「十分すぎる回答だな」
ペンで戦う、とはどういうことなのだろうか。
「俺の流派はね、身近にあるものをなんでもいいから武器にして戦う泥臭いやつなんだ」
「でもペンだったら素手の方がいいんじゃ?」
「まぁ、そう思うよね。でも俺が目指してるのは『高い戦闘能力』じゃなくて『どんな状況でも戦える力』を育てることなんだよ」
つまり、武器がどれだけ脆いものでもある程度以上の力をいつでも発揮できるようにするのが狙いらしい。
ただ単純に鍛える訳ではないみたいだ。
「君はもう基礎がちゃんとできてる。特に君は物の構造を見抜く……いや、聞き付けるのに長けてるんじゃないのかな?」
「え、まぁ、そうですね」
万物の呼吸のことだろう。
話してもいないスキルのことをさらっと当ててくる辺り、やっぱりこの人は最強なんだなと思ってしまう。
「君は多分、物を簡単に壊す方法と、壊さない方法をしっている。俺の流派はその力の応用なのさ」
以前ヨシフにも話したことがある。
枝一本で岩を切ったり、少し力をいれただけで折れてしまうほどの枝の上に乗ったり、と壊す方法を知っていれば壊さない方法もなんとなくわかるというやつである。
「こんな風にね」
どこからか取り出した鉛筆をお湯に向かって静かにゆっくりと降り下ろすと、まるで水にヒビが入ったみたいにゆっくりと割けて水のない空間がまっすぐに伸びていった。
「モーセの海割り……」
「あはは、それに似てるかも。海じゃなくてお風呂だけどね」
水をぱっくりと割るのは白亜でもできる。
だが、そこそこ魔力を使うし、なによりここまで完璧に制御できるわけではない。
しかも恐ろしいのは身体能力にものをいわせて無理矢理起こした現象ではないということだ。
指揮棒を振るみたいに、そっとペンを水に振り下ろしただけ。
ペンもそのせいで壊れたり劣化したりしていない、きれいな状態のままだ。
同じ条件で同じようにやったところで白亜ではペンを確実に折ってしまう。
「こんなやり方が、あるなんて」
「まぁ、お風呂のお湯割ったところでなんの意味もないけどね。応用すれば勿論海も割れるけど、さすがにペンでは無理だよ。それ相応の大きさないと」
それでも、とてつもない技術力だ。
流派の特性もそうだが、なによりエレニカが意外にも繊細に力を使っている。
『マスター』
(うん)
白亜はエレニカに向き合って改めて頭を下げた。
「教えてください、俺に、あなたの力を」
その態度をとった白亜にエレニカはフッと小さく笑って、
「参考までに……ひとつ聞かせてくれないか? 君はどうして強くなりたい?」
エレニカの表情は読めない。
白亜が強くなりたいと思っていることを知ってこの流派を紹介してきたのだろうが、白亜に稽古をつけたところでエレニカに益はない。
細かいことを気にする性格でもなさそうだが、果たして白亜に何を期待しているのだろう。
「……俺には、弟子と仲間がいます。あいつらには、いつも世話かけてばっかりで……俺が誘拐されたときなんか、何ヵ月も探し続けてくれた。俺は……もう誰にも心配かけたくないし、心配したくない」
エレニカが数秒白亜をじっと見てから、白亜の頭を撫でた。
「十分すぎる回答だな」
にしし、と笑ってから立ちあがり、白亜に手を伸ばした。
「じゃあ改めまして。俺は武具流師範、エレニカだ。よろしく、新しいお弟子さん」
「……ハクア・テル・リドアル・ノヴァです。よろしくお願いします」
エレニカの手をつかんで立ちあがり、改めて自己紹介をした。
「えっ、君弟子入りしたの⁉」
エレニカとは一旦別れて集合場所である大広間に行くと、心底驚かれた。
「……そんなに驚くこと?」
「驚くよ。だって代表はあの流派、滅多なことないと教えるどころか披露もしてくれないし」
さらっと「いいよー」と許可されたがやっぱりなんか凄いことだったらしい。
ここまで軽く許可を出すくらいだから神の中でもメジャーな流派なのだろうと思っていた。
「本当に強さに対して君は貪欲だね」
「貪欲じゃないと、生きていけないので」
大国主大神の言葉にそう返す白亜。
白亜の境遇から見ても、強さに貪欲にならざるを得ない人生を送ってきているのは確かだ。
運のあるなしも勿論関係しているだろう。だが、白亜がここまで強かに生きていけているのも生きることや守ることに対する執念の結果である。
「ああ、いた。ハクア君。今から基礎だけでも教えるけど、やる?」
「はい」
エレニカが白亜に一本のペンを手渡した。
白地に金色で装飾の施してある万年筆。
「さっき俺は君にペンで水を割るのをみせた。君はあれの難易度がそこそこ高いことを見抜いているはずだ」
水を割るという行為はとんでもなく難しい。固体ではなく液体を分割するのは本来自然現象ではありえない。
ぱっくり割れた岩ならどこにでも転がっているが、ぱっくり割れる湖は存在しないように。
「だからさっきみせたのは応用の応用くらいの技でね。師範クラスにならないと使えないんだ」
エレニカが白亜に渡したペンをつついて、
「だから、君にはそこまで成長してもらいたい。でも君は自力で俺の流派の基礎はマスターできている。問題はそこから先。君の力をどうやって延ばしていくかだ」
エレニカはごそごそとポケットをまさぐって1個の小石をとり出し、白亜に投げる。
「それは蝋石。名前の通り、熱を加えるだけで溶けてしまう柔らかい石だ。恐ろしいことに手の熱でさえ影響を受ける」
「これをどうしろと?」
「それを、そのペン一本以外の物を使わずに割ってみなさい。ただし、ただ割ればいい訳じゃない。34分割してほしい」
34分割。そこまでいくとほとんど欠片だ。
ただ割るだけでなく、触れるだけで形が変わってしまう石をそこまで細かくするのは至難の技だ。
握っているだけで形が変化して綺麗に割れなくなる。
「……どうかな? やめる?」
「やります……もっとこの石をください」
白亜の返しにフッと笑う。
「そうこなくっちゃ」




