾りをしているだろう? それはテルク・フェンマルに伝わるお守りなんだ」
よく見てみると、革製の紐に紫色の石が通してある首飾りをしている。
見た目はシンプルだが、この形に石を研磨して穴を作るのが難しいことを白亜はよく知っている。とても丁寧に作られていることはわかった。
「良い造りですね。手作業で丁寧に仕上げられています」
「そこまではよくわからないけど、子どもが生まれた時に、親が贈るものらしいよ」
生まれた子どもへの初めてのプレゼントと言われたら、確かにここまで手の込んでいる装飾品をプレゼントする気持ちもわかる気がする。
エヴォックが小さくため息をついた。
「だけど、テルク・フェンマルの人がどうしてここに……」
「どれくらい遠いんですか?」
「うーん、馬車でも二ヶ月くらいかかるかなぁ。もちろん休みつつの時間だから急げばもっと早く着くだろうけど」
馬車で二ヶ月ということは、人間の足では数倍かかる。
白亜が見たところ馬車の類は見ていないので、彼女は何か別の方法でこの辺りまで来たのかもしれない。
テルク・フェンマルでは無い可能性も十分にある。ただ、彼女がテルク・フェンマルであろうがなかろうが、ここが病院である以上金がかかってしまうのは間違いがない。
白亜はとりあえず医者に五日分の入院費を支払っておいたが、これから先のことを考えると少々お金が必要になる可能性が高い。節約か荒稼ぎするしかないが、あまり派手に動きたくはないので荒稼ぎは極力避けたい白亜である。
だが、白亜は知らない。既にバルバ・ゼールを一、二撃で仕留めたことが、ある程度の人の耳に入っていることを。
そこそこベテランでも倒すのは難しいバルバ・ゼールは普通に手強い。一流と呼ばれる者は一人でも倒せるが、流石に一、二回攻撃しただけで倒せる人は殆どいない。
しかもそれだけでなく、エヴォックとも繋がりがあるため迂闊に喧嘩を売ろうものなら社会的地位も危うくなる。
それ故に『あいつを怒らせたらヤバイ』という噂が流れ始めているのだ。
白亜は周りに興味がないので、誰にも話しかけられない状況を「自分が平凡に見えるのだ」と解釈してしまうために余計にたちが悪い。
これにより徐々に力を振るうことに遠慮がなくなる白亜である。
とりあえずこの女性の身元がわからないのでどうにもできない。白亜は一旦後見人として色々な手続きを済ませた。
「ああ、そうだ。少し頼みたいことがあるんだけど、いいかな? 正式な指名の依頼という形で依頼させてもらうし、その分報酬には色をつけさせてもらうよ」
先に「依頼料は弾む」と言ってくる依頼者の依頼は大抵面倒ごとだということを白亜は知っている。
今回はエヴォックからの依頼なのでどちらにせよ断ることも難しいだろう。
『読んでください』
白亜が下手なことを勝手に喋らないように、シアンがカンペを出す。
「えっと。どんな依頼でしょうか?」
「この街から馬車で二日ほど行ったところに大きな谷があるんだ。そこから変な音がするという商人がいてね。調査を頼みたいんだ」
白亜は少し首を傾げた。
「それを、私がですか? 適任の方はいらっしゃるかと」
「まぁ、そうなんだけどね。普通の調査なら」
エヴォックがいうには、その谷には時折謎の生物がやってくるのだそうだ。
こちらから手を出さない限りは谷の付近まで行っても何も問題はないらしいが、下手に刺激すると人が喰われてしまっていたというケースもあるそうだ。
「今年は君がいるからね。君がいるうちに頼みたいと思って」
「……そういうことですか」
ふらっと来てふらっと去っていく、災害に似た存在らしい。
その生物が谷に居座ると橋もかけられないので、大変困っているのだと聞かされた。
「それで、この依頼は受けてもらえるかな?」
白亜は頷いた。
若干面倒で、シアンに言われたからしぶしぶ受けるという空気が存分に醸し出されている。
そんなに雑で本当に大丈夫なのだろうか。




