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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「君に見せたいものがあるんだ」

 左手を抱えて座り込み、なんとか気をそらして平崎を逃がすことを優先することに決める。


 ならば、この痛みが邪魔(・・)になるのは明白だ。


 リシャットはとあることをシアンに頼む。


『それをやったらどんな弊害が出るか……今までにもそれで』

(別にいい。今はこれを抑えるのが先だ)


 どうなっても知りませんからね、という文句の直後、リシャットが左手で相手に殴りかかる。


 今まで痛みに顔をしかめてその場から動けずにいた人とは思えないその動きに、相手は反応しきれずに壁まで吹き飛ばされていく。


「なんで急に……⁉ その、腕……!」

「……ああ、やっぱり自分の体を壊さない加減が難しいな」


 殴り付けた拳は皮膚が裂けて血がどんどんと滴り落ちていた。


 逆再生をするように治っていくが痙攣は止まらない。


「早く逃げてください」

「でも」

「逃げろ」


 低い声で静かにそう言う。確かに部屋の端ではダメージを受けながらも立ち上がる異形の姿があった。


 ここにいては邪魔だとわかった平崎はリシャットの方を時々振り返りながら走り去っていった。


「ククク……そういうことか……痛覚を切ったな?」

「………」


 相手の答えに沈黙で返すリシャット。隠す必要もなくなった髪と目の色は元に戻っている。


「やはり銀の破壊魔だったか」

「そのネーミングダサすぎてそっちのセンスを疑うよ」


 近くにあった植木鉢に何かを突っ込んで詠唱する。


「破壊しろ」


 否、それは詠唱というよりは命令。しかもたった一言だ。だが、リシャットのように少しくらいではびくともしない魔力量を持っていればこれぐらいで十分なのである。


 鉢から出てきたのは、小さな丸い実を数えきれないほど実らせた見たこともない植物だった。


 だが、可愛らしい見た目に反してその効果は凶悪である。


 一瞬茎が揺れたかと思ったら、弾丸のような速度でそれが射出され始めたのだ。常人なら視認すらできないほどで、その実の特性から銃弾よりも凶悪な武器になる。


 ……着弾した瞬間に実が弾け、空気に触れると爆発を起こすのだ。


「グゥウウ⁉」

「体内で爆発が起きるってのはどんな感じだ? お前には痛覚があるようだからこの手を使わせてもらったが、古い型(プロトタイプ)には足止め程度にしかならないからあまり使ってなかった」


 中々制御しづらい、と口の中で呟いて視線を周囲に巡らせる。


 苦し紛れの攻撃などリシャットには無意味。目で確認するまでもない。


「遅い。遅すぎる。お前にはその体は宝の持ち腐れだな」

「ウル、サイ……! ダマレ、たかがイカイノ人でなしのクセニ!」

「負け犬の遠吠えでしかないぞ、その台詞」


 髪をかきあげて拘束にかかろうと右手を振り上げて、動きが止まった。


「……人質のつもりか」

「人質そのものダ、人でなし。オ前は必要なソンザイ、我々にとってもナ」

「………」


 ライレンに頼みごとをしようとしたが、直前で気づかれたようでリンクが切れた。


「あの悪魔ハ面倒ダからな。我々ノ世界にも悪魔はイル。が、あれほどのはマズお目にはカカレないな」

「………」


 リシャットの目線が何度か扉と目の前の魔獣との間で動き、数秒後にため息をつきながら膝をついた。


「最低だよお前ら」

「そういう仕事ナノでな」


 徐々に魔獣の体が小さくなっていき、人間そっくりに戻っていく。リシャットはウエストポーチを床に置き、義手を外した。


 ごとりと硬質な音が辺りに響く。


「……もし今やろうとしていることをやったら、お前も死ぬんじゃないのか」

「ああ、死ぬな。それがどうした? 我々の敵を排除する為ならいくらでも命などくれてやる」

「俺のいたところではな、お前のような考えを持つやつを『狂ってる』っていうんだよ」

「ククク……悪くない響きだな」


 リシャットの前で義手を踏み潰す。腕の代わりを努めていたそれはもう二度と使えなくなってしまった。


 ウエストポーチを拾い上げてそれを手に持ち、自分の鞄から取り出した包帯のようなものをリシャットの首に巻いた。


「これがどんなものか、説明しようか?」

「術式を見ればわかる」

「そう。じゃあ大人しくしてね」


 魔力関知の術式が入った包帯を巻かれては魔法は全て封じられたと思っていい。運動能力を大きく下げる以前リシャットが使っていたミサンガのような効果もついているので中々逃げ出すのは困難だ。


 精々使えるのは魔眼くらいだろうか。


 ため息をつきながら小さく呟きを漏らす。


「また、約束破っちゃうかもな………」


 こうなるのはもう少し後の予定だった。だからそれほど焦ってはいない。だが、居なくなって焦るのが誰かリシャットはよくわかっているつもりだった。


 ドジっ子狼人間とツンデレお嬢様の顔を思い浮かべながら意識を闇に沈めた。








「っ………」


 ぼんやりとする視界に無理矢理焦点をあわせながら起き上がる。感覚的には先程より数時間後のような感じだ。


 首には包帯が巻かれている上に片方しかない手には枷が嵌められていた。


 ベッド以外なにもない部屋。壁はかなり頑丈で目を凝らしてみると見たこともない術式が使われていた。


 リシャットが解読できないというより、魔方陣を組み立てる魔術理論そのものが違うのだろう。


 どこが脆いとかは魔眼でわかるので壊せないこともないが反発術式で解除することはできない。


 簡単に言えば鍵を壊すことはできるが合鍵をつくって開けることはできないのだ。


 それ以前に魔力が使えない為、壊すこともできない。


 覗き穴のようなものがあったが、こちらからは覗けない仕組みなので外を見ることはできない。


 魔眼で外の様子を確認しようとした瞬間に壁の向こう側から物音がしたので直ぐに止める。


「起きたね? 気分は?」

「……最悪だよ」

「うん、元気だね」


 元気でなにより、と笑っていいながら手に持っているなにかにペンらしきもので書き込んでいく。


 正直、文明が違いすぎて道具からなにまで全て違うので何をやっているのか想像するしかないのだ。


「あ、自己紹介が遅れたね。私はジャックだ。君は?」

「……リシャット」

「ふむふむ」


 そもそもジャックという名前が本当かどうかすら怪しい。リシャットは勿論警戒を忘れてなどいない。


「君に見せたいものがあるんだ」

「……」

「ついてきて」


 嫌とは言わせない、と無言の圧力をかけられて仕方なくベッドから下りる。ジャックはリシャットの手枷を取って手錠に変えた。


「本当なら殴ったりされないように後ろ手で手錠をかけなきゃいけないんだけど、君の場合手が半分しかないからさ」

「別にこの状況から逃げ出せるなんて思っていない」

「ならよかった」


 ぐいぐいと引っ張られるままに通路を突き進んでいく。だが、明らかにおかしい。


 生物の気配が全くしないのだ。


「リシャット……うーん、言い辛いなぁ。じゃあシドでいいか。シドはこの世界が今どんな状態にあるのか知ってる?」


 もはや誰だよ、という略し方をしたジャックを一瞥し、


「……興味がない」


 バッサリとそう言ってみせるリシャットだが、実は自分なりに結構調べている。どの情報が本当でどれが偽物なのか確認のしようがないものなので自分から言い出さないだけだ。

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