「………嵐みたいな人だな……」
ペンを動かす。ただ、いつもみたいに紙になにかを書き付ける訳ではなく、石を切り分けるために動かしている。
「っ、なにこれ、脆すぎ……」
蝋石は手の温度で溶けていく。ペンで切るために石を固定したくとも握りしめれば潰れて綺麗に分割できなくなり、かといって手の上に乗せて慎重に切り分けても時間がかかりすぎて結局一部分溶ける。
白亜が苦戦しているのを横目で見ながらエレニカが小さく苦笑した。
「君は身体能力が高すぎるせいで本来出来るはずのことをむしろ難しくしてしまっているんだね」
魔力があまりにも多いせいで使うのに労力が要るのと同じだ。
怪力のせいで細かい作業に集中できない。あまり力をいれると壊してしまうから。
「そう、いわれても」
「じゃあ一回俺が手本を見せようか」
大量に積み重なっている蝋石を一個掴んで、手を開く。
常人なら見逃すであろう速度でペンを動かしたのが見えた。
「はい。こんな感じ」
パラパラと欠片が床に落ちていく。
『間違いありません。34個です』
素早く、完璧に。蝋石を切り分けるのは一秒もかからなかった。
白亜もあの速度で動かすことは多分出来る。だが、それだけだ。
あんな風に繊細に力を使えない。
「君は成り立てなんだってね? それなら体が馴染まなくて当然だ。俺なんか……あー……何百億生きてるか正直覚えてないけどかなりの年寄りだからさ。それだけ時間がたてば誰だって体を使いこなせる」
だから焦るべきではないよ、と言外に言っているのは人の感情を推し量れない白亜でもわかった。
だが、それでも。
「それだけ時間がかかったら、間に合わない。俺が守りたい人は、俺よりずっと短命だから」
エレニカは一瞬キョトンとしてから、笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ頑張りすぎない程度に頑張れ。君の心意気も、覚悟もよくわかった。でも自分を削ってまでやることじゃない。君は今の君で十分強い。俺は君より老獪だから君より強いだけで、経験の差がなければ君に負けるかもしれない」
エレニカは予備のペンを白亜の前に数十本用意して、白亜の頭を撫でた。
「君は強い。それを忘れてはいけないよ。自分が弱いと思い込んでいると、本当に弱くなっちゃうから」
白亜はエレニカの態度に戸惑った。
ここに来てから、やけに子供扱いされる。それはそうだ。彼らからすれば白亜はまだ生まれたての赤ん坊みたいなものである。
その感覚はなんだか凄くむず痒かった。
なんども転生したせいで、白亜は周りの大人達より年上だった。だから子供扱いされることにあまり嬉しいとは思えなかった。
揮卿台 白亜の時のことはあまり思い出せないし、シュリアだったときは魔力を搾取される生活を送っていたのでそんな余裕はなかった。
結果、自分より年上の人と接する機会がかなり少なかったのだ。
ハクアの時もリシャットの時も、子供扱いされると「俺、大人だしなぁ……」とか思ってしまっていた。
だが今は名実共に子供である。少なくともエレニカにとってはまだまだ子供という認識でしかないだろう。
なぜかは判らないのだが。
……それが、嫌だとは思わない。むしろどこか心地好い。
白亜自身は気付いていなかったが、エレニカの全く悪気のない笑みと行動に……少しだけ、忘れていた幼心というものが疼いたのかもしれない。
その後もいくつもの蝋石を粉々にしていく。エレニカはその欠片をつまんで目を細めた。
「いい感じになってきたね」
「でも、まだまだです」
なんとか34個に分けることはできるようになってきた。だが、それはただ切り分けただけ。
大きさも重さもバラバラで、分割できているとは言い難い。
「うーん……君の場合、もう練習は必要ないと思うけどな」
「え? できてないのに?」
「正確にいうと、技術としては十分だよ。だけど君は力の使い方を少し間違えている」
エレニカは白亜が割った欠片をまじまじと見ながら小さくなにかを呟き、軽く首を捻った。
「君は良くも悪くも声を聞きすぎている。確かにそれは大事さ。ものを壊す時、一番楽に壊す方法はそれしかない。けど、そのせいで戸惑ってしまっている」
どこかで聞いたことのある台詞に、一瞬ドキッとした。
声を聞きすぎるせいで、色々と躊躇したり戸惑ったり。それは普段からそうだった。
白亜が周りの意見に耳を傾け過ぎるせいで逆に物事が進まないことなんて多々ある。
エリウラの森の開拓に、ハクアの配下という最上級の人手とファンクラブやジュードの父であるリグラート王達に援助をしてもらいながらもあれほど時間がかかったのは白亜が周りの意見を気にしすぎたせいである。
他人からの評価は気にしないが、身内からの言葉は度を越して重視してしまう。
先住民であるコロポックル族との交渉や、魔物の間引きなどを慎重に行いすぎたのだ。
強行突破で全部済ます性格だったら数ヵ月で町は完成していた。
それだけの人員と人脈はあったはずなのだ。
「そこが君のいいところなのかもしれないけどね。これ以上は自主勉だね。完璧に蝋石を壊せるようになったら、連絡してよ。これ俺の世界の座標」
エレニカにとっては住所渡す感覚なのだろうか。紙にさらさらっと字を書いて手渡してきた。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ。じゃ、俺仕事あるから。頑張れよ」
追加の蝋石をどっさり置いて帰っていった。
白亜はポカンとその後ろ姿を見つめ、ポツリと呟いた。
「………嵐みたいな人だな……」
お前が言うなよ。多分、この言葉聞いた人は全員思った。




