「なんやこれ接着剤でもついとんのちゃうか⁉」
「あの人が本気になっとる………」
リシャットの髪色が徐々に白銀に変わっていくのを見届けた伊東が呆然としたような声色で呟く。
「せ、先生‼」
「え? ああ、結衣さんか。どうしたん?」
「リシャット君が……あそこに!」
「大丈夫や。そんなことより皆無事やな?」
「そんなことって……リシャット君が」
「そう何度も名前連呼されんでもようわかっとる。普通の生徒があそこにおったらこんなに落ち着いてられへんわ」
肩に担いでいた男子生徒をおろしながらそう言う伊東を訝しげに睨む。
「そんな顔せえへんでもあの人は大丈夫や。俺はちょっととりにいかなあかんもんがあるんでな。ここにいてくれよ。……丁度ええ。あの人を見とき。俺が落ち着いてられる意味が判るで」
窓のそとにチラと目をやってから直ぐに走り出す伊東。全員が窓の外に目をやると小さな手が振るわれるところだった。
何もないところに適当に払うように出された手の延長線上にいた亜人戦闘機が一瞬で中心から真っ二つにずれてバラバラになりながら地面に落下していく。
「嘘………」
誰がその言葉を呟いただろうか。少なくとも一人ではない。もしかしたら全員なのかもしれない。
ただ、今の一瞬であの魔獣が数機一気に屠られたのは間違いない。
「なんなんだよ、あいつ………」
「あの人はリシャットさん。今はね」
「きゃっ⁉」
「あ、ごめんね。驚かしちゃったかな」
少し申し訳無さそうに眉を潜めた清水が籠手を手に嵌めて立っていた。
「あ、実技の先生の……」
「担当していないのによく知ってるね。清水先生って呼んでね。皆の実技担当の伊東先生とペアを組んでるの」
「ペア?」
「バディ、っていってもいいかな。普段魔獣と戦う訓練をしている時に二人一組になって練習するの」
「じゃあ今すぐ外で……」
「それはちょっとね………。リシャットさんがいたら私出番ないし、それどころか足引っ張っちゃうよ」
子供たちは皆先生達の異常なまでの評価の高さに疑問を持っていた。勿論先程の一瞬でただの子供にはみえないことをして見せたが、インチキかもしれないと思っているからだ。
特にリシャットを苛めている子供たちにはそれが顕著だった。
「でもあいついつもは足もそんな速くないしちょっと走っただけですぐ疲れるし………」
「リシャットさんは皆を巻き込まないようにって苛められてても運動が苦手なフリをしてたんだよ」
「苛められてたって―――」
「ごめんね。私達実はリシャットさんが苛められてるの知ってたの。校長先生も知ってるよ」
教師としては落第点だと自分でも思ってしまうのだがリシャットが他人を巻き込むのを酷く嫌うために口止めされると誰にも言えなくなってしまうのだ。
有無を言わさぬリシャットの迫力と当人同士の問題だという答えでしかないので今のところは見て見ぬふりをしてきていたのだが。
「じゃあなんでリシャット君助けてくれなかったんですか」
「……リシャットさんがそれを頼んできたから」
「それでも止めるのが教師の役目じゃないんですか」
「それもそうなんだけど……私達の先生はリシャットさんだから」
「………え?」
それきり口を閉じた清水。誰もその次の質問は口に出せなかった。窓の裏側の光景が、あり得ないものだったから。
「気弾が……10⁉」
二個以上出せた者は歴史上ただ一人。その人の名前が全員の脳裏に浮かぶ。
この学校に来る上で、一番最初に習うほど重要な人物。
「あの人の本名は揮卿台白亜。60年も昔に日本を救ったその人本人だよ」
まさかとは誰も言い出せなかった。その答えが目の前にあるのだから。
リシャットの周りには蒼白い気弾が10個、くるくるとリシャットを守るように浮いている。
一つ一つ意思があるようにそれらは美しく無駄がなく、曇っているにも関わらずキラキラと光る白銀の髪を照す。
油断なく周りを見渡し、指先にあるカードを構え直すリシャット。その目は本来白いはずの部分が真っ黒で右は紅く左は翠に色付いている。
白く滑らかな肌には赤い切り傷と血の流れた後がくっきりと残っているがそれすらも気にならない程の異様さを醸し出している。
美しさだけを求めた人形のようにどこかチグハグな色をしているにも関わらず、それすらも調和がとれているように見えるのだ。
「私達も本気のリシャットさんを見るのはじめてだからどうなるのか判らないけどね」
校舎が吹き飛ぶとかそんなことにならないことを願うばかりである。
一方そのころ伊東はというと。
「んのぉぉぉおお⁉」
リシャットの鞄を持ち上げられずにいた。
「なんやこれ接着剤でもついとんのちゃうか⁉」
とてつもない重さのそれに悪戦苦闘していた。勿論接着剤などついてはいない。ただ、70キロほどの重量がある。
リシャットが触れていないときや近くにいないときは悪戯をされないように滅茶苦茶重くなるように仕掛けが施してあるのだが今回はそれが不味かった。
「これ何が入っとんねん………! 人か⁉ 人なんか⁉」
誰もいない空間でそんなことを突っ込んでしまうほど苛立っていた。
「むぉおおおお」
なんとか抱え込むようにして一歩一歩進んでいった。リシャットの所まではかなりかかりそうである。
そしてリシャットはというと。
「どんどん増えてきてるのに対処のしようがないとか………面倒くさい。俺もう転移で帰りたい。疲れたし。眠いし。面倒だし」
久々に誰もいない空間に耐えかねたのか早々に帰りたいと独り言を連発していた。持ち前の無気力さが変なところで発動されたようである。
「なんでこんなことしなきゃいけないんだよ……いや、俺の自業自得なんだけど、それでも面倒なものは面倒だし」
自分で自分に突っ込むという器用な真似をしながらため息をつく。目はしっかり見開かれているので一応戦闘モードではあるようだ。
じゃあ戦えよと思われそうだが手札の少ない今は下手に攻撃を仕掛けても返り討ちにはあわないとしても確実に怪我はするだろう。
今の相手が警戒しまくっていて手を出そうとしていない状態で止まっているのが最もいい選択なのだ。
要するにただ睨みあっているだけだ。
相手はこっちの正体不明の攻撃で怯んでいるのでとりあえずこの場を武器が届くギリギリまで保たせるのがベストだ。
学校という場所がバレてしまった以上、なんとしてでも魔獣を殲滅しなければならない。
何故ならこいつらの中の一機はここに招かれて入っている。二度目からも入れてしまうのでそれは必ず始末しなければならない。だが、どの個体かわからない。
情報が漏れるのは仕方がないが結界を素通りされるのはあまりにも危険だ。
どれがここに入れるのか調べる術はあるが面倒だ。つまり、潔く全消しする方法に頼るしかない。殲滅戦だ。
こちらが負けるときはリシャットが死んだときか若しくは校舎の結界が破れたとき。あっちが負けるときは全滅。しかも今この時もそのかずを増やしている。
あり得ないほどの難易度の高さに頭を抱えたくなるが、リシャットが追い詰められるのはいつものことだ。
死にかけるのもいつものことだ。実際に何度か死んだし。
「下手に煽っても睨みあっててもいけない………っていうか早くしてくれ伊東………! これ以上間を持たせるのはキツいぞ……」
しびれを切らしてくるのも時間の問題だ。かといってもこちらには攻撃手段は殆どない。
鞄が届くまでなにもできないのだ。
だが、伊東がまだ教室から出れてすらいないということをリシャットは知らない。
伊東は間に合うのだろうか。




