「なんやほんまに修得してまったやん………」
羅針盤に従ってひたすら歩いていく。死にかけていたエンの方が歩く速度が早い。まるでリシャットのようである。
「それ、なに?」
「これはとある人から借りてるもんでな。人のおるところを教えてくれるんや。多分」
正直、人を指していたのか動物を指していたのか不明なのでなんとも言えない。
「ある人って?」
「せやなぁ。おじさんの先生や。まぁ、エンよりもうちょい大きいくらいの子やけどな」
「なんでそんな話し方なの?」
「なんでといわれても、これが普通だと思って育ってきとるからな。もう直らんわ」
質問に丁寧に答えながら羅針盤を何度も確認する。これはいきたい場所の方角は判るのだが距離がわからないのでどれくらい進んだらいいのかわからない。
「おじさんの名前は?」
「伊東孝平やで。孝平が名前や」
「コーヘイ?」
「せやで」
変な名前、と呟いて顔をあげる。
「コーヘイおじさんはどこから来たの?」
「日本ってわかるか?」
「?」
「まぁ、そういうとこやわ。覚えんでええよ」
通じないと見や否や直ぐに話題を切り替える。
「せや、エンはなにが得意なん?」
「水汲み」
「み、水汲み………」
それに得意不得意ってあるのだろうかと一瞬思った。
「それとね、魔力は一杯あるけど、魔法は使えないの。いでん? なんだって」
なんか聞いたことのある単語が出てきたな、とエンを見る伊東。そしてなにかに気がつき鞄をあさる。
「これ、使えへんか?」
数分探し回って見付けたのは数枚のカードだった。表には何らかの魔方陣がびっしりと書かれていて、水の絵が中央に描いてある。
「これ、どうするの」
「魔力を流してみぃ」
これは以前リシャットが伊東に見せていた物だったので伊東も使い方はしっていた。魔力か気力に反応する魔法具でどちらかを注ぎ込むと入れた力の量でそこに描いてあるものが打ち出せる、らしい。
魔力でも反応するんだよ、と言っていたのを覚えていたのだ。
「? わっ!」
バシュ、とカードから水が吹き出てきてエンの顔面を濡らす。
「魔法………?」
「お、やっぱり使えるんやな。さすがはリシャットさんやなぁ……」
物珍しそうにカードをくるくる回してどこから水が出たのか確認し始めるエン。
「それは俺の先生からの借り物や。もしもの時はそれ使うんやで」
「わかった‼」
これ凄い! と目をキラキラさせてなんども水を噴射する。
「使いすぎると魔力無くなるらしいから気ぃつけや」
「うん!」
大分元気も出たようだ。
その時、斜め前の木の奥からなにかが聞こえた。
「木を斬り倒した音したな……なんや?」
見てみると、バッチリ音の主と目があってしまった。鹿だ。だが、普通の鹿ではない。
角が、刃物のように鋭く鋭利な輝きを放っている。
「凶器やんあの角⁉」
「ブレードディアー!」
「知っとるんか⁉」
「村の作物全滅したから知ってる」
食い荒らされたということだろうか。確実にこちらを敵と見なしているようだ。
「早く逃げようよ‼」
「無理や。追いつかれるで」
「じゃあどうすんの」
エンはもう既に背を向けて走り出そうとしている。
「これ通じるやろか………」
気弾をこっそり作り出して鹿に真っ直ぐ打ち出す。
見事に着弾したそれは、鹿の目前で爆発して鹿の体を吹き飛ばし骨をバキバキに粉砕して鹿が即死するという結果を生み出した。
「「……………」」
それをやった本人でさえ言葉を発することができないほど驚いていた。
「まさか、ここまでの威力があるなんて思わへんかったなぁ………」
リシャットが絶対にひとには向けるなよと言っていた意味がわかった気がする。
「凄い! おじさん凄いんだね!」
「これは先生がいいからやけどな」
直前で爆発させる方法はリシャットから教わっていた。敵の力量を見るときには基本的な打撃が一番だから見たこともない敵には直接あてるより爆風で攻撃した方がいいと。
初見の敵なので爆風で攻撃してみたらこうなったわけである。直接当てていたらどうなっていただろうか。
少なくともグロいのは確定である。
「おじさん本当に強いんだね! 変な話し方だからかなぁ」
「それ関係ないで?」
方言がそんなに面白いのだろうか、エンは何度もそういう結論に至る自問自答を繰り返していた。
「じゃあ、僕もその話し方する‼」
「いや、せんでええよ………」
「やるもん」
まぁ、そんな直ぐには出来るもんじゃないだろう、そう思っていたのだが。数時間後、
「おっさんも大変やなぁ、魔力ないんやろ?」
「なんやほんまに修得してまったやん………」
エンは所謂天才だったようである。
教えたことを一字一句全て漏らさずに吸収してしまう様はリシャットにも通じるところがあった。
どうでもいいことまで吸収してしまっているところもあるが。
伊東の口調を完璧に再現してしまっているために子供らしさは皆無である。要するに口が悪い。
「おっさん言うん止めてくれへんか?」
「じゃあなんて言えばええ?」
「なんでもええわ。けどおっさんはやめて」
「じゃあ先生」
「もう、それでええわ」
べつに間違ってはない。
伊東の鞄(正確にはリシャットの鞄)を見ながら凄いと話すエン。
「ほんまに凄いわ、これ。普通空間魔法はこんな風に大きく口を開けると下手したら空気まで取り込んでしまうんやけど、これはちゃんと入れるもんと入れないもんの区別を勝手にしてくれとるんやなぁ」
口調のせいで内容が中々入ってこない。
「そんな凄いもんなん?」
「これ作れって言っても今まで成功した人は居らんで。精々が口の広がるポーチや。こんな風に出し入れが簡単でしかも使用者登録までできるなんて夢のまた夢やと言われとるんよ」
想像以上に凄いものだったようだ。
そう考えるとリシャットは日本という限られた資源しかない場所でどうやってこれを作ったのだろうか。
「なぁ、先生? 俺を人の居るとこに送ったら先生どこに行くん?」
「故郷に帰るで?」
「一緒にいったら駄目なん?」
「そういわれても俺一人じゃ帰れへんのや。迎えに来てもらうしかないんよ」
「迎えに来るんか?」
「わからんなぁ。けんど、来るとは思うで。あの人は約束破らへんし」
最後に言っていた言葉。あれを実行するのは本来不可能な筈なのだがリシャットなら出来てしまうのでは、そう思うのだ。




