「いくらになるか知ってたの?」
リシャットは真新しい服に袖を通しながら欄丸に声をかける。
「買い物行くけどどうする?」
「いく!」
「そうか。じゃあ支度しておいてくれ。施錠してくる」
リシャットは鞄の中に財布が入っているのを確認してから屋敷中の鍵を閉める。広いので一苦労だ。
「欄丸ー、行くぞー」
ちゃんと正装のリシャットとは違い、欄丸の格好は実にラフである。単にこの短時間で服を着るのは自分では難しいと判断したためである。
鍵を無くさないように首にかけて服の中に隠す。鞄の中でもいいのだがリシャットの場合、リシャット本人が身に付けるのが一番安全な保管方法なのだ。
「どこにいく?」
「すぐそこのスーパー。後石鹸とか買いにいくから………」
欄丸にどこにいくかを事細かに説明しつつ歩いていく。歩幅が違うので欄丸の方が少し前に出てしまう筈なのだがリシャットは普通に歩いているのにむしろ欄丸の方が遅れる。
そんなこんなでリシャットが時々欄丸を待つために止まりつつ近所のスーパーマーケットに入った。
自動ドアが開くと野菜や果物特有の匂いと共に暖かい空気が外に流れ出てくる。
「あったかい」
「さっさと入るぞ」
欄丸を引っ張りながら中へ入り、籠をとろうとした。が、籠は高く積み上がっており、リシャットが届かないところにある。
「? なにをやっている?」
「もうちょい…………」
ジャンプしたりしたら下手すると間違って数メートル跳んでしまう危険もあるので手を伸ばすしかない。
どれだけ手を伸ばしても届かない場所にあるのだが。
「これか?」
「うっ………じゃあもうお前それもって歩け」
【八つ当たりですか】
「魔法が使えないと不便なんだよ」
リシャットはライレンを軽くにらんでから品定めに入る。ついでに夕飯の分なども買いに来たので一見おやつに関係ないものも欄丸の籠に放り込んでいく。
「これがいいのではないか」
「それはちょっと古い。こっちの方が新しい」
「わかるのか?」
「ああ。まぁな」
声を聞くだけで鮮度も丸わかりである。
『マスター。ニンジンが安いですよ』
「んー、そうか?」
『今の時期にしては安いです。大体の相場が―――』
段々シアンが相場を調べるだけの存在になってきた。リシャットは大抵のことは一人でやってしまうし、魔法が使えないので解析も必要ない。要するに暇だ。
『後、そこの蒟蒻は現在の相場から50円ほど安く―――』
『あ、そのオレンジは少し高いですね。大体―――』
もう、いろいろ聞きすぎて訳がわからなくなってきた。
「ま、まぁ、とりあえず落ち着け」
『それもそうですね』
リシャットが止めるまでノンブレスで話し続けていた。シアンにブレスなんて必要ないが。
その後も色々と欄丸の籠に食品やら日用品やらをポンポンと放り込み、欄丸の手が痺れてきた頃にやっとレジに向かった。
欄丸の手は鬱血しかけていた。
「お手伝いかな? えらいねー」
中身はお手伝いという年でもないので笑顔を浮かべるだけでなにも言わなかった。
千円札を数枚と小銭を幾つか掌で数えてさっさと小銭入れに入れる。
まだ値段もわからないのに気が早いな、と店員は苦笑していたが全ての商品を反対側の籠に移したとき、その金額を見て驚く。
「いくらになるか知ってたの?」
「ええ、まぁ」
籠に入れるときに全部計算したし、となんでもないことのようにいうリシャットに欄丸が、
「きさま、ほんとうはあたまがいいのか?」
「なんだその質問。それはどうだろうな。頭の要領がいいのと頭がいいのはまた別なんじゃないのか?」
欄丸はリシャットにそういわれたが何をいっているのかよくわからなかった。元々ただの狼である。
「え? 何語⁉」
「あ、お気になさらず」
突然欄丸とロシア語で話し始めたリシャットに驚く店員に少し苦笑しながらレシートを受け取って軽々と片手で大量の商品の入った籠をもって歩いていった。
「欄丸ー。どうだ?」
「なかなかちからがいるぞ、これ………」
「そういうもんだ。頑張れ」
リシャットは欄丸に生地を捏ねさせながらタルトの上にのせる苺を用意しつつもう一品オレンジムースを作っていく。
途中で面倒になったのか欄丸以外誰も見ていないことを確認してから空中にボウルを浮かして全自動で生クリームを泡立て始めた。
「ずるい」
「人間はずるい生き物なんだよ。お前の方はどうだ?」
「これでいいか?」
「んー、もうちょい」
左手一本でキッチンを縦横無尽に動き回るリシャットに欄丸もなにも言えず、リシャットがいいと言うまで生地を捏ねた。
「ん。いいぞ」
「もううでがつかれた……」
「ありがとう。もう休んでいいぞ俺はもう少しやるから」
生クリームをムースの上に絞りながらそう言う。
片手でやっているので上の部分から本当なら出てしまうところだがそこは魔法で押さえている。
本当に便利なものである。
生クリームを絞り終え、冷蔵庫にいれてからオーブンでタルトを焼く。タルトとは言っても小さめのホールケーキ位の大きさのやつだ。
「ここ、調理器具が充実してるからやり易いよな」
「そうなのか?」
「お前は料理しないからわかんないか……」
焼き上がったタルトを取りだし組八等分する。適当に切っているようにしか見えないのだが大きさはぴったり八つ分である。
「旨そうだな………」
「お前そういう言葉だけは上手くなったよな……。一個はお前の分だから食べていいぞ」
ラップに一皿、皿と一緒にくるんで冷蔵庫にそれもいれる。旦那様へ、と書いた紙をいれるのも忘れない。
すると、ピンポーン、という小気味よい音が屋敷中に響き渡る。
「お、いらっしゃったか」
「む?」
「お前は自分の分もって部屋に帰ってろ。何かあったらライレンに言え」
「わかった」
切り分けたタルトを素早く料理を置く台に乗せて玄関に向かう。
「あ、リシャット」
「お嬢様。もうタルトは出来ておりますがいかがなされますか?」
「じゃあ食べるから食堂に運んで」
「かしこまりました」
玄関に入りきれていない人達を見ながら小さくお辞儀をして早速タルトを取りに行く。
「っと、いい感じに冷えてるな」
冷蔵庫で冷やしていたムースとなにがいいのかわからなかったのでとりあえずオレンジジュースやコーヒー、ハーブティーなどを適当に用意して食堂に持っていく。
少し騒がしい食堂の扉を軽くノックし、中に入る。一番近い席に大人が二人と、奥に行くにつれてズラッと子供がならんで座っている。
子供たちは屋敷の大きさに驚いているようでキョロキョロしながら頬を赤らめて隣の子と話していたりした。
リシャットが中に入ると一瞬で静かになる。
「遅かったわね?」
「少々準備に手間取ってしまいまして。ご要望の品と………取り合えず飲み物を持って参りました」
先程一瞬見ただけではリシャットの年齢がわからなかったのだろう。ここにいる子供たちとほぼ同じくらいの年にしか見えないリシャットが働いていることに大人二人は驚いているようだ。
「じゃあ私オレンジティーがいい」
「かしこまりました」
ちら、とリシャットの持ってきた飲み物を見てその中にあったオレンジティーをカップに注ぐ。
「皆様にお配りしますね」
一応美織に確認をとってから全員の前にタルトとムースをおいていく。
「お飲み物は如何いたしますか?」
一人ずつ聞いていくので効率が悪そうだがリシャットの動きが速いので思っていたより早く配りおえる。
「えっと、君、ここで働いてるの?」
「はい。勿論、私の家族もここで働いております」
「た、大変だね………」
「いえ。ここで働かせていただくのもとても楽しいですし」
コーヒーを大人二人のカップに注ぎながら笑顔で対応する。もうこういうのが癖になっているのかもしれない。
「こちらにおいておきますので、お好きなものをお飲みください。では失礼致します」
美織以外が唖然とするなか、平然とお辞儀をして去っていった。




