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「匂いで追ってきた」

 白亜は周囲がシンとなっている中で平然とその場から立ち去った。リンも慌てて後を追う。


「は、ハクア君。大丈夫だよね、あの人たち……」

「ああ。肋骨が少しと足をやっただけだ。あれくらいなら回復魔法で治る」

「そ、そっか……よかった……」


 いや、十分重傷である。


 あれだけバカにされていた二人だが、今では寧ろ近付かないように相当離れたところから様子を伺う者と興味本意で少し遠巻きに見つめる者の二択にわかれていた。


 次の試合まで少し時間があるので杖を取りに行こうかと控え室の方に歩を進めはじめた白亜とリンの前に数名の男女が道を塞ぐように現れた。


「さっきの試合、見ていたよ。まさかここまでか弱そうな女性があれほどまでの―――ちょっ⁉ なんで無視をするんだい⁉」


 流石は白亜だ。目の前に立ちふさがっている相手を華麗に避けて真顔で前進。


 それでも止められるので渋々顔をあげた。


「………何か用でも?」


 挑発的な台詞にもとれるが白亜からすれば「ああ、俺に話しかけてたんだ」と今気づいたレベルである。


 どれだけ他人に興味がないのだろうか。


「彼女に話があってね。君は席を外してもらえるかな」


 白亜はじゃあなんで俺に話しかけるんだ、と一瞬疑問に思ったがすぐにリンに顔を向け、


「……リン、どうする?」

「うん。ハクア君は杖をとってきてくれるかな」

「わかった」


 包囲網を抜けて控え室にあるリンの短杖をもって元の場所に戻る。場所を変えたのかリンの姿はそこにはなかった。


 だが、白亜は周りを少し見渡して突然歩く方向を変更する。三つ目の角を右に曲がり、もう二つ先の扉を開け、観客席の後ろを横切ってまた角を左に曲がる。


「あ、ハクア君」

「……なにやってるんだ、こんなところで」

「ちょっと……ね。それよりなんでここに? 結構入り組んでたと思うんだけど……」

「匂いで追ってきた」


 犬か。いや、犬よりも嗅覚は鋭いが。


 リンはその答えに苦笑いしてから白亜の背を押した。


「そろそろ出番だし、行こっ」

「話し合いはいいのか?」

「うん。もう終わったから」


 白亜は深くは聞かなかった。雰囲気を察して、ではなく時間が微妙だったからである。本当にマイペースだった。


 第2試合目。


 最初に因縁付けてきた男との対戦である。


「勝ち上がってきたな。まぁ全部嬢ちゃんのお陰だが」

「ああ。そうだな」


 皮肉や挑発を本気で受け流すのが白亜流。しかも本人これで大真面目である。


「情けねぇな、ガキンチョ」

「そうだな。で?」

「は?」

「情けないのは解った。それで? それはなんの話に繋がるんだ?」


 本人これで大真面目である。


「……俺を怒らせたいのか?」

「? なんでそんな話に繋がる? 文脈が意味不明なんだが」


 本人これで大真(以下略)


 そうこうしつつ無意識に相手を煽り続けること数秒。


 銀髪弱い説が浮上していることもあって、相手からすれば虎の威を借る狐がただただ挑発を繰り返しているだけにしか見えないのだ。


 三メートルはありそうな巨体がみるみるうちに怒りで真っ赤に染まっていく。


 ちなみに、その男のペアもムッキムキである。とはいえ背丈は二メートル程だ。それでも十分デカイが。


「おい、ガキンチョ。てめぇにチャンスをやる」

「なんだ」

「一回俺に攻撃をいれてみろ。それまでは動かないでやってやる」

「………」


 白亜がなにも言わなかったのは、絶句したからである。こいつ勝負でなに言ってんだと。


 ジュードとの模擬戦とかだったりするとアドバイスのために一発俺に当ててみろ、みたいなことをするが、これは真剣勝負である。


 白亜の腰にはアンノウンという凶器があるのだ。パッと見てただの棒でしかないのだが、それでも武器である。


「さぁ、こいよ」

「えー……」


 今回の大会では極力手は出さず防御に回ろうと思っている白亜としてはそんなこと言われても、といった様子である。


「………まぁ、いいか。気絶しない程度にやれば」


 もう考えることを放棄したらしい。そこからの白亜の動きは速かった。


 たった二歩で10メートル以上の距離を詰め、腹部に左手で触れるだけの優しい掌底をいれる。


 否、白亜にとっては優しい掌底だった。だが、普通の人間が軽く吹き飛ぶくらいの衝撃はある。


「ぐはっ………⁉」


 白亜のソフトタッチ(過激)によって胃の中のものが全て吐き出されることになった。白亜は既に避難済みである。


「ハクア君からしたら相当優しい攻撃だね……」

「今回はリンに任せるって言っただろ」


 触れるだけのものなのであれですんでいるが、攻撃しようという意識があってやっていたら壁に叩きつけられている。


「な……なんなんだこのペアはっ⁉ 強い、強すぎるぞっ⁉」


 司会が一番混乱しているようである。


「お、おい、ガキンチョ……お前、一体……」

「なんでもいいだろ。そんなことよりさっさとかかってきたら? 俺でもリンでも相手する」


 左手に短いアンノウンを一本握ってくるくると手のなかで回転させる。


 その動作一つ一つにすら全く無駄はなく、音すらもしない。


「ど、どうせ今のは後ろの子供がやった魔法で強化されてるだけだ! 早く叩くぞ!」


 いまだに腹を押さえて蹲っている男に声をかけるペアの男。


 司会が二人の名前を呼んで絶体絶命か、などと叫んでいる。


 リンは初めて対戦相手の名前を知った。デカイ方がダグ、小さい方がマードらしい。白亜は既に忘れた。


 今のは偶々だと思い込んでいる小さい方ことマードは白亜に持っている大剣を大上段から降り下ろした。


 刃も潰していない剣だ。当たったら即死だろう。だが、白亜は避ける気配がない。


 観客の数名が目をつぶった。だが、刃物が肉を断つような生々しい音は一向にしない。代わりに涼やかな金属が触れあう音が鳴り響いた。


 アンノウンの先端から透明なクリスタルの鎖を出した白亜がそれで大剣をハエでも払うかのように軽くいなし、その鎖で大剣を絡めとって場外に放り投げたのだ。


 降り下ろすまでの一秒にも満たない時間で白亜は自分とほぼ同じくらいの大きさの剣を奪い取って見せたのだ。


 人間業ではない。


「なっ……」

「……まだ、やります?」


 この二人は戦夜祭のタッグバトル部門で一昨年優勝した実力を持つ。去年は負けてしまったが、リベンジに燃えていた二人は決勝しか見えていなかった。


 だが、二回戦目でこの相手である。


 とてつもない魔法使いと人間離れした武闘家を前にして、半ば心が折れかかっていた。

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