「気にするな。過ぎたことだ」
「で、お前らなにやってんだ」
「みぃー!」
【この猫が私の飲み水に毛を大量に入れてきたんですよ‼】
「はぁ………何馬鹿なことやってんだ」
大袈裟にため息をついて呆れたような表情をするリシャット。
【水は死活問題なんです! リシャットさんもご存知でしょう⁉】
「………魔力水くらいならまた作ってやるから、取り合えずその見苦しい言い争いをやめたらどうだ」
【チッ、命拾いしましたね。猫風情が生意気です】
「フシャー!」
変な捨て台詞を吐くライレン。ミュルもしっかり応戦する気満々のようだ。
「こいつはライレン。見ての通り人間じゃない。一応悪魔だ。そいつの足元にいるのがミュル。猫だ。………俺でも気配が探れないけど、たぶんただの猫」
「お前さんが気づけんって………猫なんか?」
「俺にも判らん」
言い争いをやめたライレンが流れるようにお辞儀をする。
【見苦しい所をお見せしました。私、リシャット・アルノルド様の使い魔をさせていただいております、ライレンと申します。以後、お見知りおきを】
先程まで猫と取っ組みあいをしていたような仕草はそこには一切ない。
「えーと、よ、よろしく………? っていうか悪魔って、お伽噺とかに出てくる?」
「そんなもんだ。こいつは自称冥王、人間がつけた名で言うとハーデスだそうだ。知ってるか?」
「そら冥王くらいはしってますわ。まさかこんな生き物がいるとは思わへんかったけんども…………」
【ククク、生き物、ですか】
にやにやと悪魔らしい笑みを浮かべるライレン。
「何がおかしいんや?」
「こいつは生き物って言うより生き霊………幽霊に近い存在だからな。生きてるってのは少し間違いだろう」
「そんなことより、なんでこんな人がいるの?」
「そこやっぱ気になるか?」
「「なるでしょ(やろ)」」
二人揃って話を聞かせろとリシャットに詰め寄る。
「んー、白亜のときの話だからな。それに面白みなんてなにもないけど、それでも聞きたいか?」
「「うん」」
「あっそ。まぁ、色々端折るが………お前らの持っている気力。それは元々こいつから取引で受け取ったものなんだ」
【最初は悪魔召喚なんてもう人間界では行われていないと思ったものですから、驚いたものです。しかもそれが15にも満たない子供だったのですから、それはもう気になって気になって】
悪魔召喚自体、リシャットはやりたくてやった話ではないのだが確かに今時そんなもの本気でやる人など早々いないだろう。
「取引って………定番の魂とか?」
「魂渡したら最悪なことになりそうだったからな。…………俺が渡したのは寿命と運気だ」
【確か、21歳から先の寿命と運気をほぼ全てでしたね】
「そうだったな。正直生きてる意味なんて無かったし、今すぐにでも死にたいとは思っていたが」
静かに、だがその澄んだ音色にハッキリと滲み出た怒りと憎しみの色を含ませた声が低く響く。
「…………やつらに復讐するまでは死ねなかったしな。無駄死にだけはしないと、そう約束したから」
「………だれと?」
「はぁ……少し長くなる。座れ」
椅子を二人の前に出し、自分はベッドに腰かける。欄丸は床にミュルを膝にのせて座り、ライレンはリシャットの手をとって真横に座っている。
そうしないと見えないからだ。
「俺の両親は魔獣に殺された。俺が丁度6歳だったか」
「ちょ、ちょっとまって⁉」
「どうした」
「6歳って………どういうことや⁉ 魔獣が見つかったんは確かあんたが死ぬ4年前やろ⁉」
「ああ、そうだろうな。誰も俺の話を信じてくれなかったし、発見が遅れるのも仕方なかったんだろうさ」
吐き捨てるような言い方に、二人が黙る。
全てを諦めたかのような目だった。
「俺の父は猟師だった。俺もそんな父に憧れていつかは父と一緒に山に行って仕事をするんだと、そう思っていた」
あの頃はたぶん良かったんだろうな、と呟く。まるで天国だったと。
「学校から帰ったら家が荒らされていた。山からは猟銃の音。これはおかしいと、俺も山に入った。山は歩き慣れていたから、音の聞こえた方に走るのは難しくなかった」
そこから先、本当に話すべきなのか少し迷ったリシャットは暫く黙った。そして、意を決したように再び話し始める。
「そこについたら、見たこともない生き物が父と母を掴んでいた。俺はまだ判断力もそう無かったし、なにより助ける力もなかった。あっさり捕まって締め上げられた」
淡々と事務連絡をするように話すリシャット。その目には、なんの感情も宿ってはいなかった。
「死ぬなって思ったら父が俺を捕まえているやつを猟銃で撃った。それでなんとか逃げ出せた。父は最期まで生きろと、逃げろとそう言った」
「………それで、どうなったんや?」
「父も母もその場で握りつぶされて殺された。俺はなんとか逃げ切ったけど、家に帰って誰もいないのに気付いたら何もする気が起きなくなった」
食欲も無くなり、それでも家を離れることだけはしなかった。
「俺は………信じてたかったのかな。多分。いつか二人が帰ってくるって、だからここで待ってるのが俺の仕事だってな」
自身を嘲るように鼻をならす。馬鹿みたいなのは俺だよな、とも言うリシャットに、誰もがそうじゃないと言ってやりたかったが、自分がそんなことを言う資格はないと口に出せずにいた。
「でも、来なかった。当たり前だよな。死んでるんだから」
「「「…………」」」
「それで、生活費もほとんどなくなって、食べ物を限界にまで減らすようになった。食べない日も、多くなっていった」
ほぼ水だけで生活していた。
「何回も倒れた。そりゃそうだよな。食ってねぇんだから。何度も施設に預けられそうになった。その度に山に逃げた。毎回、両親が死んだところに最後には着いて、そこで寝た。それの繰り返しだった」
子供が逃げ切れることが驚きだが、リシャットならあり得てしまう。
「本当に困り果てて、絵を描くことにした。物好きな人が反応して買ってくれるようになった。それでも結構ギリギリだった」
死人同然の顔色をしていた白亜を救ったのは、小さな病院だった。正確には、そこに住んでいた看護師。
「その人は、俺に居場所をくれた。病院に寝泊まりして生活した。食べ物もあったし、話し相手もいる。俺は、そこの手伝いをして暮らした」
だが、その救いの手を、リシャットは自ら払いのけた。
「久し振りに家に戻ってみたら、家がなかった。原因は放火、でもそんなことはどうでも良かった。俺からしてみれば、その家が、俺の生きる目的だったのに」
リシャットは少し目を瞑った。特に意味はないのだが、考え事をするときの癖だということは皆知っている。
「俺は、馬鹿みたいにその辺を殴った。本当、馬鹿みたいにな。全部その辺の物を壊したら、なんだか物凄く虚しくなった。だが、………実はそうでもなかった」
「…………どういうこと?」
「後で気づいたことだが。その時、俺は感情が完全に欠落した。元からほとんど無かったんだけど、それから先の記憶で楽しいだとか悲しいだとか、そんな感情がを伴った思い出が一切ない」
楽器を弾いているときだけは、全く別の事を考えることができたのでそれは続けていた。だが、逆に言えばそれしかなくなってしまった。
「そこで見つけたんだ。もう燃え尽きて炭だらけになった家の残骸から、南京錠で鍵のしてあった本を」
【悪魔召喚の本ですね。本当に何かを心の底から求めている人にのみ受け渡されるものです。リシャットさんの場合、魔獣を倒す力でしたね】
ライレンが嬉しそうに笑う。不謹慎だが、ライレンからすればリシャットに出会えた『いい思い出』の一つなのだ。
「それを持って帰って開けたらこいつが出てきたんだ。最初なにいってるのか全然わからなかったけど、力をくれると言われて、それに乗った。馬鹿みたいだけど、なんとなくこいつの言葉を信じた」
【それでリシャットさんは寿命の大半と引き換えに気力を手に入れたんですよ】
想像していたより話が滅茶苦茶重かったことに、部屋の空気が冷え込む。
「気にするな。過ぎたことだ」
そういうリシャットも、どこか悲しげだった。




