「で? 何か言うことは?」
「で、何の用だ」
「えっと」
「そ、それは………」
二人が何を思っているのか察してため息をつきつつ中に入るよう促う。
「好奇心旺盛なのは悪いことではないが、まさかここまでついてくるとは思ってなかった。取り合えず中に入れ。茶くらいならだそう」
「あ、すみません………」
もう謝るしかない。二人はおずおずと屋敷の庭に足を踏み入れる。緊張しているようだったが周辺の景色を見て目を輝かせ始めた。
「綺麗…………!」
「そうか。もう少し時期が合えばそこの区画の花も咲いていたんだがな。先週散ってしまった」
「ここ、お手伝いさんとか庭師とかいるんか?」
「いや、全部俺が趣味でやってる」
「「…………」」
この敷地内全部? とは恐ろしくて聞けなかった。
「そ、それにしてもリシャットさんってこんな凄いとこ住んでたんやなぁ。羨ましいんやけど」
「まぁ、身の丈にあわないところに住まわせてもらってるのは自覚しているな」
「え、ここ、リシャットさんのお家じゃないんですか」
「半分正解で半分不正解だな。俺はここの管理全般と家庭教師として雇って貰っている身だ。ざっくりと言えば執事だな」
「「執事⁉」」
働いてんのかよ、とかそれ以前にこの人が他人の下につく仕事を良しとするんだ、ということに驚いた二人。
二人のなかでは余程リシャットは傲慢に見えているのだろうか。
「あ、リシャット‼ なんとかしてくれ、ミュルが………む、客か」
「いや、いい。何があった」
「ミュルとライレンが大喧嘩をしているのだ。どうしたらいい」
「は?」
かなり遠くから欄丸が全速力で走ってきた。後ろの二人は突然ロシア語で話し始めたリシャットに驚いている。
「あー………後で行く。取り合えず様子見しとけ」
「だ、大丈夫なのか」
「判らんが、ライレンも猫相手に本気出さないだろうし俺が行っても解決するような話じゃなさそうだし」
取り合えずほっとけ、と丸投げするリシャット。
『何で喧嘩してるんですか?』
「知らん。勝手に始めたのだ」
「まぁ、ほっときゃ疲れて止めるだろう。特に気にすることでも………」
バゴン、という音がして、窓ガラスが割れる音が響いた。
「っ、まさか」
視線を上にすると窓ガラスの破片が鋭利な刃物のように木を傷つけながら雨のように落下してくる。
「チッ、欄丸、思いっきり走れ」
反応しきれていない清水と伊東の上に注意を向けながら欄丸にそう言うと、条件反射で欄丸が近くから離れる。
「ふっ」
リシャットは空に飛び上がり、手のひらのなかに隠すように持っているトランプを数十枚、一気に放る。
カカカッと小気味よい音をたてながら硬質化したトランプがガラスの破片を高速で弾いた。
「「え?」」
「全く………反応すらできないとか恥ずかしいぞ」
地面にサクサクと落下したガラスの破片やトランプを見て唖然とする二人。
「いま、え?」
「降ってくるガラスの内、刺さりそうだったやつのみを壊した。全部に対処してたらカードが無くなる」
一回使ったら壊れるしな、と地面に深々と突き刺さったトランプを指差す。破れているものやくしゃくしゃになっているものもあれば摩擦で焦げているものもある。
そんなボロボロになってしまったカードごとガラスの破片を燃やし尽くしたリシャットは何事もなかったかのように屋敷に入っていく。
「なんか、リシャットさんが滅茶苦茶強い意味がここでわかった気がする………」
「それに関しては同意するしかないな………こんなことが日常で起こってたらそら強くなるわ」
リシャットの後ろについていく二人。欄丸にお茶を用意するように言ってから取り合えず客室に通すリシャット。
「で? 何か言うことは?」
「「すいませんっしたー!」」
土下座する二人に呆れた目を向ける。
「………俺がなるべく住所を明かしていないのは俺の家じゃないからって理由だ。それ以上もそれ以下もない」
「複雑な家庭だったんやな……ん? 親御さんは?」
「親なんて最初から居ない。それに似た立場の人はいたが………俺が自分から家を出た。正直俺のいざこざに巻き込みたくなかったんでな」
嬉々として一緒に戦ってくれそうなのが逆に怖いのだ。
「……それと俺が普段どうやって体を鍛えてるのか知りたいんだろう?」
「え? 教えてくれるの?」
「教えるのは構わんが……特別なことはなにもしていない。腕立てふせやランニングくらいだぞ」
「腕立てふせ? 片手使えないのに?」
「こうやるから問題ない」
徐に立ち上がって左手一本で逆立ちをし、体を上下させる。
「ああ、こりゃ鍛わるな……」
最早遠い目をしている二人。やってることは普通でもそれの難易度が半端ではない。
「それと………夜中にたまに魔獣を退治してるくらいか」
「夜中に退治してる⁉」
「たまにな。今晩も行くつもりだ。ここがバレないよう、出没場所はちゃんと計算して割り出している」
ここ周辺、ではなくそれなりに遠いところでも出向くのだ。
世界中どこだろうと一秒あれば辿り着くリシャットの機動力があるからこそ出来る芸当である。
「やつらの行動範囲が一向に変わらないだけでなく数も増えている。気性も荒い。抑えるのは結構大変なんだけどな」
愚痴を漏らす。愚痴というより独り言に近い言い方だった。
「というわけだ。なにか質問は?」
「いや、ないです………」
「そうか。じゃあ―――?」
「? どうしたん?」
「いる」
「え」
「いや、来てる。不味いな………偶然みたいだが俺が出ていくにも………カードも予備があまりないし」
目線をあちこちにやって考えを巡らせるリシャットの目が、目の前の二人に止まった。
暫く無言で両者が見つめ合う。
「「「……………」」」
リシャットがなにか納得したような表情になり、一言。
「お前ら、魔獣一機くらい倒せるよな?」
「「は?」」
二人にとってはある意味自分の力を知る抜き打ちテストが始まった。
かなり無理矢理に、強制的に。




