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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「それは頑張ればなんとかできないこともないんだ」

「それは………どういうことでしょうか」

「あいつが入ったのは時空間の狭間だ。簡単に言えば嵐の中の海の中に放り込まれたようなもんだ。それでどこの世界に流れ着いているのか空間の間を漂っているのか、それすらもわからない」


 ごしごしと頬の血の痕を擦る。もうその傷は治ってはいたが、一度治りかけた傷が開いた為にその傷跡はくっきりと残ってしまっていた。


「それだけならまだしも、時間軸も不明、どこの世界なのかも不明、生存すらも不明となれば正直どうしようもない」

「「…………」」


 どう言葉を発したものかと二人が黙っていると、リシャットはフッと笑みを見せる。


「………安心しろ。なんとしてでも見つけてやるから」


 その言葉を聞いて、清水が口を開く。


「………それ、リシャットさんが犠牲になるとかそんなんじゃないですよね」

「……ある意味ではその通りで、別の意味では違うと言えるな」


 意味が理解できないリシャットの言葉に、眉を潜める清水。


「本当は死んでも嫌だったんだが……こんなときまで意地張って子供みたいに喚いても仕方ないからな………。今俺はお前らにあいつがどこにいるかわからないからどうしようもないと言ったな」

「はい」

「それは頑張ればなんとかできないこともないんだ」


 要は、総当たり戦である。別に戦いではないのだが。数えきれないほどある異世界を全て行って確認してくればいい。


「何年かかるかわからないがな。それを何百回、何千回、何万回繰り返せばきっと見つかる。だが、問題はそれをやるだけの力が今の俺にはないことだ」

「昔は出来たんですか」

「まぁな。それなりに力はあったから、それぐらいのことは時間さえあれば出来たんだ。ただ、今の力は全盛期の………そうだな、6分の1もあるかどうか、といったところだ」


 それで6分の1? という疑問は飲み込んだ二人。


「それに、日本は魔力が回復しにくい上に魔法そのものも使いづらい」

「何故です?」

「その概念がないからな。抵抗が大きいんだ」


 肩を竦めるリシャット。


「それに今の俺は一回異世界に飛んだら死ぬくらい体がボロボロだ。外も中も」


 疲れきった顔をして、ポケットに入っている浄化の魔方陣を起動させる。その瞬間に紙が破れ、リシャットの顔や髪、服についていた泥や血が綺麗さっぱり無くなった。


「っ、浄化一回で目眩がするとか、ちょっと重傷かもしれない」

「当たり前ですよ⁉」


 さっきまで地面から立ち上がれずにいた人がなにやってんだと頬を膨らませながらも呆れるという器用な真似をして見せる清水。


 リシャットもリシャットで今どれくらい自分が消耗しているのか試したかったというのもあるが割りと消費量の多い浄化を使ったのはかなり謎である。


「まぁ、でもそれはなんとかする。回復の当てがないわけでもない」

「怪しい薬でも使うんですか」

「いや、もう薬じゃ回復できないほど消耗しているからそれは無理だな」

「怪しい薬あるんですか」

「あるけど?」


 それも、この世界に自生していない意味不明の薬草から作られたパッと見では毒としか見えない紫色の液体が。


「…………」

「まぁ、それはさっき飲んだけど」

「飲んだんですか⁉」

「こんな傷がすぐ治る筈ないだろ」


 頬の傷跡を指差して不思議そうに言う。まるでそれが当然かのような言い方だ。


「いや、リシャットさんだから自然回復かと」

「俺をなんだと思ってる。中身が年寄りなだけのただの人間。ロリババアだぞ」

「ロリババアって………」


 実際その通りなのでなにも言えない。


「話が脱線したな………俺はちょっと切り札を切ってくるからここを頼んだと言いに来たんだ」

「それ死ぬとかないですよね」

「……多分」

「間が怖いんですけど………」

「切り札ってそんなもんだろ。恐らく数日、下手したら年単位でかかるかもしれないが………とりあえず俺とは一切コンタクトがとれないことになるから、覚悟しておいてくれ」


 本当に何をする気なんだと小一時間ほど問い詰めたい二人だったが、リシャットの性格もよくわかっているのでこういう人なんだと割りきるしかない。


「覚悟ってどういう覚悟です?」

「やつらが攻めてくるかもな」

「え」

「ん? 何かおかしいこと言ったか?」

「何でそんなことに⁉」

「だってここがバレたからな。襲ってこない筈がないだろ」


 まるで他人事のようなリシャットのアッサリした態度に目を点にする二人。リシャットは肩をすくめて、


「やつらは他世界から来てるんだぞ? 幾らでも人員補給も出来るし下手したらその内、俺の結界も正面突破できるほどの戦力を蓄えてくるかもしれない。今は俺の力が上回ってるからなんとかなっているが、やつらは確実にここを潰しに来る」


 用意してあったお茶を口に含んでため息をつく。これはどうあがいても避けられない。


「のんびりやってた俺も悪いが、まさか寝返るやつがいたとは思わなかったし」

「寝返ったって………」

「前に俺がここの結界を書き直したとき、この敷地内に入る際には割りと厳重な試験をクリアしないとは入れないように設定し直した。が、やつらが侵入したということは確実に内通者がいる。それにやつらも………もう人間そっくりに変身できるほどには技術力をあげてきたようだ」


 その言葉が何を意味するのか、二人にはわかる。わかってしまう。


「一般人が危ないんですね?」

「そうだ。今まで俺という抑止力がいたからやつらも好き勝手はやっていなかったが……俺の所在は勿論、この姿までバレてしまったのが本当に不味い。やつらは最初にここを襲いに来る。俺を殺しにな」


 今までは正体不明の人間でしかなかった銀の破壊魔という存在が行動を表沙汰にした瞬間に襲いにくるということがあったので魔獣側も表だって動かなかったのだが、それが盛大にバレてしまった今、ここが襲われるのは時間の問題。


「じゃあ、生徒をここじゃないどこかに避難させた方がいいのでは」

「………それはやめとけ。俺の結界が機能している今はここはどこよりも安全だ。それにやつらはこの世界で暮らしているわけじゃない。どこに隠れようが恐らく無駄だ。寧ろ生徒が危険にさらされる」


 それに加えて今回の伊東行方不明騒動だ。どう考えてもリシャットの体はひとつでは足りない。


「リシャットさんが分裂出来ればいいのに………」

「無茶言うな。やったら力が半分に落ちるから意味ないぞ」

「あ、出来るんだ………」


 やれてしまうのがリシャットなのだ。


 リシャットはそこまで話してから立ち上がった。


「ということで俺は行くところがある。学校は暫く来れないから留守は頼んだ。それと、結界は一部破損していたからとりあえず補強しておいてある。不安なら後で気力を追加してくれ」


 ウエストポーチが中から無くなった学生鞄の中から制服を取り出して物凄い早さで着替える。着ていたものはただの布切れ同然のような状態になってしまっていた。


 ビリビリになっているそれを見て二人が息を飲む。ここまでボロボロということは、リシャットがそれだけ攻撃を受けているということなのだから。


「とりあえず休憩したら少し落ち着いた。このまま早退するけどいいか?」

「ええ、それは勿論。それより病院に行かないと」

「どうせ行っても無駄だし、病院よりもっと重要なことがあるからな」


 小さく笑ってから、足を引きずりつつ部屋を出ていった。


 机の上には空になったコップとリシャットの置いていった結界の変更点の書かれた紙がポツンと置かれていた。

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