「流石、この世界の英雄を殺した男だ」
ジャックはリシャットの態度に苦笑しながら、
「シドも別の世界からやって来たんだろう? なんのため?」
「言うと思うか?」
「あんまり思ってない」
じゃあ聞くな、と吐き捨てるように言い、視線を前に戻す。
「ま、いいや。あ、それと逃げ出そうとしても無駄だよ。ここの施設の外には空気がないからね」
「……だからこっちの世界を襲って場所を確保する気か? 迷惑どころの話じゃないな。そもそもお前らの異界転移が雑すぎてこっちの世界が被害受けてるんだよ」
毎回その後処理をしているのはリシャットなのだ。面倒でしかない。
「それを言うなら折角書いたサークル消さないで欲しいんだけど?」
「放っておいたらこっちが大混乱だ。見かけたら消すに決まってるだろう」
「そもそもあれにどうやって気づいた?」
「……毎晩お前らが特定の道に沿って現れるのを知っていた。後は臭いと魔力の痕跡を辿って行けばいい。誰でもできる」
毎晩調べていたのだ。途中で上位神達に捕まったりしたが。
「この世界はもう未来がない。そっちに頼るしかないんだ。特に純血の人間なんてもう数百人しか残っていない」
「それを俺に言ってなんになる」
「なに、世間話だよ」
角を曲がり、とある部屋の前につく。
「ちょっと刺激が強いかもしれないけど、我慢してくれ」
扉にジャックの持っていたカードを翳すと、音もなく開く。
カードには顔写真等が貼ってあったが、文字は読めなかった。
ジャックが中に入って照明をつけた瞬間、普段ほとんど表情の変わらないリシャットが明らかに驚愕した。
「………!」
巨大な水槽に沈んでいるのは何度も目にしたことのある、
「凄いだろう? 君達は亜人戦闘機といっていたけど、僕らはこの機体をメシアと呼んでいる」
「……ここまで並ぶと気持ち悪いな」
「君からすればそうかもね」
動いてはいないがそれらは全て魔獣だった。
「……やはり生体反応はない……」
「そりゃそうだよ。まだ動かしてないからね」
「こいつらは遠距離から動かされているんだな?」
「そうだよ。君のところでいうドローンってやつみたいかな」
リシャットは薄々気づいてはいたが、やはりラジコンのロボットだったようだ。だが、それも例外はあるようだ。
「お前はまた違うんだろ」
「そう。僕にはとある魔法がかかっていてね。この世界で魔法は捨てられかけていたものだったけどここ数十年で需要が一気に増えて体と機械を融合させることができるようになったんだよ。シドの右手もそんな感じだったでしょ」
魔力で疑似神経を繋いでいるので確かに融合していると言えなくもない。
ジャックはリシャットの手をつかんで奥へ奥へと入っていく。
「見せたいものは一番奥にあるんだ」
さらに厳重な扉を四つほど通り抜け、それはあった。否、いたと言った方が正しいだろう。
腹部に大穴を開けた人……そうとしか形容できないような遺体。
腹部の穴さえ気にしなければ眠っているようにしか見えないそれにリシャットが小さく忌々しそうに歯軋りする。
「これは、なんだ」
「判らないのかい?」
「どうやって回収したか聞いてるんだ。あの時粉々に吹き飛んだはずだ。それだけの威力は込めたはずだ。自分の死体が残るほど優しく放ってはいない!」
横たわっている死体は、自分自身。揮卿台白亜だった。
腹部の大穴にも覚えがあるし、顔や体つきも完全に自分のものだった。自分の体を外から眺めるというのは酷く気持ち悪い。
「やっぱり君だったか」
「答えろ。これをどうやったか」
「……研究材料があったからね。バラバラになった遺体を繋ぎあわせる」
「研究材料、だと? こんなどうでもいいことをするために人を殺したと?」
暴力的な殺気を放ちながら左手を握りしめる。
その手には手錠と包帯が巻かれていた。首にあるものと同じ、リシャットの力を抑えるものだ。
二重で力を抑えられて尚その気配は研ぎ澄まされた刀のようだ。
きっとどれだけ拘束しようと抜き身の刃のような殺気は消えることも鈍ることもないだろう。
「……こっち」
ピッと指を指す。そこには試験管や骨などが大量に置かれていた。最早人間ですらない。
その中で、ひしゃげた指輪が目に入った。裏面にローマ字で『Kikyoudai』とかかれたそれは忘れる筈もない、両親の結婚指輪だった。
「っ!」
「わっ⁉ 危ないなぁ⁉」
気づけばリシャットは左手でジャックに殴りかかっていた。
だが、普段の数段も落ちるその威力と速さに普通に反応されてしまい受け止められる。
「お前らがっ! お前らのせいだ!」
「……何の話?」
受け止められた体制のまま足技に切り替えるがそれも即座に見抜かれて無効化される。リシャットは地面に倒れ伏し、指輪を握りしめたまま動かなかった。
「おーい、シド? ………⁉ 泣いてるの⁉ なんで⁉」
「……誰のせいだと思ってやがる……」
指輪を砕かないように優しく摘み、自身を盾にして守るように抱え込んで静かに泣いていた。
「お前らのせいで……俺は全て失った。お前らさえ来なければ両親が死ぬことも家がなくなることもなかったのに……」
水の溜まった目で睨み付ける。ジャックもジャックで訳がわからない。
「え、えっと、どういうことなのかな」
「チッ……どうでもいいだろ」
ギリギリと奥歯を鳴らしながら唸るように声を出す。
これだけは絶対に離さないとでも言うかのように指輪だけはずっと握りしめていた。
「どうでもよくはないと思う」
「お前には関係ない。………俺に近寄るな」
戦闘能力の殆どを封じられても、一切衰えることのない闘争心。これがリシャットの武器。
今まで何度も死にかけて生き延びてこられたのはこれのお陰だ。
それを直に感じたジャックの冷や汗は止まらない。
「流石、この世界の英雄を殺した男だ」
冷や汗を拭いながらも面白おかしそうに笑う。
その様子はまさに玩具を前にした子供だ。
「黙れ……! 諸悪の根元が」
「残念ながら今君には僕を倒せるだけの力はない。君のお願いは聞けないな」
「じゃあ今ここでお前を食い殺してやろうか……死んだときみたいに体内で気力を爆発させるのも簡単だ……お前はどっちを望む」
「ハハッ、それは困るなぁ」
パチン、とジャックが指をならすと強烈なめまいが突然襲い掛かる。風魔法の一種と気づいたときにはもう遅かった。
「おやすみ、超越者さん?」
静かに倒れこんだリシャットの手には指輪が握られており、目の端からは涙が零れていた。




