「っていうかこれ旦那様に何て説明しよう………」
「ばれてないよな?」
「それは心配ないと思う。俺の電波妨害が効いてるはずだし、認識阻害魔法もかけたからな」
欄丸は眠い目を擦りながら大あくびをする。
欄丸とリシャットは粗方の魔獣を殺り終え、すぐに帰ってきた。この家の二人にもバレていない。
「まさか襲われてる人がいるとはな………咄嗟に出たけど、愚策だったかもな」
亜人戦闘機対策部隊が居るので大丈夫かと思い最初は放置していたのだがあまりにも不甲斐ないのと犠牲者が出そうだったのでかなりの危険を承知であの中に飛び込んだ。
「あんなに人がいるとは思ってなかったけど……」
助けるつもりはなかったのだが偶々遭遇してしまったからには助けずにはいられないお人好しである。
そのお陰でそれまで必死に監視カメラに映らないように倒したり人のいない場所に誘導したりしていた意味がなくなってしまった。
「俺だってバレないと思うけど怖いものは怖いんだよな」
『私は忠告しましたからね?』
「そうだな…………」
シアンは絶対に出るべきでないと言っていたのだが。リシャットは当然のごとく助けにいってしまったのである。
「魔力もお陰でなくなっちゃったし、暫くは本業をしっかりしますか………」
グッと伸びをして反省会を終える。今の時間は美織もその父の大地も学校と仕事でいないので実質自由時間である。
「とりあえず庭仕事でもするか………」
「ミー」
「ミュル? …………もうこんな時間だったか。呼びに来てくれたのか」
「ミー」
集中するとのめり込んでしまう性格なので呼ばないと気づかない人である。
「よっと」
左手に荷物を全部持って、入り口を開いたままのウエストポーチの中にミュルを入れて歩き出す。
(右手使いたいな………)
使ったら即行で悪化するのでそんなことはできないのだが。
「もとの大きさに戻りたいな……」
「ミャ?」
ついポロッと独り言を溢したリシャットにミュルが不思議そうな目を向ける。
「いや、なんでもない。昼飯どうするかなー」
肩に荷物を担ぎ直して倉庫に向かった。
「…………………」
倉庫の扉を開けて絶句した。
「猫が住み着いてやがる………いつの間に…………」
総勢13匹の親猫と子猫が非常用の毛布の上で寛いでいた。
(シアン。ライレン)
『不明です。ミュルと同じく、感知出来ません』
【私も気づきませんでした】
悪魔と能力の感知から逃れる事が出来るなどほぼ不可能である。リシャットでも無理だ。
ハクアの時なら出来たかもしれないが今は無理である。魔法を重ねに重ね、気配を消すことのみに集中して動けばあるいは可能かもしれないが、今の体では魔力量も持久力も足りない。
この猫たちはそれをあっさりと掻い潜ってきた。
もしこの世界で誰かと一騎討ちで戦うことになった場合、勝てる可能性があるのはこの猫たちだけなのかもしれない。
攻撃面に難ありだが。
「っていうかこれ旦那様に何て説明しよう………」
猫まみれになりながら頭をフル回転させる。
元々動物に好かれる体質なので警戒心の強い動物が寄ってくることも珍しくはないので妙に慣れている。
「ミー」
「ミャー」
「ニャー」
猫たちの鳴き声が非常に煩いがそんなことも気にならないくらいに考え事に集中するリシャット。
その顔面に一匹の猫が張り付いた。
「……………ミュル。息がし難いから止めてくれ」
「ミー」
ミュルを剥がして地面に置く。
「あれ? ミュルどれだ?」
子猫まみれになっている内に飼い猫がその猫たちに同化した。どこにいるのかわからない。
恐らく自分の目の前にいるのだろうがどれがどれだかわからなくなってしまった。
個々が似すぎなのとリシャットが人の顔覚えるのが苦手だからである。
覚えようと思ったら一瞬で覚えられるほど記憶力はいいのだが残念ながら覚えようという気にならないので。
「ミュルー」
「「「ミー」」」
「……………」
もう面倒になったリシャットはあることを思い付く。
「あ。これこのまま放置しておけば俺が面倒見ることも無くなるかも」
思い付いた、というより、思考放棄だが。
リシャットはそのままくるっと回れ右をして立ち去ろうとしたが足に一匹の猫がしがみつく。
「ミー!」
「冗談だって」
必死にリシャットの体をよじ登るミュルに苦笑しながら倉庫を出る。
(なぁ、これミュルだよな?)
『はい。ミュルです』
【ミュルですね】
一瞬間違えたかと心配になったのはミュルには秘密である。
野良猫のすみかになってしまった倉庫だがあの後で屋敷の持ち主である大地に相談した結果、そのままにすることになった。
大地曰く、「家無しは可哀想じゃないか」ということらしい。
猫にも甘い男だった。
定期的にリシャットが餌をやることになってしまったのは仕方がないことなのだろう。きっと。
「これ見てネットでね、大騒ぎになってるんだけど」
「………なんでしょうか、これ」
学校から帰ってきた美織がおやつ(マンゴーアイス)を食べながらリシャットに携帯端末を見せてきた。
そこには誰でも書き込みが可能な掲示板サイト。話題欄に大きく見出しがあった。
【なになに……『突如出没した魔獣殺し⁉』ですって。クスクス】
『あーあ』
(認識阻害が微妙な形で働いちゃったか………)
掲示板サイトにはコメントが大量に書き込まれていた。その数、6万。同じ人が何度も書き込めるとはいえ、たった数時間でこの有り様である。
「学校で皆が話してるの」
「そうですか………。物好きですね」
「? リシャットは興味ないの? 一番気にすると思ったのに」
「興味………はあまりないですね。もし会えたら手合わせでも願いたいですが」
「死んじゃうよ………?」
なにせ相手は自分なのでどうとでも言えるリシャットである。
記事には、『夜中に突然現れ、新型の魔獣を瞬殺した人がいるという目撃情報が多数あり、その正体を暴くため―――』という言葉から始り、『もし思い当たる人がいればここに自由に書くこと』と書いてあった。
目撃情報は男なのか女なのかさえ不安定で犬をつれていたというものや眼鏡をかけていたというものまで様々。
誰かが意図的に嘘をついて情報を流しているようにしか見えないのだが、これがリシャットの認識阻害魔法の効果である。
この魔法はかけた対象の印象を限りなく薄くして別の情報を混ぜさせる効果がある。
なので今回の場合、誰かに助けてもらったけど顔も声も体格もハッキリと思い出せない、といった感じになるのだ。
正確に言えばその辺にいそうな男が人混みで一瞬すれ違ったとしてその人のことを訊ねられても顔がはっきり思い出せないような感じである。
なので魔法にかかっている人達は術中に填まっていることを最後まで気付けないある意味では恐ろしい魔法なのだ。
「お嬢様はどう思われますか?」
「そうね………。ここに載ってる中だったらイケメンで長髪で犬に乗ってるってのがいいと思うわ!」
「……………」
当たりすぎてて怖い。しかも美織は大量にある目撃情報の中からそれを選択してきたのだ。
コメントしている人は全員別の人である。勘がいいのか、最悪の場合見られたか。
「何故それを?」
「え? 一番無さそうじゃない?」
「ああ、成る程………面白さを取ったわけですか」
特に理由もなかったようで一安心である。
「それではお勉強を始めましょうか」
「えー」
「明日のおやつ抜きます」
「今からやるわ」
最近、美織の扱いが上手くなってきたリシャットである。




