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第2話:変化と焦燥

 お父さんとルリさんが間に入ったことで、広場での決定的な衝突はひとまず避けられた。けれど、村全体を覆う不穏で重苦しい空気は、少しも晴れていなかった。

 古参と新参のあいだに走る亀裂は、日々の生活のすみずみにまで冷たい影を落としている。

 そんな息の詰まるような日常の中で、わたしとゼフの新しい日々が始まっていた。


「エルミちゃん、ちょっといいかな?」


 朝の澄んだ空気の中、村の広場近くにある給水設備の前で佇んでいたわたしに、声をかけてくれたのはルリさんだった。

 大きな工具箱を足元に置き、汗を拭いながら微笑むルリさんは、いつだって優しく頼もしいお姉さんだ。


「おはようございます、ルリさん。道具の点検ですか?」

「ええ。王都から持ち帰った新しいパーツを取り付けたところなの。……ねえ、さっそくなんだけど、エルミちゃんの『生活魔術』の力を貸してもらえないかしら? パイプの接合部の細かな水漏れを塞いでほしいの」

「はい! わたしでよければ、よろこんで!」


 わたしは胸の前で小さく呼吸を整え、魂のスロットに宿した生活魔術のコードを意識した。

 指先からぽっと温かな光が灯り、壊れかけた金属の継ぎ目を包み込んでいく。微細な亀裂がふさがり、ポタリと落ちていた水滴がピタリと止まった。


「すごいわ、エルミちゃん! ぴったり塞がった。やっぱり生活魔術はこういう時に便利ね」


 ルリさんは冶金魔術を扱えるから、やろうと思えば同じことができたはずだ。わたしがそう言うと、


「確かにできるけどね。でもこういう細かくて何となくで直せる小さな修理は生活魔術の方が適しているのよ。ありがとう、助かったわ」


 そう言いながら、ルリさんがわたしの頭を優しく撫でてくれる。


「ううん、お役に立てて嬉しいです」


 誇らしさと嬉しさで、胸の奥がじんわりと温かくなった。



 わたしが選んだ「生活魔術」と「植物魔術」は、戦闘の役には立たない地味な力だ。

 けれど、村の水場を修理したり、畑の土壌を整えたりする作業において、わたしの力は少しずつ大人たちに重宝されるようになっていった。

 勿論、村には他にも植物魔術の使い手はいるけれど、十歳の子供でもひとつ手が増えるだけで大分違うみたいだった。


「エルミちゃん、今日もありがとよ。おかげで水汲みがずいぶん楽になった」

「芽吹きが良くなったよ、助かるねえ」


 作業の合間、すれ違う村の人たちがわたしに小さく声をかけてくれる。古参の人も、新参の人も、生活に直結するわたしの魔術には素直に感謝の言葉を口にしてくれた。

 少しずつだけど、自分もこの村の一員として役に立っているんだという実感が、わたしの中に根を張り始めていた。


 ……けれど。

 わたしが村の仕事になじんでいくのとは対照的に、お兄ちゃんの表情は日を追うごとに暗く、険しくなっていた。


「……くそっ! なんでおれが、こんな事ばかりやらなきゃいけないんだよ!」


 夕方、村の木工所で薪割りをしていたゼフが、苛立ちをぶつけるように斧を豪快に振り下ろした。乾いた金属音が響き、丸太が真っ二つに割れて飛んでいく。

 わたしは、遠くからその様子を心配そうに見守っていた。


 ゼフが選んだ魔術系統は、「風魔術」と「活性魔術」。

 どちらも戦闘向けの、戦士としては速さに優れるオーソドックスな選択だ。ゼフ自身、「早くこの力で密林の脅威から村を守ったり、防衛の最前線で暴れまわって一人前だと認めさせたい」と強く意気込んでいた。

 けれど、古参のリーダーであるバルトさんは、そんなゼフに防護柵の外での作業や戦闘訓練を一切許さなかった。

『十歳になったばかりのガキが調子に乗るな。活性で身体能力が上がろうが、風で少し足が速くなろうが、密林の生態系を知らん奴は一瞬で食い殺される。お前がやるべきは、体幹を鍛える薪割りと基礎の体力作りだ』

 バルトさんはそう一蹴し、ゼフに命じたのは毎日ひたすら地味な体力仕事と筋トレばかりだった。


「ゼフ……」


 わたしが声をかけると、ゼフは汗ばんだ顔を上げて、悔しそうに拳を握りしめた。


「エルミ……お前はいいよな。もう村のみんなから『助かった』とか『すごいね』とか言われてさ……。ルリ姉だって、お前の作業をすごく褒めてた」

「ゼフ、バルトさんだって意地悪で言ってるわけじゃ……」

「分かってるよ! 怪我させないためだろ!? ガキ扱いされてるんだよ!」


 ゼフは荒い息を吐きながら、自分の腕を強く見つめた。


「おれだって活性魔術を使えば、大人以上の力が出せる。風魔術を使えば、誰よりも速く走れるんだ。なのに……実戦にも出してもらえない。柵の外の警戒にも連れて行ってもらえない。これじゃ、何のために魔術を覚えたのか分かんないじゃないか……」


 わたしがどう声をかけていいか悩んでいると、作業を終えたルリさんが通りかかり、柔らかい声でゼフに語りかけた。


「ゼフくん。焦る気持ちは分かるけれど、バルトさんの言うことも一理あるのよ。密林の生態は、私たちが思っている以上に狡猾で危険なの。しっかりと準備を整えることも、立派な戦士の仕事よ」

「ルリ姉……。でもおれは、ただ守られるだけのガキでいたくないんだ。おれがしっかりしなきゃ、エルミのことだって守れないし……」


 ゼフはうつむき、悔しそうに地面を蹴った。

 ルリさんは困ったように小さく苦笑しつつも、ゼフの肩を優しく叩いた。


「自分の力を見せつけたい気持ちも、妹想いなところも素敵だと思うわ。でもね、本当の強さは無茶をすることじゃないの。焦らなくても、ゼフくんが活躍する時は必ず来るわ」


 ルリさんの温かな言葉に、ゼフは気まずそうに「……ちぇっ」と呟いて顔を背けた。

 けれど、その瞳の奥にくすぶる激しい焦燥の火種は、消えるどころかますます強く燃え上がっているように見えた。


 古参と新参の対立でピリピリと緊張が続く村の空気と、認められたくて焦る兄の心。

 二つの危険な火種が重なり合っていることに、わたしは胸の騒ぎを抑えることができなかった。

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