「最初からか………」
「体重移動が遅すぎる。そんなに力入れて走るとバテるぞ」
ペチ、と額を軽く叩いて指摘する。かなり息があがっている様子を見て、
「一先ずは良いだろう。15分休憩だ」
パチリと手に持っていた扇子を閉じてそう言い放つとリシャットを除く全員が床に座り込む。
「あー、づかれだぁ…………」
「もうダメ動けない」
ぐったりと寝転がって深呼吸を繰り返す。リシャットはそれを横目で見ながら鞄からとりだしたノートに何かを書いていく。
その手や顔には一滴の汗もついていない。相変わらずの化け物ぶりである。
「何書いてるの?」
「ただの戦力分析だ。一応毎日つけてる」
「おおー………? 読めん」
「あー………気分で言語変えてるからな」
「……………」
ページによって全然違う文字が綴られている。こんな面倒なことをするのに特に理由はない。
強いて言うなら暇だから。
「で、それはどうなの?」
「んー…………まあ、旧式を一機くらいなら倒せないことはないって感じか」
「え、まじ?」
「俺の計算ではそうなってる。多分全員が本気で挑めば旧式の一機や二機はなんとかなるんじゃないか?」
専門職の人でも5人グループで一機倒すのがやっとというのが平均的な強さである。そう考えると相当なものだ。
「そんなに強くなってたんだ?」
「こんだけやってりゃ嫌でも強くなるさ。まだまだだけどな」
リシャットはいったいどこまで強くするつもりなのか。
「どうでもいい話だが………今、気力を教えているのは中等部からなんだよな?」
「え? ああ、そうだけど?」
「…………もう少し早めた方がいいかもしれない」
「どういうこと?」
「休憩の後で話す。今は水分補給でもしていろ」
そう言ってすぐその場から離れてしまった。首をかしげながらリシャットの言葉の意味を理解しようと試みるものの、余計に意味がわからなくなったのはいつものことである。
短くて長い休憩が終わり、リシャットが全員を床に座らせた。
「………実技教科を初等部にも設けるべきだと思うんだが、どうだ」
「「「え⁉」」」
突然の提案に全員がピッタリとハモった驚きの声を漏らす。
「いや、なんで」
「………ここ最近、魔獣の動きが活発になってきている。正確には数が極端に増えている」
「それってつまり、子供たちにも戦わせろと?」
「違う。そんなことは出来ればさせたくない。戦うやつらの能力の底上げをしたいと言っているだけだ」
「ああ、成る程な。子供の頃から戦ってればそれなりに強くなるんやないかって期待してるんやろ?」
それに無言で頷くリシャット。
扇子を手で弄びながら、
「今、魔獣を倒すために数人でグループを作ってやってるらしいが、一人一機対応できるくらいにまで育てばその分余裕ができるだろうしな」
「でも、それは警察のほうから禁じられてて」
「俺が直接許可を取りに行く。俺としても本当ならそんなことしてやらない方がいいんだと思ってはいるんだがな」
ため息を吐きながら目を伏せて、
「最近、魔獣の動きがやけに目立つようになってきた。数が異常なまでに増えている。俺が対処するにも限界があるし、なにより時間がない」
「時間?」
「俺は今、全盛期に比べて酷く弱体化している。能力なんて昔の10%にも届かないし、体も成長しきってないせいか身体能力も低い。戦力をあげれるうちにあげておきたいんだ」
それで弱体化してんの? と全員思ったが、雰囲気からして本当のことらしいと察し、なにか恐ろしいものを見るような目でリシャットを見始めた。
その視線に気付いているのかいないのか、リシャットは首の骨をポキポキとならしながらため息をひとつつく。
「俺もいつ動けなくなるか判らないからな」
取って付けたような言葉だったが、それは全員に衝撃を与える力を持っていた。
「動けなくなるってどういうこと⁉」
「ああ、例え話だ。気にするな」
「いや、気にするやろ、これは………」
なんでもないことのように言うリシャットだが内容的にはとんでもないことである。
「まぁ、俺ができることはそんなに多くない。精々こんな風に指導するくらいだ。今の話は頭の片隅にでも置いておけ。校長には許可を貰っている」
話は終わりだ、とでもいうかのように立ちあがり扇子を広げる。
「さぁ、始めるぞ」
かなりマイペースなリシャットだった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの、これ⁉」
「大丈夫やって、多分」
「やっぱり確証はないんじゃない」
「ないに決まってるやろ。あ、そこ入るで」
リシャットを二つの大きな影が追っていた。
リシャットが直接教えている実技の教師の二人、清水と伊東である。
「絶対ばれたら怒られるよぉ………」
「バレなきゃ大丈夫やって。ほら、見失うで?」
この二人、リシャットがいつも何をやっているのか、何故あんなにも強いのかを知りたくて尾行中である。
「だってリシャットさんの住所、個人情報だからって教えてもらえてないんやで? 教師でも見れんってよっぽどやろ」
「だからって尾行はダメだと思うんだけど」
「ええやんか」
ノリで押しきろうとする伊東に頭を抱える清水。二人ともちゃんとリシャットの乗っている電車に乗車してしまっている。
これバレたら筋トレ増やされるんだろうなと肩を落とす清水。雰囲気は完全にお通夜だ。
その隣に超ハイテンションな男がいるので余計にそう見えてしまう。
リシャットが乗り継ぐ電車を同じタイミングで人混みに紛れながら乗ったり降りたりを繰り返す。
「結構遠いんやな」
「だね。毎日こんな遠くまで来てるんだ………」
バスに乗り換え、今日で一体どれくらい電車賃がとられただろうかと思うほど乗り換えまくっている。
「お、ついたみたいやで…………まじか」
「ぅわぁ…………お金持ち」
ドーン、とその存在を主張するように巨大な屋敷が一軒。しかもそこに平然と入っていくリシャット。
二人が唖然としているとその視界からいつのまにか尾行対象が消えた。
「? リシャットさんは?」
「え、さっきまでそこに………」
「………………お前らどこまでついてきてんだよ」
「「ピギャアアアアア⁉」」
真後ろに突然現れたリシャットに絶叫する二人。
「い、いつから」
「? 学校出たときから」
「最初からか………」
それでも一応尾行させてあげるところ、リシャットらしい。




