「そっちの事情なんて知らない」
なにかが倒れたような音が連続して響き渡る。観葉植物の鉢の中から見たこともないような棘だらけの蔓が拳銃を弾きつつたっていた全員を縛り上げた。
勿論それにすぐに反応できたものは誰もおらず、犯人も人質も全員がしばらくの間声も出せず目を丸くしていた。
ただ、ひとり。この状況をみて察することができた人がいた。リシャットではない。だが、リシャットがやったのだと即座にわかった人がいた。
そしてその人がいることにリシャットも気づき、降りるに降りられなくなってしまっている。
「何が起きたんだ………?」
座り込んでいた誰かが、そう呟く。
今まで自分達に銃を突き付けていた相手が、いつのまにか地面に倒れ伏してしているのだ。この状況を不思議以外の言葉では表せないだろう。
ゆっくりと皆立ち上がり、我先にと外へ向かって走り出す。その中で反対方向へ走っていた人物が一人。
「ちょっとこれ白亜さんですよねっ⁉」
数瞬遅れて天井からリシャットが飛び降りる。
「そういえば桃花ってテレビ局所属だったっけ……」
「やっぱり白亜さんじゃないですか」
「……そういえばこっちにまた来たこと誰にもいってないな」
相変わらずの平常運転のリシャットは置いておいて、彼女はADを勤めている桃花。リシャットに剣術を賢人と共に教わった日本組の一人である。
あれからはもう剣は触っていない。
「なんでここにいるんですか……今回のこれって白亜さんが?」
「色々あってな」
「色々あってなんでテロ組織壊滅させてるんですか……」
そこにライレンが現れた。憑依した形ではなく、悪魔そのものの体で。
「憑依は?」
【限界です。そもそもあれ相当力を使うんですからね?】
「はいはい」
突然一人で喋りだしたリシャットに桃花が首を傾ける。
「ひょうい?」
「……ああ、見えてないのか。ほら」
リシャットがライレンの手を掴むとその存在が露になった。
「悪魔?」
「ま、一応な」
【お初にお目にかかります。人間のなかでは冥王と呼ばれているものです。ライレンとお呼びください】
ライレンをあらゆる方向から見た桃花は、
「相変わらず、よくわからないですね白亜さんは」
「……どういう意味でいってる?」
「そのままですよ。それにしてもなんか雰囲気変わりましたね」
「そうか?」
「明るくなりました」
「……そう」
ふんわりとリシャットが笑みをみせた。それはほんの少し目を細めて口角が上がっただけのものだったが、機械と見紛うほどに固まった白亜の時と比べれば雲泥の差である。
「……白亜さんはどうして日本に?」
「また死んでこっちに来た」
「またですか」
「そう」
そして軽く今の状況を説明するリシャット。
「―――で、一応執事として雇ってもらってる」
「ここにいる理由はわかりました。けどなんで私たちに知らせてくれなかったんです?」
「半分は忘れてた。もう半分はこっちに来たとき力のほとんどを無くしたから連絡がとれなかった」
もうそれただ単に忘れていただけではないのだろうか。
【リシャットさん、そろそろ行かないと】
「ん……ああ、まだ終わってないな。じゃあな桃花」
「じゃあなって」
「多分亜人戦闘機が来るけどお前なら大丈夫だろ」
とんでもないことを言って走り去っていってしまった。
「…………は?」
ポカンとしていると入り口付近で悲鳴が上がる。
人垣の奥から蠍に似た尾がチラと見えた。
気づけば目の前には鉄パイプのようなものが置いてある。
「まさか、これで戦えと?」
持ってみると見た目より大分重く、またかなり硬いようだ。剣だと銃刀法違反になってしまうのでリシャットが考えた末の鉄パイプだったのだろう。
「ああ、もう! 恨みますからね‼」
もう既に見えない背中に向かってそう叫んでから鉄パイプを握り締めて走った。
「………思っていたより遅かったな」
「そっちの事情なんて知らない」
問答無用とでもいうかのようにリシャットが小石を投げる。それは視認できるほどのものだったので避けられるがそれがぶつかった壁にはヒビが入った。
それをみた相手の顔は狂喜に染まる。
「ああ、いい。思っていたよりずっと」
「何がそんなに楽しいのか理解できんな」
話などしたくもないとでも言いたそうなリシャットは手のなかに紙ほどの薄さの菱形の投擲武器を気力で生成する。
それを指の間に挟んで1枚投げた。
その武器はぐさりと生々しい音をたてて机を切り裂き、相手の頬を掠めてその後ろの壁に突き刺さる。
掠めたところには小さく傷がついたが血が出る様子はない。
「やっぱり人間じゃないか」
「気付いてここに来たのではないのか?」
「念のため確認しただけだ。それより俺になんのようだ。テロ組織まで使ってそれっぽい演出して。お前らの行動はいつも読めない」
「いつも読めないなどといいつつ、我々のやることなすことを全て阻止してくるではないか」
クスクスと嗤いながらリシャットに向かって拍手をする。
「それにしても君は素晴らしい。我々の技術の遥か先を行くその頭のなかを解剖して見てみたい」
「残念ながら俺が死んだら死体は残らないぞ」
「………そうかやはり君も『人でなし』のようだね」
その言葉の意味は、リシャットも何となく知っていた。
「元々俺は人だ。お前らとは違う」
「ははは。まぁ、それはこれから先ゆっくりと聞かせてもらえばわかること」
「そんな時間はない。いまここでお前は死ぬんだからな」
「………ククククッ! いいね、実にいい。ならばやって見せるがいい」
人であったような見た目がどんどんと異形のものに変わっていく。腕や足は鋭利な刃物のような装甲で覆われ、蜘蛛のような異様さを醸し出す。
リシャットも反応が早かった。直ぐにウエストポーチの中のものを取り出そうと、目を離さないようにしながら左手を背中に近付けてチャックを開く。
「……リシャット・アルノルド?」
「なっ⁉」
扉がかちゃりと音をたてて開いた。そこには護衛対象である平崎がノブに手をかけた状態で立ち竦んでいる。
「なぜ出てきたんです!」
「何故って、遅かったか……ら………⁉ なに、あれ………⁉」
目の前の人が人でなくなっていくような光景に震えが止まらない。
「ここにいては―――」
「余所見されてはつまらないですね」
「チッ」
右手で飛んできた針のようなものを掴むと、ジュウ、となにかが溶けるような音がした。だが、義手なので問題はない。
(生身で食らったらヤバイな……)
少し険しい目をして、
「また毒か……。俺には毒なんて効かないぞ」
「ほう? だが、それは違うだろう?」
「っ⁉」
平崎に向かって三本、針が射出される。
リシャットは左手につかんでいた菱形の投擲武器でひとつ弾いたが一歩も動けない平崎を守るには……
「ぐっ……⁉」
両手で一本ずつ掴んだ。左手を強烈な痺れと焼けるような痛みが襲う。
「ぅ………ぁぁ………」
直ぐに魔法で水を出して手を洗うが、痛みは引くどころか益々掌を痛め付けていく。
「やはり生身では受けられなかったか。それにしても君は予想通りに動いてくれるな。他人の命を守るためなら」
マグマを直接つかんでいるような、皮膚の痛みに歯を食い縛りながら右手で左手に解毒の薬を掛ける。ほんの少し、和らいだ。
「残念だったな。それの効果はどんな獣でも一日は続く。超越者でもな」
痙攣する左手を押さえながらリシャットはどうやって平崎をこの場から逃がすか、ただそれだけを考え続けていた。




