「怪力女現るってネタにできそうやな………」
「近くに魔獣が来てる。俺の武器貸してやるから戦ってこい」
「はい?」
「え、冗談だよね?」
「こんな時に冗談言ってどうする」
足を組んでふんぞり返るリシャット。そこにお茶を持った欄丸がやって来た。
「む? なんだこの空気は」
「ああ、そうだ。ついでに欄丸も行ってこい」
「なんの話だ」
説明を全てすっ飛ばしてそう言うリシャット。面倒だから、という理由もあるが、実はかなり近くにまで接近されているからである。
「伊東、清水。ついてこい」
マジですかぁ、と肩を落とす二人を無理矢理自分の部屋に招き入れる。
「いや、ムリだって」
「出来る。俺だって始めて魔獣と戦ったのは15の時だ。お前ら幾つだ? 戦えるだろう」
「あんたみたいな化け物と比べんで欲しいんやけど………」
部屋に入った二人は絶句した。汚いわけではない。物で溢れかえっているわけでもない、それなりの広さのごくごく普通の部屋。
シングルベッドと机、本棚がある、ごくごく普通のレイアウト。
なのだが。
「なに、これ…………」
壁一面に紙が貼ってある。それには大量に何かが書き込まれてあり、よくよく見ると漫画などで目にする魔方陣だった。それも、とびっきり手の込んだやつ。
本棚には外国語で書かれた本がギッシリつまっており、二人が見ても背表紙の文字すら判断できない。
机の上にはコンパスやボールペンが散乱しており、書きかけの魔方陣の紙が広げられていた。
「そうだな………これでいいか」
ぐるっと周囲を見回し、数枚の紙を壁から剥がす。その紙のしたにも同じものがあり、何枚でも同じものを使えそうだ。
それだけ異常な空間のこの部屋だが、紙が貼ってあるにも関わらずスッキリした印象を持てる。
「身体強化、感覚増幅、緊急時の転移用魔方陣だ。魔力は込めておくから必要があれば使え。ああ、身体強化と感覚増幅はいまここでやっておこうか。そこに立て」
意味がわからないままに部屋の中央に連れていかれ、立たされる。リシャットは紙を二枚重ね、魔力を込めて放出させる。
突き出した手から金色の魔力が溢れだし、ポカンとしている二人を包み込む。
「え、ファッ⁉」
「何が起こったんや⁉」
自分の体を見て、異変がないか確かめる。
「これ握ってみろ。思いっきりな」
「? へっ⁉」
リシャットに投げ渡された小石を握った瞬間、パンッと弾けて床に散らばる。
「ほぅ………中々魔力の通りがいい。適性が高いみたいだな」
「え、いつの間に怪力に」
「怪力女現るってネタにできそうやな………」
驚いている二人を横目にリシャットはクローゼットを開ける。そこには普段仕事で着る制服と学校の制服、数着の私服が並んでいた。
リシャットはその奥に体を突っ込んでなにかを引っ張り出した。
かなり大きな細長い箱だった。リシャットはそれに魔力を通し、箱を開ける。
するとそこから半透明の槍のようなものが何本か出てきた。先端が少し変わっており、突くというより斬ることに特化している槍だった。
薙刀よりは刃は短く、両刃である。
「これを伊東が使え。少し重いかもしれんが身体強化を発動してるならそれなりに扱える筈だ」
持ち上げて左手で放り投げるようにして渡す。
「わ、ちょっ、重ッ⁉」
取り落としそうになるのをなんとか堪えながら両手でそれを支える。
気力で作ったリシャット特製槍なのでそうそう壊れることもなければ切れ味も相当なものである。
「清水には………これだな」
ごそごそとクローゼットの中の何かをかき分けて取り出したのは短剣と籠手だった。
「殴れっていうの?」
「いや、殴れないこともないが………こいつはちょっと違う」
リシャットがそれを腕に装着し、気力を流すと、ガシャンと音をたてて籠手があり得ない変形をし、カイトシールドに変化する。
「その質量どっから来たん⁉」
「企業秘密だ。これ使え。簡単な攻撃なら全然防げる。短剣は状況に応じて使え。欄丸………さっきの男もつける。連携は前衛清水と欄丸、中衛に伊東。無理そうだったら俺が遊撃に入る。以上」
「「いやいやいや」」
もっとちゃんと説明してくれ、と二人がブンブンと顔を横に振るが、リシャットの目が険しくなったのを見て黙った。
「………かなり近いな。行ってこい」
「行ってこいって」
「これで勝てたら少し位訓練で手を抜いてやるよ」
「「行ってきまーす」」
そんなにキツい訓練なのか、二人が声を揃えて頭を下げる。
「ん。欄丸。行けるか」
「行けるが………我だけではないのか」
「ああ。三型だから少しキツいかと思ってな。頼むぞ」
「了解した」
リシャットは転移の魔方陣を三人に持たせて送り出す。もし何かあったとき直ぐに発動するようになっているので安心だ。
本来ならばリシャットが速攻で倒せる相手なので無理をする必要もない。
「え、凄い。めっちゃ目が見える」
「ほんまやなー! 耳もいいように聞こえるわ。けんど………この人、大丈夫なん?」
「だ、大丈夫なんじゃないかな………?」
言語の違いから全くといっていいほど意思疏通が図れない欄丸をちらとみてどうするか頭を捻る二人。
感覚増幅の効果も実感できたので転移で突然目の前に飛ばされるということがなくて良かったと欄丸は安心しているのだが、二人から見れば少し違う。
「あの人、ため息ついてるよ。私たちと一緒はいやなんじゃないかな」
「せやろな………俺ら弱いし」
互いに言葉が通じないので誤解も誤解のままである。
「む。いたぞ」
「日本語喋れるんじゃん⁉」
「すこし、だけ。リシャットに、きく、した」
辿々しい変な日本語を一所懸命に話そうとする欄丸。なんとなく空気がなごんだ。
「いたって本当?」
「そこ、いる。でる」
欄丸が爪を手に嵌めながら構えた。
「くる!」
その瞬間、一気に空気が一変した。
氷のような冷たさを空気が放ち、冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。そこには、三型と呼ばれる亜人戦闘機がいた。
二型は機能性重視で小型で動きが早く、また外殻も固いというのが特徴だった。
三型は一型よりも一回り大きな体つきで、二型ほど硬くもなければ速くもない。だが、厄介なのはそのパワーと性質である。
パワーは二型の倍ほどあり、少し蹴られただけで骨が折れる。また、虫のようにありとあらゆる場所を足場に出来るので立体的な動きが非常に大きなアドバンテージになっている。
ただでさえ力が強いのにそこに重力が加わってくるのだ。リシャットも慣れない頃は少し苦戦していた。
「三型の力はかなり強いって聞いてるけど、当たらなきゃいいんだよね?」
「せやな。取り合えず避けてちまちま襲う作戦にしやんか?」
「わかった」
「了解」
遠くから見ているリシャットが欄丸に念話で通訳をする。本当に便利な人だ。




