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灰色の獏  作者: 丸虫52
2/7

(2)

どうも自分は話の長さが読み切れないようです。二回ぐらいで終わるつもりだったのに、長くなりそうです。

 普通、夢は見たいと思って見られる訳ではないけれど、私にとって〝霧の夢〟は結構見る頻度が高い。だからあわよくば――そう考えていた私の期待をものの見事に裏切って〝霧の夢〟はなかなか見ることができなかった。それでも私は毎晩〝霧の夢〟を見れるように祈ってからベッドの中に入った。

 ようやく見たのは二週間後だった。しかも――――!


          ◆◆◆


 私は呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 二週間ぶりに見た〝霧の夢〟。ちゃんと〝光の珠〟も出てきた。ただ、その数が……。

 今までは大抵一つずつ私の側を通り過ぎて行った。多くても二つ、平行して飛んでいくか航跡がクロスしているか、とにかく動いていた。ところが今回は、あたり一面を覆い尽くさんばかりの〝光の珠〟、しかもふよふよと漂っているだけ。ほとんど動かない。何なんだ、これは?

 どのくらい呆けていたのか、それでも私はようやく本来の目的を思い出した。

 そうだ、私はこの〝光の珠〟の正体を探ろうとしてるんだ。

 恐る恐る手を伸ばす。夢の中でも自分の思う通りに行動できるかどうか、不安ではあったが、ちゃんと動けそうだ。よし! 私は、行動を開始した。

 ところが、私が手を伸ばすとその分だけ〝光の珠〟は私から離れた。こちらに近寄ってこない。磁石の同極同士が反発するように退いていく。私が一歩踏み出せば、その分だけ後退する。まるで私の周りにバリアーでも張ってあるみたいだ。

 結局、私は、一晩中漂っている〝光の珠〟を捕まえようと走り回る羽目になった。


          ◆◆◆


 ――体が重い。腕がだるい。足が攣っているような気がする。

 翌朝、私は今までにないほどの疲労感を抱えて学校へ向かっていた。

 どうして眠ったはずなのにこんなに疲れるのか、もしかして今現実だと思っているほうが夢なんじゃないんだろうか?

「おっはよ! 花生里かおり

 能天気な舞子まいこの声がした。

「…………」

 ――そう言えば、無責任にも『〝光の珠〟を捕まえたら』と唆したのはコイツだった――そんな思いが顔に出たのか、私の顔を見て舞子が握りこぶしを口元に当て言った。

「いやあん、怖い顔」

 ――――疲労感が倍増した…………。


「じゃあ、正体はわからなかったの?」

 何とか午前中の授業をやり過ごした昼休み、私と舞子は食事もそこそこに中庭の木陰に座っていた。私は半分以上眠っていたが、それでも舞子の質問には何とか返事を返していた。

「……触れないのに、わかる訳ないじゃん……」

「そりゃそうだけど……。熱いとか、冷たいとかぐらいもわからないの?」

「……今まで側を通り過ぎる限りじゃ何にも、感じなかった……」

「うーん……。夢の中で暑い寒いを感じるっていうのもあんまり聞かないか……って花生里! 何、寝てるのよ! ちゃんと考えなさいよ!」

「…………だって、……すごく、……ねむい――――」

 私は凭れかかっている木からずり落ちそうになりながら言った。

「もう! しようがないなあ」

 呆れた声で舞子が言って、それでも私に膝を貸してくれた。私はそのまま夢のない眠りの世界へ落ちていった。


 それからも、〝霧の夢〟を見る度に私は〝光の珠〟に触れようとしたが、まったく触れる事は出来なかった。まるで私の睡眠は〝霧の夢〟を見るためにあるようだっだ。目的と手段が逆になっているような気もしたが、私は〝霧の夢〟を見る事に、そしてどうやって〝光の球〟を捕まえるかに頭を悩ませていた。

 そして転機は、突然やってきた。


          ◆◆◆


 相変わらず視界一面覆うほどに大小様々な〝光の珠〟が漂っているのに、私から一定の距離を保っていて、近づいてもこなければ遠ざかりもしない。

 ――なぜだろう?

 私は〝光の珠〟と不毛な鬼ごっこをしながら考えた。今までと何が違うのだろう?

 今までは触れないまでもすぐ側を通って行った。動いていたものが全く動かずに、かと言って私の動き合わせて一定の距離保っているという事は、その場に固定されている訳でもない。動かなくなったのは、私が触ろう決心してからだ。触ろうとしなければ、以前のように動くのだろうか?

 試しに手を後ろで組んで、どんなに側へ来ても決して触らないと決心すると、ザワザワと〝光の珠〟が動き出した。

 ゆっくりと、揺れる様に動いていた〝光の珠〟が、一つずつ消える様に視界からいなくなっていった。でもそれは消えた訳ではなく、私の耳元に風圧と風を切る音を残して物凄い高速で私の後ろへ動いていったのだ。

 〝光の珠〟が向かった方を振り向くと、まるで何かに吸い込まれるように一点目がけて集まっていた。それに気を取られていると、急に背中強く押されたような感じがして、私はよろけてその場に尻もちをついた。それはそれまで私の周りにあった〝光の球〟が、一斉に動き出したからだった。

 〝光の球〟はすべて集まると、今度は一斉に茫然としている私に向かってきた。

 ――ぶつかるっ!

 私は咄嗟に目を閉じて顔を伏せると、腕を顔の前で交差した。


          ◆◆◆


 唐突に目が覚めた。

 心臓がすごい勢いで動いているのがわかる。

 汗ぐっしょりで、物凄く喉が渇いている。

 私はベッドの中で瞬きしながら、ゆっくりと深呼吸した。

「……怖かった」

 私は思わず呟いた。まさか〝光の球〟が集団で向かってくるなんて、思いもしなかった。今までになかった事だ。

 私は天井を見ながら、考えた。

 今まで時々現れていた〝光の球〟が、触ろうとした途端取り囲むように現れた。一定の距離を置いていて触る事が出来なかったのに、触るのを止めると決心するとマシンガンのように向かってくる――いったいどうなっているんだろう? 触ってほしいのか、触ってほしくないのか、どっちなんだろう?


 それから眠れなかった私は、翌朝舞子に会うとすぐに昨夜の夢の事を話した。

「反撃……」

 舞子も驚いたようだった。そしてしばらく考え込んでいたと思ったら、

「もしかすると、〝光の球〟に嫌われてるんじゃないのかなぁ……」

「嫌うって、なんで? 私、何にもしてないよ!」

 私は思わず大声を出した。こっちに嫌われる原因があるなら仕方ないけれど、何もしてないのに嫌われるなんて理不尽だ。私にとって自分が気付かないうちに集団から切り離されて、いわれのない攻撃を受けた小学校の時のいじめはかなりトラウマだ。なのにそれを知っている舞子が、何でもないようにサラリと、

「だからじゃない」

 と言ったら、怒りがわいてきてもしょうがないと思う。

「どういう事よ」

 顔つきも声も凶悪になってる自覚はあったけど、私は舞子に詰め寄った。返答次第によっちゃ舞子と言えども許さない――そんな意気込みだった。

 ところが舞子は何でもないような顔で、逆に私に訊いてきた。

「じゃあ、花生里はなんで〝光の球〟を捕まえようとしてるの?」

「何でって、舞子が捕まえてみろって言ったんじゃない。何か別の展開があるかもしれないって! 忘れたの?」

「そうよ、捕まえてみろって言ったのは私よ」

「だったら何で今更――」

「いーい、花生里」

 舞子は私の言葉を遮った。

「捕まえろって言ったのは、確かに私よ。私は〝光の球〟がどんなものか、とっても興味があった。でも私は花生里の夢には入れないから、花生里に取ってみたらって勧めた。でもそれは私の考えだし、私の気持ちなの。花生里の考えじゃない。わかる?」

「……うん」

 なんとなく、舞子の言いたい事がわかってきた。

「じゃあ、花生里の気持ちは? 私が言ったからじゃなくて、花生里はどうしたいの?」

 自分の考えで行動していないから、〝光の球〟に嫌われるのだ――舞子はそう言いたいのだ。そう言えば、最初に〝霧の夢〟を見た日から、私はいつでも舞子の意見を尊重している。それは多少罪悪感があったのかもしれないが、その方が楽だと思っていたからなのではないだろうか。

「私は――」

 ――私はどうしたのだろう?

 改めて考えて見た。

 確かに〝霧の夢〟を見ると疲れるけれど、見なくなればいいと考えた事はない。それはあの夢のおかげで私はいじめから抜け出す事ができたし、自分以外の人達の心を思いやる事に気がつく事ができた。でもそれだけじゃない。あの夢の中にいると、安心するのだ。何かに包み込まれているみたいで、ほっとできるのだ。そして〝光の球〟はあの夢を構成する一部だと思う。だったら……。

「あのままにしておきたい」

 私は舞子に向かって、

「〝霧の夢〟は私がみたいと思って見たわけじゃない。でも見たくないなんて思った事は一度もない。その夢の中に出てきた〝光の球〟ならきっと何か理由というか役目があると思う。今わからなくても、そのうちきっとわかると思う。だからそれまで、あのままにしておこうと思う」

 宣言するように言うと、舞子はにっこり笑った。

「私も本当はそう思ってたんだ」

「じゃあ、なんで捕まえろなんて……」

「花生里ってば、いつも私の言う通りにするじゃない? それって私の顔色気にしているようでイヤだったの。ちょっとは自分で考えて行動してほしいなぁ、って思ってたの」

 舞子はあっけらかんとした顔でそう言った。やっぱり気付いていたんだ――私は申し訳ない思いでいっぱいだった。

「花生里の夢に出てきた物だからきっと花生里に必要なものだと思うけど、どんなにしても触れないならきっと今はまだその時じゃないんだと思う。気長に待とう?」 

「うん」

 私は舞子の言葉に自分の意思で頷いた。

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