【悪魔ですっ‼】
伊東の槍が斜めに降り下ろされる。恐ろしいほど手に馴染むそれはいつもなら両手で持ち上げるのが精一杯くらいの重さなのだが、身体強化の魔方陣の威力は素晴らしく、重さに慣れてしまえば片手でも扱える。
伊東の槍を高く跳躍して魔獣が避けた。そこを欄丸が手に持った半透明の鎖鎌のようなものを投擲して浅い傷をつける。
「え、マジかっ⁉」
伊東が振り抜いた槍はアスファルトに深々と突き刺さってしまった。想像以上の切れ味に焦った伊東が直ぐに引き抜くがアスファルトにはかなり大きな穴が開いている。
「こんな切れるんか………気を付けんと俺らが怪我するで」
アスファルトに突き刺さったにも関わらずサックリと切れてしまった地面を見ながら気を引き締める。
魔獣が大きく跳躍し、傷をつけられた怒りからか欄丸に飛び掛かる。
「むっ」
欄丸は焦らず、鎖を限界まで引き伸ばして盾のようにして構えた。普通の鉄の鎖でやったならば切り裂かれているだろうが、そこはメイドイン白亜である。
魔獣の爪を確りと防ぎ、鎖で絡めとる。そのまま少し小さめの鎌を振り上げるが、視界の端に棘だらけの尻尾が見えたので鎖を魔獣の足から引き抜きながら後退する。
その次の瞬間には欄丸がいた場所に魔獣の爪が通過していた。
「なかなか、たたかう、むずかしい」
「そうですね。でもなんか前より圧倒的な強さは感じない気がするわね」
「そらリシャットさんに扱かれてるからやん。あの人に敵うもんなんてどこにも居らんわ」
普段なら絶対に逃げる一択しかなかった選択肢に戦うというものが追加されたのだ。十分な進歩だ。
しかも普通に戦えているのだ。魔獣相手に。
「キシャアアアア!」
「っと、恐いなー」
一瞬魔獣の咆哮に驚くが、直ぐに武器を構え、
「ま、あの人に比べたら可愛いもんやけどな!」
大きく踏み込んで上段から降り下ろし、それが避けられたとわかると逆向きに槍を持ち替えて逆袈裟に振り上げる。
サクッと軽い音がして前足が一本吹き飛んだ。
「おっ!」
「ギシャアアアア!」
巨大な体を揺らして激しく怒りをアピールする魔獣。苦し紛れなのか憤怒からくるものなのか、少し雑な攻撃を清水に繰り出す。
「遅いね」
清水は普段、前衛として常にリシャットに襲わ―――扱かれ続けていた。
ここで絶対に目を離すな、だとかどこを狙って動きを止めさせるか、だとか。
後衛と違って一瞬一瞬、瞬きをする間の選択で運命が分かれる。
1秒もの時間もあればどうするか決めなければならない。避けるか、受けるか、流すか。
言ってみればたった三つの選択肢だが、そこからもさらにカウンターを入れるだとか、どう受け流すだとか。
それをたったの一瞬で決めなければならない。リシャットはその『時間の大切さ』を身をもって知っているので普段からどう動くのか考えさせながら訓練させている。
しかもリシャットは容赦がないのでなんとか反応できるギリギリのスピードで戦ってくるのだ。
そのリシャットに鍛え上げられた清水である。動きの速い二型ならまだしも、魔獣のタイプのなかでは相当遅い三型の動きなど、遅すぎて欠伸が出るほどの遅さだったのだ。
尻尾で攻撃してくることも考えて清水は盾で受け流すことを選択した。
カシャンと音がしてカイトシールドが現れる。
魔獣は突然目の前に現れたそれに驚き、簡単に受け流されてしまう。
「てやっ!」
受け流した直後、短剣で軽く外殻の継ぎ目を傷付ける……つもりだったのだが継ぎ目を狙ったこともあり、豆腐でも切ったかのような滑らかさを感じたと思ったらもう一方の前足が根本からスッパリ切断されていた。
これもか、と武器の性能に目を見開きながらもリシャットの訓練でいつもやるように直ぐにその場から離れる。
「ギシャアアアア!」
「ふわぁー、これヤバイね」
「ヤバイやろ?」
「うん。ヤバイ」
会話が成立していないようで成立している二人は真っ直ぐに武器を構える。その表情は今までの少しへっぴり腰で戦っていたような色は消えており、少し楽しんでいるようにすら見えた。
「ふっ」
欄丸が手の甲につけた爪で大きく外殻を抉り、鎖で固定して鎌で切り落とす。
忍者のような身のこなしであった。
「「いや、あの人何者⁉」」
そこから数分、ほぼ蹂躙劇だった。足を全て失った魔獣はまさにまな板の上の鯉である。
スパスパと切断していき、やがて魔獣も動かなくなった頃にリシャットが来た。
「ん、お疲れ。まぁまぁだな。連携も悪くはなかったし。そんなよくもなかったけど」
辛口評価だがいつものリシャットから考えると大分評価している口調である。
一応ではあるがちゃんと評価してくれていることに二人は少し安堵した。
「とりあえずそれは燃やしとこう」
リシャットがパチン、と指をならすと死骸の端が紅くなったかと思ったら一瞬で燃え尽きた。灰すらも残っていない。
「「「……………」」」
滅茶苦茶な火力である。しかもそれをやった本人は平然としている。地面のアスファルトも熔けている。
「地面焦げてますけど?」
「ああ、こうする」
再び指をならすと熔けたアスファルトも伊東が勢いで切ってしまった穴も全部元通りになった。
もう、開いた口が塞がらない。
「こんなもんか。一旦戻るぞ」
興味をなくしたように欠伸をしながら屋敷に戻っていくリシャット。全員、あの人だけは何を敵にしても怒らせないようにしよう、とそう考えた。
死体すら証拠隠滅で消滅………焼滅させられそうである。
屋敷に戻り、リシャットに槍などを返していると部屋に何かが飛び込んできた。
「フシャー!」
「…………おい。なにやってる」
ライレンがミュルを手で掴み、ミュルはライレンを引っ掻きまくっている。
「猫が浮いてる⁉」
「どうなっとんの⁉ ワイヤー⁉」
「? なに言って………ああ、お前ら見えてないのか」
リシャットが椅子から立ち上がって伊東と清水の手を掴む。
まるで両親に挟まれる子供だ。滅茶苦茶似てないが。
「突然どうしたんや」
「見てみろよ」
リシャットが顎で前を見るように促す。するとそこには猫と取っ組みあいをしている羽根を生やした男がいた。しかもよく見ると若干地面から浮いている。
それを見た二人は口を揃えて、
「「幽霊だっ⁉」」
【悪魔ですっ‼】




