「ちょっと珍しい物ばかり集めてみました」
むすっとした表情の玄武は白亜にぶつぶつと文句を言う。
「なんで主は私と一緒に出てくれなかったの」
「偶々行ったのがリンとだったからだって……」
ご機嫌ななめなのは先日の千夜祭で白亜がリンと組んで戦ったことが原因である。
声をかけられなかったことに不満があるそうだ。
「まぁ、いい。今日は主は私と一緒」
ふん、と鼻をならして白亜の手を握る。いや、腕を組んだ。
別にそれをやられるのはどうでもいいのだがとても歩きにくい。
「主ってお酒好きだっけ」
「そんなに好きじゃないかな……まぁでも軽く嗜む程度には飲めるようになった」
本当に軽く、である。
缶ビール一本もギリギリラインだ。苦すぎるのもその理由のひとつだがアルコールの匂いが苦手らしい。
酔うと直ぐに寝てしまう体質なので周りに迷惑もかけたくないからというのもある。
その白亜が珍しく酒瓶を結構大量に購入していた。
種類も様々で日本から持ってきたものもある。
「さてと、じゃあ転移するか」
「ん」
もう殆どなにも考えずに転移できるようになってきた。
さらっとこなしているが今現在転移魔法が使える人間などこの世界にはいないので見た目以上に貴重な魔法なのである。
それをばんばん使っている白亜も白亜だが、それを見ても動じない周りの人達も中々の大物である。
普通そんなもの見たらひっくり返ってもおかしくはないのだが。
「ここに来るのも久し振りだな……」
「ん。久し振り」
この木懐かしいな、等と言いつつ獣道すらない森のなかを歩く。適当に進んでいるように見えるが、白亜からすればこの森が庭といっても過言ではない。
毎日走り回り、体を鍛えていたのだから。
森から出て少し歩くと井戸が見えてきた。
良く見ると井戸の横にある木製のバケツが大きく欠けていたので新品同様に直しておいた。
少し歩くとカンカンと何かを打ち付ける音が響いてくる。
その音がする場所を覗いてみると目に色つきのゴーグルを嵌めたおじさんが熱した鉄を叩いていた。ここはこの村で唯一の鍛冶屋である。
おじさんは少しすると白亜に気づいたようで、鉄を水の中に突っ込んでからゴーグルを額に押し上げた。
「おお、ハクア君か。久し振りだな!」
「お久し振りです、ザックさん」
白亜がお辞儀をし、酒瓶を一本出してザックに手渡す。
「これ、お土産です。ちょっと珍しいものなのでお口に合うかはわかりませんが」
「おお、すまんな。またでかくなったか」
「多分そこまで変わってはいないと思いますが……」
毎回会う度に大きくなったか、と聞いてくる。もう成長は止まった。残念ながらそれほど大きくはなれなかった。背筋がいいのでまだましに見えるだけである。
「これから帰るのか?」
「はい」
「じゃあこいつを持っていってくれ。頼まれてたもんだ」
「あ。ありがとうございます」
スコップやら鍬やらを受け取ってまた歩く。
「主の知りあい?」
「子供の頃からの付き合いなんだ。いつも生活用品はあの人に頼んでたから」
「へぇー」
この村には先ず人が少ないのであまり高価なものはない。そのため鉄で作ったものは直接つくってもらうしかないのだ。
たまに商人が来るが、たまに、である。
いつも開いている店など八百屋くらいだ。
「っと、着いたな」
久し振りの実家の戸を数度ノックするとコンマ一秒で戸が開いた。突然だったので白亜が一瞬たたらを踏む。
扉を開けたのは白亜の七歳下の弟のトキアだった。
「ハクア⁉」
「あ、ああ……久し振り」
「えっと、とりあえず中入る?」
ザックのところに頼んだものを取りに行こうと家をでる寸前だったらしい。偶々だったが寄っておいてよかった。
ザックからの日用品を手渡してからリビングに歩いていく。
両親二人が向かいあってソファに座っていた。まだ白亜には気がついていない。
「ちょっと、お父さん、お母さん。ハクアが来たよ」
「「ちょっと待って今いいところだから!」」
何をしているのかと手元を見てみるとこの世界で最もメジャーな盤上遊戯であるビクティムをやっているようである。
白亜としてはジャラルと良くやったことが印象的なゲームだ。
ただ、ジャラルとこれをやると何かしら罰ゲームを喰らうこともあったのであまりいい思い出ではない。
数分後、どうやら母が勝ったらしい。
そこで漸く白亜に気付いた。
「ハクア?」
「やっと気づいた……」
大分前から椅子に座って紅茶を飲んでいる白亜と玄武である。
「来るなら来るって連絡してくれればいいのに」
「それもそうなんですけど……仕事がずれ込むかも知れなかったので」
日本の方の仕事である。まだ週一であっちに戻っているのだ。主な理由は美織が泣くからである。
「玄武。持ってきたものを出してくれ」
「ん」
ゴトゴトとテーブルの上に酒の瓶が並べられる。
「ちょっと珍しい物ばかり集めてみました」
「これは何て書いてあるんだ?」
「日本語ですので読めないと思います。種類としては芋焼酎ですね」
トキアがビール瓶を興味深げに見詰める。
「これは?」
「ビール。飲んでみる?」
「うん」
トキアはとっくに成人しているので問題ない。
コップに注ぐと白い泡がたった。それを一度舐めてから首をかしげ、そっと口をつける。
「ニガッ⁉」
「確かに苦いよな……」
白亜も苦手である。それから先は玄武も交えた試飲会である。焼酎が意外にも人気だった。
いくら飲んでも全然酔わないザルの玄武はともかく、先ず酒に弱い母親が、次に大量に飲んでいた父親がダウンしてお開きになった。
ちなみに白亜は本当に酔うので殆ど飲んでいない。
ベランダに出て風にあたっていると、トキアが小さめの折り畳み机をもってこっちに来た。先程まで両親がビクティムをやっていた机である。
「トキアか」
「後ろに目でもついてるのかよ」
「足音でわかる」
振り向きもせずそう言う白亜に少し笑ってからビクティムの駒を白亜に手渡す。
「やらない?」
「……久し振りだ。あっちには無いから」
「そっか」
あらゆる色の駒が交互に動いていく。太陽の光を反射してトキアの顔が照らされた。
赤い駒に反射したせいか、少し頬が赤くなっているように見えたが、気のせいだろう。
「はい、王手」
「負けたぁ……やっぱ勝てないや」
トキアがグッと背を伸ばして残念そうな表情をする。だがふと真面目な顔になって、
「俺、結婚しようと思う」
突然そう言ってきた。
「……相手は?」
「ウィーバル出身のリアナ」
「いつ会ったんだ?」
「5年前に、王都で」
「へぇ」
ゲームを再びやり始めながら彼女の話をする。
偶然同じ学校の同じクラスで出会ったこと、三年前に付き合いはじめたこと、果ては好きな食べ物まで。
それを聞き終えた白亜は小さく笑った。
「お前が本気で考えたんなら……いいんじゃないか? お前の人生に口出す気はない。ただ、紹介だけはしてもらえると嬉しいかな」
「うん」
いつのまにか日は落ちかけていて、辺りを黄昏色に染め上げ始めていた。
龍木です。今まで読んでくださった皆様‼
ありがとうございました!
これでこの作品は完全に完結とさせていただきます。本当に書いていて楽しかったし、コメントに何度も励まされて来たので少し名残惜しいです。
またいつかふと思い出したときにでも読み返していただければ幸いです。
それではまた別の作品でお会いしましょう!




