第1話:帰郷と違和感
見渡す限りを埋め尽くす鬱蒼とした巨木と、ねじれた蔓草。先史人類の大戦争が遺した過酷な生態系である「密林」を切り拓いて作られた街道を、わたしたちは慎重に進んでいた。ここは街道の敷かれた開拓済みの地域とは言え、生体兵器の脅威が完全になくなったわけではない。
王都の大神殿で十歳の生誕祭を終えたわたし——エルミと、双子の兄であるゼフ。そして、村長であるお父さん、村の道具や整備を一手担う技術者のルリさん、危険な密林地帯の移動を守ってくれた護衛の村人二人を加えた計六人の一行は、もう間もなく数日ぶりに故郷である開拓村「エッジ・グリーン」へと辿り着こうとしていた。
「おい、エルミ! もうすぐ村の柵が見えるぞ!」
街道の先を歩いていたゼフが、振り返って声を上げてきた。わたしと同じ十歳とは思えないほど落ち着きがなく、じっとしていられないお兄ちゃん。けれど、その瞳には十歳になって魔術コードを身に宿した誇らしさが溢れている。
「そんなに急いで走らないでよ、ゼフ。荷物が揺れて危ないじゃない」
「へへっ、早く村の奴らにおれの魔術を見せてやりたいんだよ。特にバルトのオッサンにさ、『いつまでもガキ扱いすんじゃねえ』って教えてやるんだ」
ゼフは小生意気な口調で笑うと、ふわりと纏った微量の風魔術で足元を軽くし、路上に伸びた太い根を軽やかに飛び越えた。
バルトさん。初期からこの村を開拓してきた、あの頑固で腕っぷしの強いベテラン開拓者の顔が思い浮かぶ。ゼフが風魔術と活性魔術を選んだのは、「誰よりも早く村の危機や、わたしの危機に駆けつけるためだ」と王都で言っていたのを思い出す。ちょっと生意気で無鉄砲だけれど、本当はお兄ちゃんなりにわたしや村のことを考えているのだと分かっているから、少し頼もしくもあった。
魔術。
わたしたちの生活を支える技術のひとつ。魂に設定されたスロットにチップを介して魔術コードをインストールすることで使えるようになる特殊な力。……と、詳しい意味は分からないけど神殿で司祭様がそう仰っていた。
魔術は使う程に熟練度を増し、魔術の扱いだけではなく、魔術系統に応じた身体能力の強化を齎してくれる。
これは、密林の中にある開拓村で生活するには絶対必要な力。無力な子供のわたしとゼフを連れた危険な旅だけど、開拓村にとっては必要なことだった。ルリさんだけは、消耗品の補充などにどうしても自分が行く必要があるからとついてきたみたいだけど。
魂のスロットへ魔術をインストールするのは、何故か十歳を迎えてからしかできない。だから、十歳の生誕祭というのは誰にとっても特別な意味を持っている。
わたし自身が魂のスロットに宿したのは、生活魔術と植物魔術。派手さはないけれど、この密林の縁で生き抜くためには絶対に欠かせない力だ。わたしたちはそれぞれの選択を胸に、誇らしい気持ちで村の入口へと足を進めた。
……けれど。
丸太を組み上げて作られた村の防護柵が近づくにつれ、ゼフの弾んでいた足取りが少しずつ重くなっていった。
「……あれ? なんかおかしくないか?」
ゼフが首をかしげる。わたしも同じ違和感を覚えていた。
いつもなら、密林の開拓や畑仕事から戻ってきた村人たちの話し声や、道具を打つ音が聞こえてくる時間帯だ。それなのに、村の中はやけに静まり返っている。ただ静かなのではない。皮膚がピリピリと刺すような、重苦しい空気が漂っているのだ。
門をくぐり、広場へと足を踏み入れたわたしたち六人は、その場に立ち尽くした。
広場の中央で、村の人間がふたつのグループに分かれ、険しい顔で睨み合っていたのだ。
片方は、開拓初期から村を支えてきたバルトさんや、畑の管理を担当している農夫のエレンさんたち古参グループ。もう片方は、後から村にやってきた元戦士のガワンさんたち新参グループだった。
その中央近くでは、お母さんが静かに佇み、両者の間に立ってどうにか衝突を抑え込もうと毅然とした態度で言葉をかけている。けれど、男たちの血走った熱気を完全に鎮めるには至っていない様子だった。
「だから言ってるだろ! 密林から生体兵器の気配が近づいてきてるんだ! さっさと防壁の外に出て先制攻撃仕掛けりゃ済む話だろうが!」
ガワンさんが荒々しい声を張り上げ、太い腕を振り回す。活性魔術を日常的に使う彼の体躯からは、威圧的な気が満ちていた。
それに対して、バルトさんが地面にツルハシを叩きつけるようにして怒鳴り返す。
「ふざけたこと抜かすな! 密林の生態系も分からん新参が勝手に刺激してみろ、群れごと村に押し寄せてきたらどうするつもりだ! 開拓の基本も知らん奴らがでかい顔すんじゃない!」
「俺たちの戦力がなきゃ防護柵の維持すら怪しいくせに、古株ぶって威張ってんじゃねえよ!」
「なんだと!?」
かみ合わない主張と怒号が飛び交う。
村長のお父さんと、新参グループとのパイプ役だった技術者のルリさん。その二人がわたしたちの生誕祭や用事で数日間村を離れていた間、日頃からくすぶっていた古参グループと新参グループの不満が、一気に噴き出してしまったのだろう。
「二人とも、一旦落ち着きなさい。感情をぶつけ合っても何も解決しませんよ」
お母さんが静かに制止の声をかけるものの、激高した男たちの耳には届かない。
「戻ったぞ! 一体全体、何の騒ぎだ!」
後ろからお父さんが前に出て、強い声で広場に介入した。ルリさんも慌てた様子でガワンさんたちの元へ駆け寄っていく。
村長であるお父さんが戻ったことで、その場はなんとか収まった。けれど、お互いを睨みつける目つきの鋭さは少しも緩んでいない。村の中に生じた深い亀裂が、はっきりと目に見える形になって横たわっていた。
胸の奥が、冷たく締め付けられる。
わたしは思わず、隣に立つゼフの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「……ねえ、ゼフ。村、どうなっちゃうのかな……」
不安で声を震わせるわたしに、ゼフはぐっと拳を握りしめ、力強く言い放った。
「大丈夫だ、エルミ。おれ達が帰ってきたんだからさ。おれもすげえところ見せて、村の奴らに一人前なったんだって認めさせてやるよ」
隣で胸を張るお兄ちゃんの横顔を見ながら、わたしは小さな安堵と、それ以上の胸の騒ぎを覚えていた。
早く村の役に立ちたいというゼフの焦りと功名心が、この脆く張り詰めた村の空気にどのような波紋を広げてしまうのか、この時のわたしはまだ何も分かっていなかったのだ。




