「皆探検しないの?」
リシャットは取り合えず客人がいるので庭に生えている花や木の手入れをする。
その頃食堂では皆がタルトを食べ終わり暇をしていたので屋敷を散策しようという話になっていた。
「じゃあ早速行こうぜ!」
「あ、ちょっと待って。リシャットに確認しないと」
「なんで?」
「この家のことを一番知ってるのは多分リシャットだし」
実際その通りなのだが元から住んでいる人たちより詳しいのはどうなのか。
「リシャットー。ちょっと来てー」
「もっと大声で呼ばなきゃダメじゃない? さっき外にいるの見えたし流石に聞こえないでしょ」
それは勿論リシャットの耳に届いている。美織に呼ばれたのでそのまま外から食堂の方にいく。勿論中に入るのは不自然なので窓越しだが。
「どうされましたか、お嬢様」
「「「わっ⁉」」」
窓から突然声が聞こえ、美織以外全員が驚きの声をあげる。
「? 呼ばれましたよね?」
「ええ。ちょっとこの家の中適当に動いてもいい?」
「構いませんよ。ただし、キッチンと庭の倉庫は刃物があるのでそこは入らないでください」
平然とそういうやり取りをする二人。
普通に考えてこの短時間で来れる筈がない距離から来ているだけでなく特に大声を上げたわけでもないのにすぐに現れた。
逆に言えば、いままでの会話はリシャットに筒抜けだったのだ。
「どうされました?」
口を開けたまま固まる人達を見て首をかしげるリシャット。
「いや、なんでもないです………」
「? そうですか。何かあったら私をお呼びください。では失礼します」
完璧なお辞儀をして音もなく去っていくリシャット。正直怪しすぎる。
「皆探検しないの?」
一人妙に浮いていた。
「んー、もう少し切っておくか………」
自分の腕よりも太い巨大な鋏を軽々と片手で持ち上げて邪魔になる枝を切っていく。脚立の上でかなりアクロバティックな動きを見せながら驚異的なバランス感覚で次々と枝が落ちていく。
適当に切っているように見えるが、実はシアンと周囲の木の声を直接聞いてどこを切るかちゃんと考えながら切っていっている。
「ん…………よし」
自分の背丈さえ越える脚立から飛び降りて鋏の先端にカバーをかける。
リシャットは問題なく運べるだろうが、もし誰かとぶつかったとき怪我をする可能性があるので毎回カバーをかける癖がついたのだ。欄丸が怪我しかけたので。
片手しか使えないのでどうしても何かあったときコンマ一秒だろうが判断が遅れる。それが危険だとよく知っているからだ。
「さてと、次は………?」
脚立も鋏も左手で担いで歩こうとしたその時、遠くから向かってくる足音がしたので振り返る。
すると、先程リシャットに話しかけてきた男性………美織の担任の教師がこちらに向かってくるのが見えたので物を一旦置いてお辞儀をする。
「えっと………君、これをやったの?」
「はい。素人なので邪魔な所を切っただけですが」
木を見上げて感心したような言い方で話し掛けてきた。
「それにしてはかなり綺麗だね。筋がいいよ」
「そうでしょうか? ありがとうございます。私には良し悪しが判りませんので」
軍手を取る。だが片手が使えないので汚れていない部分を軽く噛んで引っ張るようにしていつものように取る。片手が使えないと本当に不便だ。
「君………左利きなのかと思ったけどそうじゃないんだね?」
「はい。元々右利きですし。こっちの腕を怪我してから使えなくなってしまいまして」
ちら、と肩を見せるとかなりグロい傷痕がハッキリと見えた。
「なんかごめんね……」
「いえ。もう慣れましたし軽い物も少し位なら持てないこともないので」
そう一言言って脚立を担ぎ直す。すると何故か突然ピタリと動きを止め、屋敷の方に目をやる。
「どうしたんだい?」
「………いえ。失礼します」
そのままお辞儀をして去っていく。すると屋敷の一室から何かが盛大に割れる音がした。
「!? あの、なんか凄い音しましたけど!?」
「はい。私の親戚が皿を落としただけですので特に問題はないかと」
そんな音がしたのに平然と立ち去ろうとするリシャットに声をかけたが何が起こったのか完璧に把握しているリシャットは特に問題ないと言い張る。
「え? どういうこと?」
勿論この男性には判らない。
「私、少しばかり耳が良くて。この屋敷内なら大抵の音は聞こえます」
「聞こえるって………じゃあさっき突然窓の外にいたのも」
「ええ。声が聞こえたので赴いたまでです」
その声が聞こえる範囲が尋常ではないのだ。唖然とする男性に一礼してその場を去る。
「なんなんだあの子は……」
盗聴器の可能性を考えたのは当然かもしれない。リシャットの場合は完全に素だが。
「ん………こんなもんか」
『お疲れ様です』
【リシャットさーん、聞いてくださいよ】
(なんだ突然。欄丸の近くに行ってやれよ)
【子供達が部屋に入って来ちゃったんですよ】
(だな)
【知ってたんですか】
だって声聞こえたし、と欠伸をしながら退屈そうに話す。
【それで欄丸さんが驚いて棚の皿を落としちゃって】
(それで?)
【拾うときに指先を怪我しました】
「そのまま拾うとかアホかあいつは………」
つい声が出てしまった。しかも言葉遣いは地である。
誰もいないから問題はないが。
(それで、どうなってる?)
【取り合えず私が処理しました。怪我も一先ず止血と圧迫を】
(そうか)
リシャットはその後部屋に帰って驚愕する。
「おい………どんな怪我だよ」
「おとしたのをひろったらけがしたのだ………」
なんで割れた皿を素手で持とうとしたのか不明だが左手が包帯でグルグル巻きになっていた。
「いや、どうやって持ったんだよ」
「こう」
「それは怪我するだろ………」
見事に握ったらしい。馬鹿だ。いや、狼なので判断ができなかったのかもしれない。
「見せてみろ」
包帯を取ると再び血が滲んできた。掌が見事に切り刻まれている。
「この怪我を見られたのは?」
「ライレンだけだ」
「じゃあいいか。動かすなよ」
部屋の隅から鉢に入っている小さなサボテンを持ってくる。
『…………何故それを選んだんですか』
「いや、なんとなく」
そう言って躊躇いもなく欄丸の手に刺を突き刺す。
「ギャアアアアアア!?!?!?!?」
「ほら、動かすなって。行くぞ」
ワサワサとサボテンが動き始めた。
「!?」
驚いている欄丸を他所にサボテンはまるで動物のように動き回る。リシャットが何かを小さな声で呟くと突き刺さっている刺の周辺の傷を中心に徐々に怪我が治っていく。
巻き戻しているように完璧に傷が治ってしまった。最後まで刺の痛みはあったが。
「はい。できた。もう皿の破片を素手で触るなよ。軍手を使って握らないように新聞紙にくるんで中身が出ないようにしてから俺に渡せ」
「わかった」
この傷を癒す魔法、欄丸は知らないのだが別に植物ならなんでも良かったのだ。わざわざサボテンを使ったのは嫌がらせなのかそれとももう皿を素手で触らせないようにするためのトラウマの植え付けだったのか。
リシャットにすらわからない。
単に近くにあったから使っただけなのだ。恐ろしすぎる。




