「面倒くさいぞ、お前ら」
「………早く帰った方がいい。バスの本数あんまりないからな」
【送りましょうか?】
「いや、帰れるだろ?」
ちら、と目をやると二人とも首を縦に振る。その動きは先程よりもゆっくりで少し落ち込んでいるようだった。
部屋の空気も重々しいものとなっている。
「バス停までは送ろう。今の時間だと………14分後に来るはずだ」
欄丸とミュルに家に残るように告げてから外に出る。
【いやー、なんか私のせいで雰囲気悪くなっちゃいましたかね?】
「別に。お前が言わなくてもいつか誰かには話していたし」
【そうですか】
門を出ても一言も発しない二人にリシャットは半目で、
「面倒くさいぞ、お前ら」
「め、面倒くさいって………こっちは割りと真剣に」
「別にもうどうでもいい話だ。俺は死んだ。もう何を言っても変わりはしない」
いい加減お前らが暗くなるのは止めろ、と文句を言うリシャット。誰のせいで空気が重くなったと思っている、と声を大にして言いたいが確かに自分達が落ち込むのもお門違いだと考え直す。
「…………お母さんとお父さんに、会いたい?」
「………どうだろうな。本音を言えば会いたいが………今の俺は昔とは違う。明るい皆の人気者はもうどこにもいないんだからな。会わない方がいいんだろうな、もし会えるとしても」
リシャットは、やろうと思えば時魔法で過去に行くことも可能である。それをやらないのは、自分がやって来たことをすべて否定しているような気になるからだ。
「会っても落胆されるだろう。今の俺は人間でもなんでもない。ただの化け物だ」
その言葉を聞いて、違うとは言えなかった。
リシャットは人間の粋を遥かに越えてしまっている。二人はそれを特によく知っている。
強さに犠牲が必要なのだとしたら、リシャットの場合は感情であり、あらゆることへの障害なのだろう。
胸を張ってこれが自分だと、親に言いに行く事すら出来ないのだから。
「ここでいいな? もうすぐ来るバスに乗れば終点で駅に着く。そこから先は大丈夫だな?」
「あ、ああ………」
「じゃ」
素っ気ない挨拶をしてそこから去っていくリシャット。二人にはそこにいるはずのライレンの姿は見えなかった。
ずっと思っていた。何故あの転校生………リシャットにのみ、家からの通学や最低限の授業回数などを認めるのだろうか。
特例で入ってきたどう見ても日本人ではない子供を、何故あんなにも特別扱いするのだろうか。
校長に聞いてもはぐらかされる上、担任の自分にはなんの説明もない。
受け持つときに言われたのは、
「かなり落ち着いているけど、ちゃんと子供だから」
だった。確かに受け持ってみればあまり喋らないし、本ばかり読んでいるところを見る。
だが、それくらいなら他の子供もそう大差ないのだ。
運動能力も並で、寧ろ少し体力がないくらい。その代わり、頭は子供かと首を捻りたくなるほど良い。
予習でもしているのか、どんなことでも知っている。授業など多分ほとんど聞かなくても判っている。
ただ、少し頭が良いだけの普通の子供。
リシャットの担任、東 さくらはそう考えていた。
今日もあのリシャットの事を校長に聞きに行くところである。授業に顔を出さない、こちらとしては少し問題児な子供を特例という形でここに入れている、その意味が本当に分からなかった。
校長室に近付いてみると、中から声がする。
少し気になって東はこっそり聞き耳をたてた。
「本当にありがとう―――ここまでで―――だったから」
「こちらは――――なので、早く―――だと――――ですかね」
遠すぎて全く聞こえない。ちら、と廊下側の窓から中を覗いてみる。
校長とあの問題児、リシャット・アルノルドがいた。今日は一度も姿を見ていないので東はここに来ていたことすら知らない。
授業に参加する気はないのか、と憤りを覚える東。
その瞬間、目の前の戸が開いた。
「さくら先生。どうされましたか?」
戸を開けたのはリシャットのようだ。
一瞬目を離した隙にこちらに移動して東を見つけたらしい。
「り、リシャットさん。学校に来ているのならちゃんと教室に―――」
「その事ですが………今日は用事があって。ここに来たのもその用事絡みで校長先生に報告に」
「そうなんですか、校長?」
「ああ、そうなんだ。リシャットさんにこちらから頼んだことがあってね」
これ以上ここにいると絶対に面倒なことになる、と直感したリシャットはさっさと出ようと荷物をまとめ始める。
「校長先生。提出する資料はこれでいいんですよね?」
「はい。お願いしますね」
「わかりました」
退散しようとしたリシャットを止めたのは、言わずもがな東である。
「ちょっと待って、リシャットさん!」
「はい?」
「なんで学校に来ないのか、ちゃんといまここで話してちょうだい‼」
「……………」
リシャットはなんというべきかほんの少し迷った。だが、目は瞑らなかったのでそれほど悩んではいなかったのだろう。
「私の家は執事の家系でして、私はあるお屋敷で働かせていただいているんです。そちらの仕事を優先しているのでこちらにはそう頻繁にはこられないのです」
別に執事の家系でもないし来ようと思えば頻繁に来ることも可能である。
だが、嘘ではないところがまた嫌らしいところである。
「執事⁉ そんなもの実在してるの⁉」
「はい。少なくともこの世に二人はいますよ」
一応欄丸も数に入れた。まだまだ見習い執事ではあるが、大体のことはこなせるようになってきた。料理は壊滅的だが。
なにせ、「フライパンを見てて」というと本当に見ているだけなのだ。焦げていても指摘すらしない。
「今日は授業受けていって」
「…………何故です?」
「受けるものだから」
「成る程」
リシャットが今から席をはずすのは割りと大切な用事である。今から行かないと時間が間に合わない。
「また今度で」
「そう言ってどんどん延びていくんじゃないの」
「延びませんよ。結構大事な用なので失礼します」
逃がさないように入り口に陣取っていた東の真横をまるで壁をすり抜けるようにあっさりと通過するリシャット。
「ええええ」
「では、また今度」
ペコ、とお辞儀をして去っていった。
止められなかった東はそのまま校長室に入り、校長を問いただした。
何故校長はあれを許すのか、何故特例を認めるのか、何故………疑問はつきない。
校長も校長でずっとうまい具合に躱し続けている。尊敬するほど、それがうまい。
暖簾に腕押し。まさにそんな状況だった。
チャイムが鳴ってしまったので東は仕方なく教室に戻る。そしてまた、校長のところへ行くのだ。




