「言うだけじゃないみたいだな。見事だ」
「遅い遅い遅い!」
バシバシと地面を叩いて声を荒げる。力が強すぎるのか叩いた箇所は大きくひび割れが入るが数秒後には元通りになっていく。
「ちょ、も、無理……無理です」
ぐでっと地面に四肢を広げて一歩も動きたくないと主張しながら全力で休憩をとる。
その様子にため息を吐きながら文句を呟く。すると、横から別の声が飛んできた。
「なんだ、随分と優しい訓練だな?」
「それは自覚しているんですが……一回疲れると全く動かなくって」
「……俺なら地面が熔けるくらいの温度になるまで加熱するだろうな。そうすれば寝転がれない」
「それはちょっとやりすぎでは……」
横から声を出してきた銀髪の男のような女性は小さく肩を竦める。どうも悪気はないらしい。いや、多分この人なら本気でやるだろう。
「お、師匠様……その人、酷くないですか……」
「この人はこんな感じだから……」
白亜に常識は通じない。それは実力もそうであるし、感覚も普通の人とはかけ離れている。
ここで凄いのは本人が全く気にしていないところだ。直そうとすらしないのでマイペースの域を越えていると言っても過言ではない。
というより、白亜は人間でも神でもない。白亜という固有の生物だ、と言った方が正しいような人物である。
当たり前をこの人に求めてはいけない。
ジュードには慣れているような感覚ではあるが、その弟子のラメルには理解できない感覚だ。
「それより師匠、今回はいつまでここに?」
「今は授業も無いし本業の方は余程のことがなければ欄丸で対応できるからな。確認の為に戻るだけだし、4日は問題なくいられると思うぞ」
日本とリグラートを何度も行き来しながら自分の引き継ぎをしていっているのだ。
もう殆ど終わっているのであちらに帰る必要は殆どないのだが定期的に帰らないと美織がまだかとしつこく連絡してくるのだ。
「師匠、手合わせお願いできますか」
「構わないが……何で相手すれば良い」
「じゃあ村雨で」
「本気か?」
「どこまで通じるのか知りたいんです。僕もこれでもここ7年ずっと修行してきたんですから」
白亜が少しだけ感心したように目を細め、立ち上がってポキポキと骨をならす。
「そうか。じゃあ武器を折られないように注意しろよ」
「はい。よろしくお願いします」
ジュードが油断なくすらりと剣を抜く。白亜は久しぶりにその構えを見て率直に綺麗だと感じた。
白亜の半分自己流の構えではなく、代々伝わってきた必要なものだけ残っている形をしているそれは初めて剣を習う人にとってはまさにお手本となる構えだった。
白亜は髪を後ろで纏めて流れるような動作で刀を抜き、一回払うような仕草をしてから左手で真っ直ぐにジュードに向かって切っ先を見せる。
刃から伝った水滴がポタリと下に落ちる。
「「っ」」
動き出したのはジュードの方が早かったがそれを見てから動き出す白亜の方が元々の身体能力の関係で大きく上回り、結果として両者のど真ん中で金属と金属がぶつかり合う。
火花と水滴が散り、踏ん張るために両者とも前傾姿勢になる。
白亜は本気を出してはいないが、自分と鍔迫り合いにまで持っていける力をジュードがつけていたことに少しだけ驚き、頬を弛める。
「言うだけじゃないみたいだな。見事だ」
「これだけじゃ、ないですよ!」
「ああ。もっと見せてくれ」
白亜の回し蹴りに地面を滑るようにして回避を選択したジュード。白亜は鞘を逆手につかんで脇腹目掛けて振った。流石に回避行動を二回重ねることはできず、重力に逆らうようにして真横に吹き飛んでいく。
だが、ジュードは空中で体勢を立て直して地面に逆立ちするように右手を突き立てて勢いを殺して地面に足をつけることに成功する。
「今のは危なかったです」
「面白い止まり方するな、お前」
「師匠を真似たんですよ」
確かにレイゴットとの模擬戦の時に一度あんな止まり方をした覚えがある。
まさかそれを覚えていてしかも再現までされるとは思っていなかった。
弟子が成長しているのだと肌で感じ、フッと小さく笑みを溢す。
「?」
「いや、なんでもない。いよいよ馬鹿にしてられなくなったなと思っただけだ」
片腕をだらんと下げてトントン、と地面を爪先で叩く。ジュードはその動きに覚えがあったので咄嗟に全身のバネを使って横に飛ぶ。
ラメルはジュードがなにをしているのか全く理解できなかったが、数瞬後に強制的にそれを理解させられる。
空間がバックリと割れたのだ。目で見てわかるほどに景色がズレた。空気が揺れることなく真っ二つに斬られているのが目に見えるなど、恐ろしい経験である。
「し、師匠も精度が上がりましたね……」
「俺もただひたすら執事やってた訳じゃないからな」
空間の裂け目は地震を引き起こすプレートと似たような動きをする。裂け目に向かって空間そのものが一斉に動き、過剰に集まったせいで爆発が起きる。
今のこの状況でも同じだ。
ジュードはそれを理解していたので剣を地面に突き立てて爆風から飛ばされないように耐える。白亜にはその一瞬さえあれば十分だった。
爆風に耐えることを選択したジュードとは真逆の、寧ろ爆風に自分から煽られて一気に距離を詰めることを選択したのだ。
もう数センチのところまで刃を向けて触れるか触れないか辺りでピタリと止めた。
「降参です……」
「はい、お疲れ」
白亜がパチンと指を鳴らすと今までの戦闘が嘘だったかのように地面や空間が修復され、元通りになる。
「ラメル?」
爆風に巻き込まれたラメルは窓から外に飛ばされて花壇に顔面から突っ込んでいた。
「いてて……」
『我慢ですよ、我慢』
キキョウに絆創膏を貼ってもらいながら軽く悲鳴をあげる。
「っていうかなんで回復魔法使っちゃダメなんだよ……」
『頼りすぎるといざとなった時の危機感が薄くなるから止めておけってハクア様が』
「お師匠様も皆もハクアハクアって……そんなに大事なのかよ」
『ええ』
笑みで返されてうっと言葉につまるラメル。
少しくらい自分の心配もしてほしいと思うお年頃である。
「あの人滅茶苦茶強いのにそんなに心配なんておかしいだろ」
『確かにハクア様はお強い。ですが……ご存じの通りハクア様は何度も生を繰り返しているのに22歳を越えたことがありません。頼ることを知らないので、無茶をするのです』
キキョウの目が伏せられる。弱いところを隠すせいで誰も気づけないという事態になることも珍しくはないのだ。
気づけば一人で追い詰められている。
『一人で生きることしかできない不器用な方なので……』
そのくせ他人を第一に考えるお人好しである。
それも救い用のない。だが、そこが良いのだ。これがなければただのひねくれた目付きの悪い人間という印象で終わってしまうだろう。
『私たちで支えていかなければいけないのです』
好んで綱渡りをする白亜に命綱をつけるのが周りの役目である。勿論それは簡単なことではないが。




