「気付くことなく溺死だな」
「治せるんですか⁉」
「死んでてもなんとかなるよ」
そう豪語する大国主大神。リシャットがため息をつきながら、
「一旦死ぬようなもんだけどな」
「死ぬのはなれてるだろう?」
「慣れるものじゃないと思うんですけど」
ジト目でそう告げる。訳のわかっていない清水に、
「俺、一応半神なんだけど元々普通の神だったんだよね」
「神様に普通とかあるんでしょうか…………」
「それ俺に聞かれてもな………。まぁ、とりあえずこの世界に来たとき、今から7年前には一応なってた。その証拠にあの時は疲労ってものが殆ど無かったし、吹雪のなかに裸足で放り込まれても寒さなんて感じなかった」
話が長くなると判断した大国主大神がまたゲームを始めた。リシャットも面倒くさかったので止めなかった。
「俺の横に悪魔が居たの覚えてるか?」
「今いないんですか」
「今は家の方を守らせてる。そもそも悪魔は神域に入れないしな。まぁ、そいつがやったんだか俺がいつの間にか神格化を拒否してたのか………どっちかは不明だけど何故か力は半分だけ定着し、残り半分は霧散した。どこいったかは知らん」
お陰でこんな中途半端になっちまった、と頬を膨らませるリシャット。体が大きくなっているので可愛さはない筈なのだがどこか保護欲を刺激するような表情だった。
「で、それで俺は良かったんだが今回の件で定着した力がなくなってきてるんだ。元々人間の体に定着させたのが不味かったのかもしれないけど」
「っていうことは力を貰いに来たんですか?」
「半分正解で半分不正解だな。回復しに来たんだ」
力の譲渡は基本できないしな、と付け加える。
「なんでです?」
「力の譲渡し始めたら其処ら中に神が溢れかえるだろう」
「そんな理由⁉」
「も、ある。一番の理由は神の存在を認識されにくくするためにだ。これを見てわかるように神様だって買い物するしゲームもする」
「ああ、成る程………」
ピッと後ろを指すリシャット。寝転がっている大国主大神がそれを物語っている。
「で、俺がそれやってる間なんだが、かなり無防備になる。水の中に落とされようが宇宙空間に放り出されようが気付けないほどにな」
「寝るってことですか」
「そうだ」
「もし水の中に落とされた場合………?」
「気付くことなく溺死だな」
「ぅわぁ…………」
反応することもできないので仕方がないと言われればそうなのだが。
「要はとんでもなく強い麻酔が効いてるような状態だ。しかも効力は大体3日」
「3日も⁉」
「俺は寝てるだけだから一瞬に感じるけどな」
つまりその3日は学校がかなり手薄になる。
「なんでこの忙しい時期にやるんですか」
「そんなこといわれても今やらなきゃ死ぬんだけど………」
どうしようもないとはわかっていても愚痴を言わずにはいられない。
「しかもバディいないし」
「目が覚めたら探すから……」
「魔獣はくるし」
「…………」
「挙句の果てにグラウンドは滅茶苦茶」
「それは仕方ないだろ」
最早開き直っているリシャットにため息をつく。
「わかりました。早く帰ってきてくださいね」
「ああ。なるべく急ぐから」
コツンと拳をあわせて約束をする。大国主大神がヘッドホンを外して首にかけた。
「話終わった?」
「まぁ、一応」
「じゃあ早速やろうか。なるべく早い方が良いだろうしね」
ゲーム機を片付け、そこに布団を敷く大国主大神。
「さ、準備はOKだよ」
「なんか思ってたのと違う………」
「ほらほら。今から儀式するから」
「布団の上で儀式………」
情緒もへったくれもない。リシャットは鞄から指輪をいくつか取り出して袋に入れ、清水に渡す。
「それ12時間で壊れるから何かあった時用のな」
「あ、ありがとうございます」
「ん。………頼んだぞ」
布団の上に座ると大国主大神がどこからかなにか液体の入った升と黒い盃を持ってきた。
「どうすればいいのかわかるよね?」
「………あんまりやりたくないですけど、何となく感覚で」
「わかってるなら上等。ほら」
升の中に入っている物を盃に注ぐリシャット。顔は本当に嫌そうだ。
「あれ何が入ってるんですか………?」
「虫とかで作ったお酒」
「え゛」
リシャットが躊躇するのも頷ける。
若干震える手でぐいっと一気に流し込んだ。
「ん、ぐっ………!」
「はい、まだまだ」
「これ酒のみ大会………?」
升一杯である。一リットル以上のそれをなんとか飲み干さなければならないようだ。まるで罰ゲームである。
「不味い…………酒って不味い…………」
しかも人生初の酒が人生最後の酒になってしまっている上にその初めての酒があまりにも美味しくないので一生リシャットは口にしなくなる気がする。
「暑くなってきた………」
二杯目を飲み干し、もう顔が真っ赤である。酒に弱いタイプだったようだ。
「はい、三杯目」
「ぅう、ん………ぐ」
未だ半分以上残っているのに本人既に前後不覚だ。戦っているときよりも辛そうである。
その後も気合いで飲んでいくリシャット。もう味とかどうでもいい。
「はい、最後ー」
「はぁ、はぁ、はぁ………ん、ぐぅ………」
ほぼ地面に這っているがそのままなんとか飲み切った。今にも死にそうな息づかいだ。
「お疲れ様………って言いたいところだけど疲れるのはこれからなんだよね」
「それってどういう――――」
「があぁああああ!」
清水の声が、リシャットの声にかき消された。腕を切り落としてもこれほどまでに叫んではいなかったリシャットが、息つぎをする間もなく痛みで叫び続けている。
「一体なにが…………」
「リシャット君に君の声は届かないよ。勿論誰の声であろうとね」
「どういうことですか………?」
「神になる為にはなにが必要だと思う?」
「え………? 強さ、ですか」
「それもあるかもしれないね。けど……人間という器は脆い。何度も産み出せるようにあまり強くは作られていないんだ」
それはリシャット君にも当てはまる。そう言う大国主大神。
「今まで受けた傷を全て受け直し、その痛みで昇華する方法………それが一番確実といわれてるんだ」
「痛みでって」
「箪笥の角に小指をぶつけただとかそういう些細な痛みでも積み重なれば死にも繋がる。あの子はそれを今引き受けてるんだ」
既に無い右腕を押さえながら叫び続けるリシャット。その目はうっすら開いてはいるが、何も映していないようだ。
耳も、なにも聞こえていないのだろう。
「リシャット君が受けた傷は普通の人間なら何度も死んでいてもおかしくないほどのものばかりだ。それを受けきろうと思えるほどに君達が大切なんだよ」
あれほどまでにリシャットが苦しんでいるのを見たことがない。ああなることをわかっていて受け入れたのだ。
「………リシャットさんを触っても大丈夫ですか?」
「? いいけど、触っても反応しないと思うけど」
清水はリシャットの前に座り、その手をとる。当然のことながら反応はなく、なにかに縋るように体を捩らせる。
触ってみて初めて気がついたが手はピクピクと痙攣している。
「痛みで気絶することも、和らげることも許されない。それから逃げてしまったら最後、生きることすら許されない。………リシャット君を信じて待てる?」
「もとから、そのつもりです」
「そうか」
震える手をそっと両手で包み込みながら祈るように目を瞑った。




