「今日は千夜祭だからね」
「あっ! また失敗しちゃった……」
「焦ると魔力操作を間違えかねない。ゆっくり確実にやればいい。材料なら採ってこれるからそこまで気を張らなくてもいいからな」
黒い煙を窓の外に逃がしながら項垂れているリンを励ます。
「でも、本当にこんな大事なレシピ教えて大丈夫なの?」
「悪用されれば大問題だが……まぁ、リンならいいだろう。それに約束だしな」
シアンにもちゃんと話してある、と付け加えてリンの目の前にある試験管を覗きこんだ。
「少し……配合を間違えたな。焦げてる」
「何を間違えたかわかる?」
「臭いからして……サルツ草が1グラムほど多かったんじゃないか?」
「1グラムって………」
大きなため息が漏れる。それを白亜は他事をしながらやってのけてしまうのだからこちらの立場がない。
適当に1グラムってこれくらいだろ? と摘まんだものを計ってみたら1と0,002グラムだった。一体どれだけ鋭敏な感覚を持っているのだろうか。
「急いでやることでもない。休憩したらどうだ」
「うん……そうする」
割れた試験管を片付けながら白亜の書いたレシピを見る。どれもこれもそれほど珍しい薬草ではないのだが、配合率と加熱、冷却の仕方でとてつもない効果の薬になる。
それが伝説の秘薬と呼ばれる神薬だ。
正確にはエリクシールの劣化番でエリクシールの練習をしていると言った方が正しいが、効果は本物には劣るものの十二分なものである。
本物を元に白亜とシアンが開発した新しいポーションで水薬ではなく霊薬と呼んでいる。
劣化版エリクシールであるソーマは材料が本当に身近にある物が多く、作り方が広まってしまえば市場が大混乱になること間違いなしの代物だ。
何しろ、使っている材料の原価は普通の低品質のポーションとどっこいどっこいなのだから。それで数百倍、数千倍の値がつく。
なのでこれを開発したこと自体は仲間内でしか知られていない。その上レシピすら誰にも見せていなかったので実質白亜以外でこれの作り方を知っているのはリンだけである。
ただ今相当に苦戦しているが。
「これ、市場に出したら大混乱だよね」
「当然だろう。かかる費用は低級ポーション、効果は上級を遥かに上回ってるんだ。捌こうとすれば国家間戦争になりかねない」
なんて恐ろしいものを開発しているんだ、と思わないわけではないが、白亜本人が国の財産のようなものなので今更である。
いつ白亜を取り合って戦争になるかわからないのだ。そうなる前に各地に散らばるファンクラブ会員が何とかして止めるだろうが。
ただ、このソーマの作り方は相当面倒だ。ほんの少し量が少なくても多くても失敗するし、1秒でも無駄に加熱してしまえば焦げ、冷却が早すぎれば固まって使い物にならなくなる。
もう既に20回は失敗しているだろう。そろそろ心が折れそうである。だが、これを完璧に作れないと神薬など夢のまた夢なのだ。
「折角エリクシールを教えてもらえるって張り切ってたのにその前のソーマで躓くなんて……」
「そこは慣れだから……筋はいいからもう少し練習すればエリクシールの方も教えられるくらいの腕にはなるさ」
ガラス球を指先で捏ねるように弄ると徐々に試験管が出来ていく。白亜の手にかかればビー玉からコップを作るなど道具すらいらないのだ。
カチャカチャと試験管を作ってはリンの前に補充していく。
「ハクア君って、何がしたいの? 昔からなんかいろんなことやってるけど」
「………何がしたいんだろうな……」
少し考えて、それでも答えはでなかったようだ。
「前世で両親が殺されてから空回るばかりで……なにもしないのが嫌でただひたすらなにかやって来たけど、目的なんてなくて……何がしたいのかなんて考えたこと、無かったな……」
白亜の行動はその場の勢いで決めてしまうことが多い。
ソーマの開発も誰のために、という明確な目的があったわけでもなくただエリクシールの作り方を知ってもっと簡単な材料で出来ないかと暇潰し程度に考えた物だ。
ただ、やってみたかったから。理由なんてそれくらいのものである。実質理由というものは無いと等しい。
「俺は人の感情に疎いから……人と自分から関わろうとも積極的には思わないし、大抵は周りの人が助けてくれるから全部任せっきりで」
ある程度の数の試験管を作り終え、冷めきってしまっている紅茶を口に含んだ。
リンは珍しくしおらしい白亜の様子に少し戸惑いながら暗くなりかけた空気を明るくしようと話題の転換をする。
「ね、ねぇ、ハクア君。今から少し王都に行かない?」
「王都?」
「そう。今日はお仕事もないんでしょ?」
「ないけど……」
「じゃあ決まり! 行こ!」
どうせソーマの練習で魔力も残り少ないので回復まで暇なのだ。その間に軽く遊びに行くくらいならいいだろう。
直ぐ様用意を終え、白亜の転移で王都に向かう。町の入り口には大量の馬車が並んでいて、人も大勢行き来していた。
「これは……」
「今日は千夜祭だからね」
「せんやさい?」
「ここ五年で新しく開催されるようになったお祭りなんだけどね、千夜祭の3日間はどこのお店もずーっと開いてるの。だから眠らない祭とも言われるんだって」
「へぇ……」
リンからの説明を纏めると、千夜祭は元々学生運営の小規模なものだったのだが面白がった商人が町全体でその催しを行ったのが始まりだ。
勿論、ずっと店を開けていいのは商業地区のみで騒音とみなされるような催しは禁止などというルールもあるので近隣住民の邪魔にはならないよう工夫されている。
「それと、この千夜祭は戦夜祭とも言われてて、王都の真ん中の広場で普段は禁止されている『過度な乱闘』が自己責任で許されてるの。腕試しとして集まる人も多いみたい」
「それ、一般人が危なくないか」
「ちゃんと魔法が張ってあるから大丈夫なの。簡単な傷くらいなら広場も修復されるし」
「考えられてるな」
町のなかを歩いていくと途中、男性にチラシを渡された。
内容はもっぱら千夜祭の話だが、白亜がそれを読み進めある場所で動きが停止した。
「あ、気付いた?」
「そりゃ気付くよ……」
主催者の名前。そこにはルギリアとヴォルカの名前があった。
「なにやってるんだか……ルギ、確かにこういうの好きだったけど……」
「学生の祭に便乗したんだって」
「それで主催者って……」
あの二人はいつも思いもよらない行動をとる、と白亜はため息をつく。が、そのため息は呆れからくるものでどこか嬉しそうだった。
やはり50年も前の事とはいえシュリアだった頃の恋人と仲間である。時間と共に忘れていってしまっている部分も多いが、何をやっても受け入れられるくらいの信頼は持ち合わせている。
どこか楽しそうな白亜になんとなく自分も嬉しくなるが、白亜にこんな顔をさせているのが自分ではないことに少なからず落ち込んだリンだった。




