「酷い」
一人ではどうしたらいいのか急にわからなくなる。
元々大人数でわいわいやれるタイプではないのだ。わからないものはわからない。
「お待たせ。リシャット君」
大国主大神が来た。別に待ってはいないが、たしかにどうしたらいいのか迷っていたので丁度いいタイミングかもしれない。
「誰かと話してた?」
「えっと……セグルズという方と」
「え?」
「え?」
「「?」」
互いに疑問符を浮かべて要領の得ない会話をする。
「セグルズ?」
「はい。そう仰ってました」
「それは、また……君はなにかそういう力があるのかい?」
「なんのお話です?」
怪訝な顔をするリシャットに大国主大神が耳打ちする。
「セグルズ様は、この中でも最古参の神だよ。かなり気が短いことで有名で、怒らせると一瞬で消されるかもしれない怖い人なんだ」
「?」
……気が短い?
あのどこかほんわかしたおじいさんが?
「それ、ただの噂とかじゃないんですか?」
「本当の話さ。実際に十数名は消されてる」
なんというおっかない人に気に入られてしまったものだろうか。
運がいいのか、悪いのか。
まぁ、目をつけられるより百倍ましである。
「そうですか……」
「そうなんだよ。君も気を付けて」
もうしっかり名前まで覚えられてしまった。気を付けるもなにも色々と遅い。
セグルズになにかあったら自分の名前を出せとまで言われたことを話そうかと悩んでいると、反対側から聞こえた声にピクリと反応し急に明後日の方向に歩き始める。
「はーいちょっと待った」
「う」
大国主大神に止められた。
なんちゃって着物の帯を掴まれているので動けない。
「君の耳が異常にいいことはよくわかったけど、流石に逃げるのはやめておこうか」
「…………」
苦々しい表情を作る白亜に近付いてきたのは、
「久しぶりだねー!」
……あの、チカオラート・リドアルである。今日は流石に甲冑を着込んでいるわけではなく、すこしだけ華美な礼服である。
そのすこし後ろにはジャラルもいた。
「ハクア。調子はどうだい?」
「久しぶり。兄さん」
「うーん、ナチュラルに無視してきたね‼」
チカオラートを完全無視してジャラルに挨拶をする白亜。
どう見ても失礼な行為だが、これが通常である。
白亜のチカオラート嫌いは年々拍車をかけている。
「そもそもなんでジャラルは兄さんって呼ぶのに僕のことはお父さんって呼んでくれないの?」
「………ハッ」
「鼻で笑われた……」
もはや会話もしたくないらしい。
白亜のこの態度も、チカオラートの性格と根本的に真逆であることが原因である。
白亜はどっちかというと大事なことはきっちりしたいタイプなのに対し、チカオラートはどこまでいっても適当なのである。
その感覚が理解できない以上、白亜がチカオラートを本当の意味で理解する日はこないだろう。
「まぁまぁ、リシャット君。折角の親子なんだから」
「……これを親と思ったことはありません」
「はぁ………」
もうどうしようもないらしい。大国主大神の言葉でさえこれである。大抵のことなら多少嫌でも反論などせずに従う白亜だが、チカオラートに関してはそうとは限らないらしい。
「なんでそんなに僕が嫌いなの?」
「別に嫌いとか特にない。全体的に合わないとしか思えない」
「うん。全部が嫌いなんだね」
誰だって一人や二人「あ、この人とはちょっと合わないなぁ……」と思う人くらいいるだろう。
残念ながら白亜の場合、それが親だっただけなのである。
なにかが決定的にダメという訳ではない。ただなんか嫌なのだ。
もう直しようがない。白亜が白亜である限り、チカオラートがチカオラートである限り、どうしようもないことである。
「酷い」
これは流石に。
周囲が同情するレベルである。
チカオラートからの一方通行の愛情が完全拒否されている光景は、反抗期に入った娘になんとかして振り向いてもらおうとする父親みたいなのである。
だからなのか周りもそれとなくフォローするのだが、白亜が天然記念物なのでそれに気づくはずもない。
多分永遠にこんな感じなのだろう、白亜は。
「あー……とりあえず、リシャット君の御披露目にいきましょうか……」
「そうだね………」
気持ちがわからないでもない大国主大神はなんだかいたたまれない思いになって、とりあえずこの話は止めることにしたらしい。
本来の目的である白亜の御披露目を優先した。
どこか少し雰囲気の暗い大神二人と、特に気付かない後ろの二人。
実はというか、なんというか。ジャラルもそこそこ天然なのだ。
流石に白亜ほどではないが、あまり空気の読めない部類に入る。
目の前を歩いている二人の表情でも見えていればまた別だったかもしれないが、残念ながら後ろ姿で前の人の考えていることがわかるほど空気が読めるわけでもない。
白亜みたいに正面から向き合って言葉を交わしていてもスキルの補助なしでは相手がなに考えているのかさっぱりわからない、とは言わない。
雰囲気を察する力がないだけなのである。
結局、後ろの二人は最後まで前の二人の様子に気が付くことがなかった。
意外と楽しそうに談笑していた。
白亜は口数少ないので、殆どジャラルが一人で喋って白亜が相槌を打つだけだったが。




