「外のやつらを全部壊してくる」
睨み合いを始めてどれくらいたったのだろうか。少なくとも伊東が鞄を引き摺ってくるほどの時間はなかった。
「ギシャアアア!」
「遅すぎるだろあいつ………」
もうこれ以上は我慢の限界だとばかりに亜人戦闘機が一斉にリシャットに飛び掛かる。
「ふっ」
息が乱れぬよう呼吸を何度も意識的に繰り返しながら左手一本で体を支えて周りに寄ってきた魔獣に遠心力を加えた蹴りで吹き飛ばす。
体重がかなり軽いために自分の重力じゃうまく攻撃は入らないのだ。
「っ」
振り抜いた衝撃で割れた魔獣の外殻が足に突き刺さり、そこからじんわりと血が滲んでいる。服の上からでもわかる程に。
魔獣はそんなリシャットに容赦なく襲い掛かる。だが、リシャットもただやられる程優しくはない。左手の拳を振り抜けば、それに当たった魔獣は数メートル先まで外殻を粉砕しながら吹き飛ばされる。
腕を振り抜いた勢いで飛び上がり周囲に浮かせている気弾を魔獣が密集しているところに打ち出す。
地面に落とし穴ができているがそれはもう後で直すしかない。
空中では身動きがとれない筈だとみた一機がリシャットに自らの外殻を射出するがリシャットは空中に足場を作って難なく回避、そのまま一回転しつつ踵落としを喰らわせる。
何かが爆発したような爆音が周囲に響き、半径一メートル程のクレーターが出現する。これでもう運動場の整備は確定だ。
砂埃が舞い上がり、視界がうっすらと見え辛くなる。だが、リシャットには視界など情報のひとつでしかないのだ。
そっと目を閉じ、耳に意識を集中させる。リシャットはその能力で、まるで空から地面を見下ろしているかのようにどこに何があるのか完璧に把握することができる。
リシャットが動くのは早かった。自分の立ち位置を確認した途端に右手を地面につけ、何かしら口のなかで言葉を漏らす。
「……聞こえた」
ボソッと呟いた瞬間、鼻から血が垂れて地面に落ちる。だが、それを気にしないでリシャットは地面にほんの少しだけ魔力を注ぎ込む。
これは魔法を使う量にしては少なすぎる量だ。だが、リシャットの狙いは魔法ではない。その先の、魔核や魔晶と呼ばれるもの。この世界のコア。
「頼む、力を貸してくれ………!」
先程送った魔力はいわば呼び水。自分の魔力で魔力の通り道を作る作業。リグラートでは龍魔法とも呼ばれるものがあったのでまだ力を借りるのは難しくなかった。だが、この世界にはそもそも魔法の概念がない。
魔核への干渉が異常なほどに難しい。それに今はシアンも居ない。力を借りたとしても扱えるかどうかはわからない。
ストローを一本通しただけのような道を作り、地脈の力を吸い上げる。
「ぐっ………がぁっ!」
歯を食い縛り、痛みに堪える。力のこもった両手はその膂力によって地面に深く食い込んでおり、血管が浮き出ている。
止まってきたと思っていた頬の傷が再び開き、手の上に生暖かい感触が伝わる。
この世界に魔法の概念はない。つまり、魔核の魔力も荒削りで兎に角異常なまでに多い。リシャットがやろうとしているのは小皿でナイアガラの滝レベルの大きさの水を受け止めようとしていることに近い。
本来なら器が壊れて終わりである。
だが、リシャットも負けてはいない。滝の水を受け止めるなら空中で一気に凍らせ、重力魔法で限りなくその重さをなくしてやればいいのだ。
理屈で通じないことをやるのがリシャットなのだから。
「………よし、慣れてきた……」
暴力とも言える力の本流をねじ伏せて自分の魔力に統合していく。混ざりに混ざってもうなんの力なのか自分でも理解できていないがそれを使う為に自分の体を馴染ませていく。
馴れないことをしたために全身から汗が吹き出し、傷に滲みる。地味に痛いのを無視して荒い呼吸を整える。
目を開けてみると、砂埃の中なのに周囲がハッキリと確認できる。否、本来は見えないのだ。だが、今この瞬間はこの空間そのものがリシャットの一部ですらある。
意のままに、周囲を操れる。
手を軽く振るう。それだけで強風が吹き荒れ、小さな竜巻を作り上げる。砂埃もそれで一掃された。
「ギ、ギシャァ………」
どことなく雰囲気が変わったリシャットに首を捻る魔獣。姿形は何も変わっていないが、何かが違った。
「り、しゃっとさん! ゼェ、ゼェ、持ってきたで!」
やっと伊東が到着した。そちらに一瞬気をとられると一機がリシャットに前足を振り上げる。
完全に死角になっている場所からの攻撃だった。だが、リシャットは全く見ずにそれを半身だけずらして回避する。
まるで何事もなかったかのように伊東に向かって歩きだすリシャット。魔獣達は無視されたと声をあげてリシャットに襲い掛かるがその大半はたどり着く前に脱落し、たどり着いたとしても一切目を向けられずにその命を散らしていた。
「リシャットさん……いったい何があったん?」
「別にいいだろ。それより遅すぎ」
「これめっちゃ重いんで⁉」
「あー………男なんだから踏ん張れよ」
「今なんて言おうとしたん⁉」
重いというのを完全に忘れていたリシャットはそれをいうかどうか迷ってやめた。
結果的に全部の責任を伊東に押し付けた。
「まぁ、いい。学習室か格技場に生徒を集めろ。うちのクラスの教室でもいい。それと後職員室と校長室。なるべく多くの生徒をそこに避難させろ」
「なんでや?」
「俺が直接結界を弄ってるところだからだ。もし校舎を覆ってるところが壊れてもそこならなんとか堪えるだろう」
鞄のなかからウエストポーチを出して腰につけながら小声でそう告げるリシャット。
下手に大声で話して混乱を招きたくないからだ。
「お前さんは?」
「外のやつらを全部壊してくる」
「そこまでせえへんでも」
「しなきゃいけないんだ。忘れたか? 俺はやつらがここに来たとき、誰かが招き入れたと言った筈だ。そいつはここに通る権利を持ってる。だが、それがどれなのか見分けはつかない」
そこまで言われると反論も何もできない伊東。リシャットはフッと小さく笑って、
「大丈夫だ。俺が張った結界だぞ? 誰かが手を引かない限り破られることはない」
「そうかもしれへんけど………」
「………そんなに心配なら、仕方ない」
鞄についているライオンのストラップを取って、手の中に握りこむ。それからペンを二本と消ゴムをひとつ取り出して外に出た。
何をするのか、と覗いてみるとリシャットの体から金色の粒子が周囲に散りばめられ始める。リシャットの持ち物がその光に当てられ、少しずつ形を変えていく。
「藍、惑、静、蓮。お前ら、出番だぞ」
声をかけられた順に、目映い光を放つ。眩しさに目を瞑った伊東が目を開けるとリシャットの目の前にはライオンと豹、虎とピューマというネコ科尽くしの猛獣が全員お座りして整列していた。
『旦那! お久しぶりっす!』
しかも喋り出した。
「ああ、久しぶり。お前らにとっては70年振りくらいか?」
『そうっすね。それにしても明るくなったっすねー。昔とは大違いっす』
「そんなにか? まぁ、そうかもな」
やけにフランクな態度のピューマと軽く挨拶をするリシャット。他の面々は無言だがなんとなく嬉しそうにしているのはわかる。
「相変わらず惑たちは無言なんだな」
『人見知りっすから。それ以前に人間嫌いっすけど』
「それはもう仕方がないだろう。っと、そんなことより」
『仕事っすね? 奴等っすか?』
「いや、今回は守りに徹してくれ。外は俺が何とかする」
『了解っす』
『『『御意に』』』
「なんで毎回返事だけは揃うんだよお前ら………」
リシャットはそのまま校舎の方へ行く。ライオンたちも入ってくることに場が騒然としながらもかなり生徒達がバックすることによりそれほどの混乱にはならなかった。
「なんや凄いもん出てきおったな……」
「思ったより驚いていないな」
「まぁ、リシャットさんやしな」
近寄ってきたピューマを恐る恐る触りながら乾いた笑いを響かせる。
「こいつは蓮。………消す力がある」
「何を?」
「そのうちわかる。あっちのライオンが藍。力は………説明しづらいな、伸ばす………かな。豹が惑、虎が静。力は書く。見せてもらえば早いだろう」
何を言っているのかさっぱりわからないといった表情をしているのを見て伊東にそう告げる。
「そいつらが護衛をする。文句は?」
「これ以上にないくらいこっちが食われそうで怖いんやけど」
「こいつらの主食は人間じゃない。安心しろ」
「そらそうやろ⁉ むしろ人間食ってたらヤバイわ!」




