「大丈夫なら、いい」
『マスター。無理はしないように。明日に響かない程度ですと新しく作ったあれも三時間が限度です』
『三時間………十分だ』
ある場所に転移したリシャット達はその場所から悠然と下を見下ろす。
『り、リシャット‼ 高い‼』
『落ち着け』
尻尾を股の間に仕舞い込みブルブルと震える欄丸。
「それじゃあ………やるか」
目元に何故か包帯を巻き、自分で目隠しをしてしまう。
【なんで隠すんです?】
『こうしないと無意識に魔眼使って魔力を消費してしまうんですよ。物理的に塞いだ方が魔力節約に繋がるんです』
無言のリシャットに代わってシアンが説明してくれる。
「………身体強化、極」
これは元々足りない体の大きさの分を気力で無理矢理支えをつくって一時的に体を急成長させる身体強化だった。
そのコストを最小限にまで抑え、更に様々な動きの補助をしてくれる身体強化方法を編み出したのである。
シアンの添削や付与効果もプラスされ、低コスト高パフォーマンスが期待できるものとなったのだ。
「よし………こんなもんか」
手袋を嵌めつつ、体の動きを確認するリシャット。今までぶかぶかに見えたそのコートやマフラーはぴったりサイズである。
靴を履き替え、準備万端だ。
髪色も隠す必要はないので一見派手だが強い主張はしていない白銀の髪が夜風に吹かれてサラサラと上下する。
身体強化の影響か、髪も腰辺りまで伸びていた。前髪は伸びていないので特に気にする必要もないだろう。
こうして、長い銀髪に黒いコート、白いマフラーで口元を、包帯で目を覆ったどう見ても中二病を患っている人が完成した。
だが残念ながらそれを指摘するものは今ここにはいない。
『なんだか………大分変わったな』
『………よくわからない』
リシャットとしては元々これくらいだったので寧ろこちらの方が体に馴染む。
「………いた。欄丸。乗せて」
『わ、わかった』
欄丸も成長したのでかなり大きい。人一人は跨がれるほどだ。
「行くぞ」
「ウォン!」
欄丸はリシャットを背に乗せて走り出した。
「何こいつ………!?」
リシャットが転移した頃、街は騒然としていた。
何故なら、見たこともない亜人戦闘機が突如出没したからである。
今までのタイプより全体的に細く、鋭い鱗のようなもので覆われている。
それに、目の数が異常だ。計10個の赤い目が爛々と輝いて死角などないとでも言いたげな様子である。
都心部に近いということもあり、亜人戦闘機対策部隊はかなり早い内に到着していたのだが………
「くっ、固い」
「気弾が通じない………!」
苦戦していた。どう見ても劣勢である。
亜人戦闘機の方が圧倒的に動きが早く、全体的に細く固いので攻撃が当たらない上に通じない。
頼りの気弾でさえ何故か当たる直前で発散して消えてしまう。
「っ!」
まるで亜人戦闘機の方は人間たちを見て嘲笑うかのように喜んでいる。
新しいタイプの亜人戦闘機には今のところ全く攻撃手段が通じなかったのだ。
「キシャアアアアア!」
愉快そうに亜人戦闘機が雄叫びをあげる。まるで自分はここにいるぞ、と誇示しているようだった。
それもそのはず、白亜が昔戦った魔獣王もそうだったが魔獣達は基本バトルジャンキーである。自分を倒せる相手を待ち望むようなやつらなのだ。
自分を倒せる相手を見つけるまで、ひたすらに遊ぼうとするのだ。
たとえ、力のない者でも等しく襲いかかる。
魔獣の方もある理由があって人を襲っているのだがそれを成すためには強い者が必要なのだ。
近くにいた女性に鋭い爪を振りかぶる。この場を混乱させ、より強い者をこの場に集めるために。
だが、その魔獣はある意味でそれを成功させ、大きな失敗を犯す。確かに強い者は来た。が、その者のレベルが半端ではなかったのだ。
「………………」
突然女性と魔獣の間に割り込んできたのは不思議な雰囲気を纏った人間だった。素手で爪を止めている。否、その手の中には一枚のトランプが握られていた。
だが、それは誰も気づかない。それもこの人の策の内だ。
その者の後ろにはかなり大きな灰色の犬がいた。その犬は突然女性に近寄り、服を優しく咥えて後退するように促す。人間のような動作だ。
「………………怪我、は?」
マフラーで隠れた口元から男とも女ともとれない声が聞こえる。
「グルゥ…………」
女性が返答に困っていると犬が唸った。その声を聞くと小さくその者が頷く。言葉がわかっているような反応だ。
「大丈夫なら、いい」
その瞬間をハッキリと目に捉えたものは少ないだろう。白銀の髪が一瞬揺れたと思ったら目の前の魔獣が吹き飛んだのだから。それも、恐ろしいスピードである。
「ん………もうちょっと強い方が良かったかな……」
誰に聞かせる気もないその声はマフラーで遮られて自分にしか届かない。否、自分の中にいるもう一人の存在にのみ、語りかけたのだ。
小さくないダメージを負った魔獣はふらつきつつ立ち上がる。腕が一本取れていたが気合いで立ち直り、自分を昂らせるように雄叫びをあげる。
「…………80、いや、83…………もう一度計算し直すか……」
ぶつぶつと呟きながら手を握ったり開いたりを繰り返す。
「96………98。まぁ、いいだろう」
この数字の意味を知るものは殆どいない。本人とその中の者だけである。
「キシャアアアアア!」
車を超える位の物凄い早さで突っ込んでくる魔獣を一度だけチラと見て小さくため息をつく。
目元は包帯で覆われているので見えていないのだが、完璧に物の位置を把握しているリシャットにはそんなもの些細なことでしかない。
目などなくても戦えるのだから。
「部分的に………よし、決めた」
小さく呟いてトントン、と爪先で地面をつつく。その場から突然消えた。
「キシャア⁉」
「……………………遅」
真下に回り込んだリシャットが魔獣を蹴りあげる。その直後、花火のようにうち上がり、気弾でも傷ひとつつけられなかった外殻がボロボロになって砕け散る。
その場は、足を振り上げたまま静止するリシャットの独壇場だった。ゆっくりと足を下ろすと地面につくと同時に空から衝撃でバラバラになった魔獣が墜落してきた。破片の雨が降り注ぐ。
「………………」
誰も声を発することが出来なかった。この銀髪の男に圧倒され、誰一人と動くことが出来なかった。
「……………………収穫はあったか」
最早残骸といえる魔獣を一瞥し悠然とその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待て!」
「……………」
呼び止められたので一応止まる。
「詳しく話を聞かせてもらうぞ」
「……………断らせてもらう。………帰る」
くい、と指先を動かすとあの巨大な犬が女性の近くから離れてリシャットの元へ歩いていく。
「…………大丈夫?」
「え、ええ………」
「なら、よかった…………」
一言そうかけて欄丸に跨がり、その場を離れた。欄丸は追いかけてくるものを全て振り切り、ある路地へ入る。その瞬間、淡い光を一瞬だけ残して消え去った。
リシャットが途中で呟いていた数字ですが、相手の強度を計算し、爆散させない程度に1発入れる事が出来るか、という割合の数字でした。




