第3話:火種と暴走
村の防護柵の補修と、それに隣接する畑の共同作業が始まったある日のこと。
作業場には刺すような緊張感が漂っていた。
「おい、そこの土はもっと慎重に掘り起こせ! 根を傷つけたら今年の作物が全滅するんだぞ!」
畑の管理を一手に引き受けている農夫のエレンさんが、声を荒らげる。昔ながらの地道な手作業と慎重さを重んじるエレンさんにとって、大雑把な作業は許しがたいものだった。
対して、持っていたシャベルを地面に放り投げるようにして鼻で笑ったのは、新参グループのガワンさんだった。
「ちまちま小粒な文句ばかり並べやがって。そんなことしてる間に、生体兵器がこっちの隙を突いてきたらどうするんだよ。防護柵の外なんて、先制して焼き払っちまうのが一番確実な防衛だろ」
「無茶を言うな! 火や魔術で刺激してみろ、かえって危険を引き寄せる原因になるって何度言ったら分かるんだ!」
ベテランのバルトさんが腕を組み、ガワンさんを鋭い目つきで睨みつける。開拓初期の事故で仲間を失っているバルトさんにとって、ガワンさんの粗暴な提案は決して受け入れられないものだった。
「これだから古いルールにしがみつく連中は話にならねぇ」
ガワンさんは挑発するように肩をすくめ、活性魔術で鍛え上げた身体の筋肉を微かに波打たせた。
噛み合わない怒号が飛び交う作業場の片隅で、わたしはふと不安に駆られてゼフの横顔を見た。
ゼフの眉間には深いシワが刻まれ、その拳は血が出そうなほどに固く握りしめられている。
ここまで思い詰めたお兄ちゃんの顔は、今まで見たことが無かった。
その時だった。
丸太を組み上げて作られた村の防護柵のすぐ向こう、鬱蒼と生い茂る密林の草むらが、ガサリと大きく揺れた。
「……っ! 何か来るぞ!」
作業をしていた大人たちが一斉に身を構え、場に激しい緊張が走る。
だが、大人たちが警戒態勢を整え切るより早く、隣にいたゼフの身体からふわりと強い風が巻き起こった。
「おれが片付けてやる!」
ゼフの叫びが響く。
「待て、ゼフ! 出るな!」
「行っちゃだめ!」
後ろから響いたお父さんの制止の声も、わたしの叫びも、ゼフの耳には届いていなかった。活性魔術によって身体能力を跳ね上げたゼフは、風を纏った圧倒的な速度で防護柵のわずかな隙間を抜け、密林の縁へと飛び出していってしまったのだ。
「馬鹿野郎、ガキが勝手な真似を……!」
バルトさんの怒声が飛ぶ。
ゼフは疾走する勢いのまま風の渦を放ち、草むらに潜んでいた小型の生体兵器を見事に追い払ってみせた。
自分の力を誇示できたという歓喜に、ゼフが顔を輝かせる。だが、功名心に駆られて放たれた風魔術の勢いはあまりに強すぎた。
ゼフが巻き起こした激しい風の余波が突風となって吹き荒れ、防護柵を越えて、すぐ隣にあった畑へと叩きつけられたのだ。
バリバリと音を立てて、芽吹き始めたばかりの繊細な作物の苗床が煽られ、根こそぎ吹き飛ばされていく。エレンさんが何ヶ月もかけて泥にまみれながら丹精込めて育ててきた若木たちが、無残に荒れ果て、地面に散らばった。
「……てめぇ、何をしてやがる!!」
エレンさんの血の叫びのような絶叫が、畑に響き渡った。
生体兵器を追い払って誇らしげに振り返ったゼフだったが、無惨に荒れ果てた畑の光景を目にした瞬間、その顔から一気に血の気が引いていった。
「あ……おれ、そんなつもりじゃ……」
ガワンさんは薄笑いを浮かべ、面白がるように口角を吊り上げた。
「おいおい、これくらいで大騒ぎするなよ、農夫さんよ。生体兵器を追い払おうとした勇気ある行動より、たかがちっぽけな苗床の方が大事なのかよ?」
「何がたかがだ、ふざけんな この作物が村の命綱なんだよ、ガキの暴走と一緒にすんじゃねぇ!」
エレンさんが怒りに震えながら言い返す。すると、ガワンさんはさらに冷ややかな笑みを深めて追撃した。
「ほう? ならもっとちゃんと世話してやれよ。ガキ一人の手綱すら握れずにこの有様なら世話はねえな。やっぱり古い連中じゃ村を守るどころか足手まといだぜ」
小馬鹿にしたような物言いと、途中からバルトさんに向いた眼差し。ガワンさんの言う「古い連中」が誰を指しているのかは明白だ。
「ふざけんな、後発の連中が勝手な口ばかり叩きやがって……! 最初の事故の恐怖も知らねぇで、いい加減にしろ!!」
挑発と知りながらも我慢の限界を超えたのか、バルトさんが手にしたツルハシを地面に叩きつけ、ガワンさんの胸倉を掴みにかかる。
「あぁ? やるのかオッサン、その古臭い頭を叩き割ってやろうか!」
ガワンさんも活性魔術で筋肉を硬化させ、拳を振り上げた。
一瞬にして、村の大人たちが二手に分かれ、激しい怒号と罵声が飛び交う修羅場へと変貌する。
お父さんやルリさんが必死に間に割って入ろうとするが、高ぶった男たちの感情の波は、もはや誰にも止められないところまで暴走していた。
目の前で激化していく大人たちの争いを前に、わたしは立ち尽くすことしかできなかった。
ゼフが焦ってしまったのは、わたしが村の役に立ち始めていたからだ。早くわたしを守れるくらい強い一人前の男になりたいというお兄ちゃんの焦りが、村に燻っていた対立の火種に最悪の形で油を注いでしまったのだ。
このままでは、村が本当に壊れてしまう。
冷たい恐怖に胸を締め付けられながら、わたしは荒れ果てた畑の真ん中で立ちすくむお兄ちゃんと、周囲の狂乱を見つめていた。




