「まぁ、白亜さんに扱かれたんで……」
「彼が白亜さんの弟子だったなんて知りませんでしたよ」
元亜人戦闘機対策部隊隊員の一人が小さく笑いながら言う。
なんでも賢人は署内では結構な有名人らしい。
「まぁ、白亜さんに扱かれたんで……」
「それもそうですよね。師匠の弟子が普通の人間な訳ないですよね」
「ジュードさん酷くないっすか⁉」
要するに日本組は全員人間じゃない。
「白亜さん、そういえばなんでジュードさんとリンさんが居るんですか?」
「なんでだろうな……?」
「「………」」
ジト目で見られてそっと視線をはずすリンとジュード。それでなんとなくこの場に居る全員が理解した。
あ、無断か………と。
「とりあえず、二人は放っておいて……今日は何で皆勢揃いしてる? 俺は引き継ぎの書類持ってきただけなんだが」
「その話は少し座ってからでいいですか?」
そういえば全員立ちっぱなしである。白亜が座ったのを合図に自分で椅子を出して座っていく。
全員が座った後に代表としてなのか、白亜の対応に慣れているから押し付けられたのか判らないが賢人が書類を広げて話し始めた。
「えっと、それでは今回の話なんですが。明後日駅を爆破するという予告がありまして。白亜さんに助言をいただこうかと」
「……解析は」
「使いましたが、あまりにも情報が少なくて」
解析というのは魔法の一種でありながら殆ど魔力を使わない珍しい魔法だ。そして解析といっても二種類ある。
一つは身体強化に近く、脳の回転を一時的に底上げし感覚を増幅させる。もう一つは情報を重ね合わせて発動するとなにか法則性を見つけてくれたり細かいものを探し出してくれる。内容が具体的かどうかは情報量による。
後半の方は道具が必要で、賢人からの要請に合わせて白亜が事前に送ってある。勿論メイドイン白亜なので製品は全く問題ない。
「……それもそうか。どんな風にその予告はされたんだ?」
「ネット上での書き込みです」
「追跡はできなかったのか?」
「野良電波だった上に通信された端末も見付からなくて」
野良電波とは、家などで使っている個人用Wi-Fiのパスワードが設定されていない、誰にでも使えてしまう無線LANのことである。
犯罪に使われてしまうこともあるのでパスワードは設定してくださいといくら呼び掛けても聞かない人もいるのだ。
「そこまで徹底的だと本当に危険なんじゃないですか、師匠?」
イタズラにしては手が込みすぎている。野良電波などジュードも知らない言葉が連続して出てくるが、警察でも追えないというのがとてつもないことだということだけは理解しているらしい。
周りも手詰まりだから白亜を頼っているのだ。もし本当に爆弾があるとして、撤去するにも場所がわからない。駅ともなると通勤や通学で電車を使う人には大打撃だ。
今すぐにでも動き出したいところである。
だが、白亜だけは静かに資料を見つめ続けていた。
「白亜さん、どうしたんですか?」
「これ……やっぱり嘘じゃないのかな……」
虚言であると宣言する。白亜も確証は無さそうな言い方だが、なにかを口に出した時点で殆ど考えは纏まっているのが白亜だ。
なにかに気づいたらしい。
「普通、爆破予告ってもっと堂々とするもんじゃないのか? でもこれ見た感じあまり使われてない掲示板サイトっぽいし」
「まぁ、それは確かに思いましたけど……犯人がよく使っていたサイトってだけなんじゃないですか?」
白亜の持っている資料にはそのサイトに投稿されていた爆破予告のコメントがカラーコピーされたものである。
場所と爆破するということくらいしか書いてない。当然匿名だ。
「……本当にやるのなら、なんの要求もない愉快犯がこれを投稿したことになる。でもそういうやつって大抵噂が広がって人が怖がったり焦ったりするのを見て楽しむだろう? それなら多少リスクはあってももっとデカイ場所に出せば良い」
どうせいつか警察に見つかるのだからリスクを恐れているこのやり方は愉快犯の仕業にしては少し歪だ。
「じゃあ白亜さんはなんて?」
視線が一斉に白亜に向けられる。白亜は小さく首をかしげながら、眉を潜めた。
「とりあえず今さらっと考えた分では3パターンある。一つ目は愉快犯。この場合虚言と本当の予告の場合があるが恐らく前者だろう」
勘でもある、と付け加える。
勘という言葉はあまり信用ならない気もするが、白亜の勘は経験からくるものでもあるのでバカにはできない。
「二つ目は、本当に起こるという計画を知ってしまった第三者。要するに偶々爆破するということを耳にしてしまって、リスクを背負ってでもなるべく周囲に避難を呼び掛ける人。犯人に知られると危険だからあまりメジャーではないサイトに投稿した」
犯人が複数いて、その中から裏切り者が出たという線もある。
データが出てこないのは犯人に気づかれないように処分した、又は犯人に気付かれて処分された、という二通りが考えられる。
だが、警察に直接言わないということはその人も訳ありなのだろう。危険を承知で警察に行った方が余程完璧に伝わる。
「最後に……練習だ」
「練習?」
「警察の目をどこまで欺けるかという練習。もし見つかったとしても多分替え玉くらい用意しているし、本当の意味で見つかってもそれほど大した罪には問われない」
全員の頭に一瞬はてなマークが浮かぶ。
「えっと、それってつまり?」
「はぁ……つまりだな、もっとヤバイことをやらかす時のために警察のデータを取っておきたいってことだ。発覚から追跡、犯人を見つけるまでの期間が分かれば十分。警察が見つけられなくて逃げ切れるのなら最高の結果だ。どうやってるのか知らんがネットで悪事働き放題だからな」
警察が気付いても手出しできないことになっているわけだ。
「ねっとって怖いんだね……なに話してるか全然わからないけど」
「怖いですね。……僕もわからないです」
ネットに馴染みのない二人は完全に場違いな存在であった。




