「俺、もう疲れちゃった」
世間様はクリスマス一色ですね!
私ですか? 安定のクリぼっちです。皆さんは良いクリスマスを!
ぐるりとグラウンドを囲むように展開された赤い花達はその花の中心から火炎放射機のように炎を吹き出し、分厚い炎のカーテンを作り出す。
その直線上にいた魔獣は断末魔の声を響かせながら灰になって風に吹かれて飛んでいく。
「これは………」
「取り敢えず時間稼ぎだ。子供達の余裕がない」
必死で戦っていた伊東だがどうしても子供のほうまで気が回らない。リシャットがバレないように対処するのも限界がある。
一旦子供達の頭を冷やすために奴等との境に炎のカーテンを作り、空間を隔離した。
「早く校舎内へ。ここからは………俺が何とかする」
「なっ⁉ バレてまうで⁉」
「もう無駄だ。やつらがここに気付いた時点でな。それから俺の鞄を持ってきてくれ。あれがないと戦えるものも戦えない」
「今自分で行った方が早いと思うで」
「いや、そいつはキツい。花が枯れる」
地面に触れていないと制御ができないのだ。昔は魔力でごり押ししていたが今は下手に使ったら死ぬ恐れがあるためにギリギリまで節約しなければならない。
「っ。ええんか」
「いい。というか早くしてくれ。魔力が持たん」
リシャットは額に汗を滲ませていた。相当キツいのだろう。
「皆! 今の内、こっちや!」
泣きながら避難する子供や何度も転びながら走る子供等を必死にあやしながら校舎へ走らせる。
だが、帰らない子供がいた。
「先生‼ 俺ここに残るよ!」
「やめんか!」
「でも、俺いつも実技テスト一番だよ‼ ちょっとなら効くかも……」
「これはテストやないんや! 遊びやないんやで! いつこの火が消えるかわからんからはよ避難せい!」
「でも」
「でもじゃない!」
リシャットが懸念していたのはこれか、と内心で苦い顔をする伊東。以前リシャットがこんな安全な場所で訓練していても結局無駄な気がする、等と話していたのを思い出したのだ。
そのときは意味がよくわからなかったのだが、今になってみればあの言葉は正しかった。子供達には危機感がない。
「早く………早く………はやく」
魔力がすさまじい勢いで減っていくのがわかる。外側から攻撃を受けているのだ。それをかき消すために火力をあげているので必然的に払う代償も大きくなる。
何度も確認するが一人その場から動かない生徒がいるのだ。リシャットもそれを理解しているので花を無理矢理維持し続けている。
「もう、これ以上は……」
すまん。そう呟きながら魔法を解除する。
花は一瞬で枯れ果て、塵になって消えていく。
炎のカーテンが、消えた。
「「「ギシャアアアア!」」」
忌ま忌ましいものが消え去り、歓声をあげる亜人戦闘機達。それを見た伊東は、
「限界やったか………!」
殆どの生徒が逃げ出したのだがここに一人とリシャットが退避できていない。リシャットはそのまま戦うとしてもこの子はなんとしてでも校舎へ連れていかなければと焦る。
「こっちくんな!」
「ば、バカっ⁉」
止めさせようとしたがもう既に男の子の手からは気弾が発射されていた。それはまっすぐに飛来し亜人戦闘機と衝突、派手に爆発する。
その精度は子供にしては上出来だった。子供にしては。
「やった!」
「アホか! はよ逃げんと………」
「でも倒したよ!」
煙が上がるのを見て興奮した面持ちでそう言う男子生徒。伊東には一目見てわかった。あれは、倒せていない。
「キシャアアアアア!」
「えっ………⁉」
とてつもないスピードで迫る魔獣に気付いた時には、もうその手は眼前にまで迫っていた。
血飛沫が空を舞い、パタパタと音をたてて地面に泥を作る。
「あっぶねぇ……危うく切られるところだった」
頬からポタポタと血を流しながらつい目の前に同級生がいるのに素で話してしまうリシャット。頬が切れてはいるがかなり浅いのですぐ治る程度のものだった。
勿論、普通なら男子生徒すら巻き込んで真っ二つだろうがリシャットの身体能力は普通を遥かに凌駕している。頬に爪が当たった瞬間にその動きの方向を予測してわざと自分から吹き飛ぶなど、そうそう一瞬で出来るような事ではない。
「………怪我は」
「お、お前………」
「無いならはやく行け。ここはもう戦場だ。後ろに人がいたらやり辛い」
かなり上から目線でそう言うリシャットに唖然とする男子生徒。彼はリシャットを苛めていた人の一人だ。
「なんで、怪我ましでして俺を……」
「死なれたら困る。それだけだ。さっさと行け。邪魔だ」
頬の傷からポタリと肩に血が垂れ、白い制服に赤黒いシミが出来ていく。それを見て舌打ちをするリシャット。
「チッ、また洗い直しだ………」
この服何回洗っただろうかと頭のなかでカウントしながらため息をつく。学校に来る回数より洗った回数の方が多いのは何故だろうか。
「おい、聞こえてるだろ。さっさと逃げろ。戦えるもんも戦えやしない」
チラ、と確認して眉を潜める。
「………腰が抜けたのか」
「そ、その、えと」
「………まぁいい。伊東。お前担げ」
「んな無茶な」
「じゃあお前が足止めするか」
「ちょい待ってっちゅうことや!」
流石にこの数はヤバイ。そうハッキリと言いきれるほどの亜人戦闘機の数だ。
「リシャットさん。これほんまにやれんのか」
「鞄さえあればいけると思う。ただ、今こっちに走ってきたときに転移魔方陣とトランプを3枚使ったからもう後トランプ6枚しかない」
「はよ言えや⁉」
急いで男子生徒を持ち上げてダッシュする。武器を片手に持っているので米俵を担ぐような体勢になってしまっているがこの際仕方がないだろう。
「死ぬなよ」
「そういうフラグたてるん止めて貰えます⁉」
校舎に走っていくのを見届けてから靴をトントンと鳴らし、関節を解す。本気を出すときの癖だ。
『っ、駄目です! これ以上の行使は命に関わります!』
「ごめんシアン。俺が死んだらお前も死ぬってのに」
『そんなことはどうでもいいんです! お願いですからご自分を大事にしてください!』
「シアン」
『………?』
「俺、もう疲れちゃった」
『………へ?』
シアンが間抜けな声を上げてしまうほど、突然の告白だった。本当にどうでもいいような話。
『お疲れなら今すぐ休みましょう!』
「そうもいかないだろ。シアン。言ってなかったけど俺もう死ぬんだって」
『言ってなかったって、マスターの記憶は私に直接流れてくる筈……』
「この前来た神様がさ、俺は運が悪けりゃもう一回本気で力使ったら死ぬんだって言ってたんだ」
運が悪けりゃもう一回で。つまり、これから数時間、或いは数十分後にリシャットはこの地に立っていないかもしれないということ。
『駄目です! 今すぐに止めさせて…………⁉ どうして………』
「ごめん。俺、お前がどうやって俺の体を使っているのかわかってたんだ。抵抗すればお前は俺の体を使えない」
シアンの声が頭のなかを駆け巡る。それが心地よくさえ感じてしまう自分はシアンがいなければ駄目なのだなと改めて理解した。
「シアン」
『マスター‼ 今すぐに――――』
「ありがとな」
プツン、と声が止む。電源が落ちたかのように一切の音が無くなった。シアンが居ない、そんな状況で自分は戦えるのか。
リシャットは口元まで垂れてきた血を舐める。鉄臭い、嗅ぎなれた臭い。以前はこの臭いの中で一人で戦っていたのだ。それを思いだし、軽く目を閉じる。
もう、隠す必要もないだろう。
目を開けると視界に入って来た髪が白銀に変わっていることがわかる。目も黒曜眼に戻っている筈だ。昔ならともかく、今は能力さえ使わなければ魔力をとられることも無くなった。
小さな指にトランプを挟み、不敵な笑みを浮かべるその姿は戦場の手品師のようでもある。
「キシャア………」
目の前の亜人戦闘機から発された言葉の意味を理解し、ニヤリと笑うリシャット。そして手を広げ、
「その名前恥ずかしいから止めてもらえるか? 銀の破壊魔って厨二臭いし、さ。俺は白亜。揮卿台白亜だ。つべこべ言ってないで掛かってこいよ」
ギラリと目の奥を妖しく光らせながら低い声でそう告げた。




