「飛び降りたのよね?」
「ん………呼ばれてるな」
欄丸の怪我を治し終え、暫くその場で荷物の整理をしていると外から美織が呼ぶ声が聞こえたので窓から飛び降りる。
数人の子供と美織が木の下にいた。
「お嬢様、どうされましたか?」
「「「ワァアアアアア⁉」」」
美織以外の全員が大絶叫した。
「どこから⁉」
「部屋からですが………?」
「でも玄関見てたけど開いてなかった」
「ええ。部屋から来ましたので」
? という顔をリシャット含め全員がする。
「裏口から来たの?」
「いえ。部屋から直接」
「部屋に外に繋がる扉があるの?」
「ないですよ? そもそも二階ですし」
美織だけはリシャットの異常な行動をよく見ているのでどう来たのかわかっているのだが他の人が理解できていない。
そしてリシャットも何に皆が驚いているのか理解できていない。リシャットからしたら二階から飛び降りるのは当たり前のことなのだ。
「え、じゃあどうやって来たの?」
「あそこからですが?」
二階の窓を指差す。
「梯子でも下ろしたの?」
「いえ、普通に」
ここで美織を除く子供達全員の思考が一致する。
この人何言ってるんだ? と。
「飛び降りたのよね?」
「はい」
当然でしょ? みたいな顔をしたリシャットと美織に唖然とする子供達。
「壁を蹴って勢いを殺せばそう早い速度で落ちるわけでもないですよ?」
「「「そうなんだー」」」
子供だからなのか少し説明したら理解してくれたようだ。
「ですが危ないですので皆さんはやってはいけませんよ」
「なんでー?」
「危ないですから。親御さんの許可を貰って、その場に私がいればやっても構いませんけど」
まず了承する親御さんはどこにもいないだろう。
「それで、どうされましたか?」
「あそこに猫ちゃんがいるの」
近くの女の子が教えてくれる。リシャットは顔をあげると三階程の高さのある木のてっぺんに猫がいるのが見えた。
「迷い込んできちゃったんでしょうか」
「お願い。助けてあげて」
「ええ。かしこまりました」
高い木だが枝は細く上るには適さない。脚立も届かないだろう。だが、幸い屋敷の壁が近い。
窓もないので最適だろう。
「皆さんはこれ、絶対に真似しないでくださいね」
一応そう言ってから邪魔になるものをとことん外す。服の間に色んなものを仕込んでいるのでそれなりに重くなるのだ。もし枝に乗ることになっても折れないようにという配慮である。
シアンの計算でもリシャットが全ての持ち物をはずしてギリギリ折れるか折れないかくらいだと出たので念には念を押すべきと判断したからだ。
だが、枝に乗った衝撃でおれる可能性もあるので滅茶苦茶危険である。リシャットではなく、猫が。
リシャットは最悪高度数千メートルから落とされても自分でなんとかできるのでこれぐらい問題ないだろう。
「リシャット………それ、ずっと服のなかに入れてるの?」
「はい。何かあったときのための備えは万端です」
備え過ぎている気もするがそこはリシャットである。石橋を叩きまくって進むタイプなので抜かりがない。
コキコキ、と首や肩を回して解し、唯一腰に小さなウエストポーチを装着して走り出す。
トン、と軽く地面を蹴り、木の幹を足場にして壁に向かってさらに飛ぶ。
そこから一回転して方向転換をし、壁を蹴りあげて一番太い枝に軽く手をかけ、枝が折れない最小限の動力で一気にてっぺんまで懸垂要領で飛び上がる。
逆立ち腕立て伏せを毎日やっているからこそできる芸当だ。
「ほら、おいで」
木にしがみ付いている猫を空中で、しかも片手で難なく剥がしてウエストポーチに優しく入れる。そのままチャックを閉め、壁を一度蹴ってから猫に負担をかけないように注意しながら音もなく地面に降り立つ。
幸運だったのはここにいる全員が子供だったことだ。
大人がいたら説明しろと言い募られているだろう。
「「「……………」」」
空中でいくつものことを同時にやったり、数メートルの場所から音もなく飛び降りたりたった数回のジャンプで木の頂上に着けるほどあり得ないことが起こったのでこれには美織すら唖然としている。
リシャットはウエストポーチのチャックを開け、子猫の無事を確認しているので少し満足気だ。
無表情にしか見えないが。
「ミャーン」
あれほど固まっていた空気も子猫の手によって癒しの空間へと生まれ変わる。
「かわいいー」
「ふわふわ」
リシャットは子供達に一旦猫を渡し、外していた物を再び服のなかにしまい始める。
小さい懐中時計、携帯食などの防災グッズの中にひとつ場違いなものがあった。
「そうだ、リシャット。なんでトランプなんか持ってるの?」
「そうですね………秘密です」
小さく笑って誤魔化す。
その少し照れたような反応に何人か女の子が落ちたがそれに気づく人ではない。
「では、私はこれで」
くるっと玄関に戻ろうと歩を進める。
「ミー! ミー!」
猫が騒ぎ始めた。
「?」
リシャットが戻ると静かになってリシャットに飛び付く。
「懐かれました………。この場合、どうしたら宜しいでしょうか」
「さぁ………?」
猫はリシャットの腕のなかで大人しくしている。よほど気に入ったらしい。
『そういえばマスターは動物に好かれやすいのでしたね』
(何故かな………)
すり寄ってくる猫をどうしようかといろいろ考えを巡らせる。
「取り合えずどこから来たのか調べないと………」
「調べるの?」
「行く!」
独り言に子供達が反応してしまった。
「いえ、お嬢様方は………」
「行く。いいでしょ? リシャットも居るもの」
「しかし………」
「いいでしょ?」
「はい………仰せのままに………」
もうこのままでは埒が明かないと判断し渋々認める。
「ですが、何かあったら即帰っていただきますよ」
「わかった!」
「うん!」
皆良い返事である。
「取り合えず迷い猫が一致するか調べてみましょう」
そう言って端末を用意するリシャット。ここの管理をするに当たっていろいろと必要になってくるので自分の給与で買ったのだ。
「この子近いんじゃない?」
「いや、ここ茶色いよ」
全員で小さい端末を額をつつけあって見たところ、この猫の情報は無いようだった。
「野良かなぁ………」
「でもそれにしては綺麗だよ」
灰色の綺麗な毛並である。リシャットと同じく青い目をしている。
「んー………」
リシャットは考えていた。
(そもそもなんで俺はこの猫がここの敷地内にいることに気付かなかったんだ? …………年かな)
『その年齢でお年ならば若いとはなんでしょうね』
(シアンは気付いたか?)
『いえ。ですので私も驚いております』
後に聞くとライレンも同様だったようだ。
「そもそもお前………どうやってあそこまで上ったんだ? あの途中までの枝は細すぎてお前でも落ちるだろうし、運良く一番上に到達したとしても風に煽られてその内落下するものじゃないのか?」
猫に向かって聞いてみる。
「ミー」
「……………?」
何をいってるのか、判らない。
(あれ? 俺、耳がおかしくなったのかな………この猫が何いってるか判らない)
『私も判断できません』
普通なら判らない筈なのだがリシャットにはそれがわかるので逆に不安なのだろう。
動物の声を聞き分けれなくなったのか、そう思っていたがそこら辺にいる蝶からは何いってるのか判別できたのでこの猫が特殊なのだろう。
「お前……何者だ?」




