「杖忘れちゃった」
選手控え室の外には選手専用の観覧席がある。
自分の番がくるまでそこで他の人の試合を観たり、売店にある食べ物で腹を満たしたりすることができる。
「ハクア君……」
「どうした」
「杖忘れちゃった」
「えっ」
リン、痛恨のミス。選手控え室にある自分のロッカーに全部入れてきてしまったらしい。
「今からじゃもう取りに行く時間はないぞ……俺が走ったら大惨事だし転移なんてもっての他だし」
「う、うん……どうしよ」
白亜が走るとどうなるか。風圧で周囲の物が吹き飛ぶのである。真横に売店があるので下手に走ると弁償させられる可能性がある。
「無しではいけないか?」
「ちょっと不安……手加減が」
リンも紛れもない白亜のパーティメンバーである。その実力は冒険者の中でもトップクラスだ。
そのトップクラスの人の容赦ない魔法など致命傷になりかねない。
「代わりになりそうなものは今持ってないしな……」
チラ、と真っ白な棒を見やる。
『ま、まさか私を……』
「いや、それほど魔力伝導率が高いわけではないことを今思い出した」
『さりげなく私を貶していないか⁉』
白い神棒アンノウンは抗議の声をあげる。そもそも魔王に代々伝わる武器を白亜が持ち歩いて良いのだろうか。
今更すぎる疑問であるが、本人が楽しんで日々を過ごしているので良いのだろう。
ただ、応用が効く武器ではあるものの杖としての効果はそれほど高くない。
杖は魔力をその内部に溜め、発散させやすくするものだ。また、杖を向けることで魔法を安定して放つことができるので補助的な役割を持っている。
今白亜が耳につけているピアスもその例だ。このピアスは発散と抑制に特に力が入っているもので魔力が元から多く、その点では常人よりも魔力の扱いに苦労している白亜の必需品となっている。
普通の人が500ミリリットルペットボトルからお茶をコップに注ぐような動作で済むことを白亜の場合はドラム缶からコップに注ぐような体力を使っている。
頑張ればできないことはないが、毎回は辛い。
このピアスはドラム缶に蛇口をつけるような役割をしているのだ。リンの杖もそこまでの効果はないが似たような目的のために使われる。
「ど、どうしよう……」
「もし致命傷でも死なないようにはなってるみたいだし良いんじゃないか? 多分」
またしても根拠のないことを言う白亜。だが、それも一理ある。最悪の場合は白亜が何とかするだろう。
気づいたらもう自分達の順番になっていた。
試合相手はやはりデカイ。前衛の方は全身をフルプレートメイルでガッチリと覆っており、前見えてるのかと思うほどの完全防御ぶり。後衛の魔法使いは軽装だが身長よりも長いやけに禍禍しい杖をもっている。
それに対して白亜とリンだが。
元々観光で来ているのでどうみても普段着だ。しかも白亜は武器と言っていいのかわからないような白い棒を四本腰につけているだけであり、リンに至っては手ぶらである。
どうみても本気で挑んでいるようには見えない。
それに加えてリンは種族柄子供と間違われやすい。その二人の様子は間違えてエントリーしてしまった親子である。
「おい、大丈夫かよあっちのチーム……」
「棄権させた方がいいんじゃ……」
観客が心配そうに見守る中で平然と佇む無表情の白亜と若干不安そうに白亜の影に隠れるリン。冷やかしとしか思えない相手に当たってしまったことに苛立つ対戦者。
見かねた司会者が恐る恐る試合開始前に白亜達に話しかけた。
「えっと、そちらのチームは、大丈夫ですか? なにか手違いでエントリーされたとかあったのでは……?」
「………いえ。合ってます。お気になさらず」
もうどうなっても知らないよ、とでも言いそうにしながらも司会者が試合開始の笛をならした。
それと同時にリンと対戦相手の魔法使いが詠唱を開始する。
「水よ、汝の前に立ち塞がるものをその荒れ狂う身を存分に使って薙ぎ倒せ。水流」
水の中級魔法、水流。本来ここまで短い詠唱ではないのだが魔力消費を少し多くすることで長い詠唱を短縮することができるのだ。教えたのは白亜である。
そして詠唱短縮は相当に腕のいい魔法使いでなければ使えない。魔法に見識のある観客はリンが見た目とは明らかにかけ離れた力を持っていることに驚愕した。
相手は詠唱中断を余儀なくされ、液体とは思えない水の鞭を喰らって場外まで弾き飛ばされた。
この水流は直径一メートル程の細長いホースのような水を操り、溺れさせるもの(なかなかエグい)なのだが、リンのように水の扱いが上手いとその表面は個体レベルにまで固くなり同じ質量の金属の塊で殴られるのと同程度の危険度までに上昇する。
フルプレートメイルで全身を覆っていても水ならば通り抜けてしまうし鉄並みに硬い物質で弾かれては鎧など全く意味をなさない。
結果、リンの一撃ですべて終わってしまった。
「「「…………」」」
誰も言葉を発せない異様な空気が漂う。
「ハクア君……やり過ぎちゃったかな」
「かもな」
なるべく威力の低いやつを選んだはずだったんだけど、と首をかしげるリン。
なんてことはない。彼女も相当な化け物だったのだ。
「ど、どういうことなのでしょうか……? 目の前で起こったことに理解が追い付きません……」
この世界では強さと見た目が一致しない人が多い。その最も判りやすい例が白亜や魔王のレイゴットだ。
だが、結局そんなに差がつくほどの力を持った人などそうそういない。結果として体格差と強さはニアリーイコールで繋がってしまうのだ。
それを平気で覆せる人なんてそうはいない。そのため皆リンの実力を甘く見ていた。
それでも結果は結果である。白亜がなにもせずに終わってもタッグバトルなので問題はないのだ。
だが、このリン無双の一回戦を見て勘違いしたものも大量にいた。
前にたっている銀髪は飾りである、という盛大な勘違いを。




