「止めとけ。人間が飲むものじゃないから」
「どこまで行くんですか」
「もうそろそろ。っと、着いたぞ」
木の根に足を取られそうになっていたのでずっと下げていた目線を上にあげる。すると、巨大な門が聳え立っていた。
「こんなものありましたっけ」
「見えないようになってるから。あ、ほら」
目線の先には何故今まで気づかなかったのだろうかと驚くほどの大きさの蛇がいた。全長は4メートル程だろうか、シュルシュルと舌を出し入れしているその姿は妙に神々しく見えた。
『よくぞ参られた。我が主の客人よ』
頭の中に直接響く声に困惑する清水。リシャットは右足の膝をついて、恭しく頭を下げる。もうどうしたらいいのかわからない清水はリシャットにあわせた。
「ご協力感謝いたします」
『色々ときな臭いことになっているようなのでな。出迎えようと思っていたのだが』
「いえ、通り道が見えたもので」
『そうか。主がお待ちだ。中へ入るといい。使いの者も主の許可を得ている』
ゴゴゴゴ、と石と木が擦れるような音が響き、門が開いていく。リシャットが顔をあげて立ち上がると、清水が腰を抜かした。
「どうした」
「どうしたって………急に大きくなったらビビりますよ、そりゃ」
「そう言われてもここだと勝手にでかくなるんだから慣れろ。そんなことより機嫌を損ねるようなことはするなよ。あの人なら兎も角神使が殺しに来そうだ」
小声でそう言われ、ぞっとする。
「神使ってさっきの」
「蛇」
「うわぁ……」
爬虫類が苦手な清水はビクッと震えて縮こまる。
「なにもしなきゃ大丈夫だ。さっきみたいに俺にあわせればいい。あと喋らない方がいい」
よく磨かれた石畳を歩きながら奥へ奥へと進んでいく。清水は自分よりも大分背が高くなったリシャットの服の裾を掴みながら恐る恐るついていく。
あまりの緊張感にいつの間にか服が変わっていたリシャットに気づかないままキョロキョロと辺りを警戒するように見回す。
「そこで靴脱いで」
「え、あ、はい」
靴を揃えて置き、これまた掃除の行き届いた廊下を歩く。あまりにもへっぴり腰なので摺り足みたいになっているが、リシャットは特に気にしなかった。
「お、来た? 入って入って」
襖の隙間から顔を出している男は長い髪を適当に一纏めにして首にヘッドホンをかけていた。
ビクビクしていた清水は一気に気が抜ける。
「あの人って」
「あの人に会いに来たんだ。ちょっと変わってるけど、ここではあの人より上の立場の人いないから気を付けて」
襖を開けて入ると大きな薄型テレビにコントローラーが繋がれたものを操作している長髪の男が無駄に広い部屋で寝転んでいた。
「「…………」」
リシャットはジト目で、清水はあまり理解できていないような不安げな目でそれを見ていた。
するとステージがひとつ終わったようで男が耳からヘッドホンを外して一旦コントローラーを置く。
「いやー、一回熱中すると中々やめられないんだよね、これ」
「……今は職務中では?」
「だって皆言ってること同じでつまんないし、君たちが来たときもそうだったかもしれないけどこの時間に参拝来る人も早々いないしね」
男は高そうな湯飲みにお茶を注いで無造作にリシャットと清水の前に置く。
「どうぞ。それなりにいい茶葉使ってるから」
「あ、えっと、じゃあ、一口だけ………」
「止めとけ。人間が飲むものじゃないから」
「酷くないかな」
「神茶ですよね、これ。適合しなかったら彼女死にますよ」
そういいつつ普通に飲み干すリシャット。清水の分も飲んだ。
そして目を丸くしている清水を庇うように前に座る。
「ああ、そう言えばそうだった‼ 忘れてたよ、これ人間が飲んだら駄目なんだったよね。ごめんごめん。人なんて来ないからいつも飲んでるやつ出しちゃった」
悪意はないと判断したらしいリシャットは少しだけ警戒をとく。
「相変わらず堅いんだね、君。お兄さんも心配していたよ」
「え、リシャットさんってお兄さんいたんですか⁉」
清水はそう声を出してハッと自分の口を押さえる。それを見たリシャットが、
「ああ、ここなら声を出しても大丈夫だ。完全に空間が違う」
「それってどういう………?」
「まぁ、粗相だとかの心配はないって訳だ」
ついでに言えば俺に兄はいない、と小さな声で付け足すリシャット。
「まぁ君からしたら叔父さんだもんね」
「それもそうですけど」
兄を自称する叔父はまだいいのだ。嫌なのはあの甲冑野郎である。
「そんな話は置いておいて……決めたんだね?」
「はい」
「もう後戻りはできないよ?」
「わかってます」
お茶を自分でいれて飲む男に向かってハッキリとそう告げるリシャット。清水が見たことがないほどその表情は真剣そのものだった。
「彼女に説明しなくていいの?」
「あ。します」
そういえばなにも話してないと思いだし、清水に向き直る。
「この人が誰か、今の会話で判ったりしたか?」
「よくわかんないけど、何となくは」
「そうか。この人……いや、人じゃないけど………は大国主大神。ここ、出雲大社に奉られている神で……あー………説明が難しいな」
なんと言えばいいのか、と首を捻っているリシャットの横から大国主大神が顔をだし、
「リシャット君のお父さんの友達ってところかな」
そう自己紹介する。
「リシャットさんのお父さんって………ここで働いてるとかですか?」
「いや、世界が違う」
「あっちの世界の主神だよ」
それを聞いた瞬間、清水が目を見開いて、
「じゃあリシャットさんは人間じゃない………?」
「人間だよ。一応」
「今のところは半神ってところだね。人間の血はほとんど通ってないけど。リシャット君は魔族の血とか精霊の一部とか混ざってるから」
理解できていない清水が目を白黒させる。ここに来てから驚きっぱなしだ。
「じゃあリシャットさんはその神様……? の親戚みたいな………?」
「違うけどそんな風に考えてもらっても間違いではないかな」
「種族としては遠からず近からずって感じだ」
そう答えるリシャット。もう自分が人間じゃないと認めているようなものである。
「それにしても無茶したね」
「……逃がしましたけどね」
リシャットの体を見て苦笑する大国主大神。
「無茶って………?」
「これだよ」
大国主大神はリシャットのシャツのボタンを力任せに開ける。無理矢理なので生地が破れた。
「なんで勝手に………」
「だって君自分から見せないでしょ」
包帯を解くと、何度もナイフで刺されたような刺し傷をはじめ、赤黒く変色した打撲痕、擦りむいて血の滲む皮膚。生きているのが不思議なくらいに傷ついていた。
「これでも大分治ってる方だよ」
「…………」
リシャットの傷をよく見せるためにわざわざ羽交い締めにまでしてくる大国主大神。リシャットは心のどこかでこの人はやっぱり神様なんだなと思っていた。
出会ったことのある神様は大抵皆やりたい放題である。それとなにかしら押し付けてくる。
「それと力も殆ど残ってない。これが今のリシャット君の現状だよ」
そしてもう一言付け足した。
「それを何とかするためにリシャット君はここに来たんだ」
と。




