第一章 3話 前編 ◆天井裏の物音
外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!
……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。
「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」
光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?
歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!
史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!
第一章 3話 前編 ◆天井裏の物音
饗応役決定の宴が終わる頃には、
安土城はすっかり夜の静けさに包まれていた。
昼間の喧騒が嘘のようである。
支度部屋には一つの灯火。
油の匂い。
墨の香り。
そして、和紙を走る筆の音だけが静かに響いていた。
明智十兵衛光秀は、一人、文机に向かっていた。
昼間は涼しい顔で饗応役を引き受けた。
だが胸の内では違う。
(危うかった。)
六周目。
丹羽長秀の疑いの目。
あれ以上見抜かれていたら、
指し矢の儀はどう転んでいたか分からない。
光秀は小さく息を吐く。
「……まずは第一関門、か。」
その時だった。
コトリ。
天井板のどこかで、
小さな乾いた音が鳴った。
灯火に照らされた埃が、
ふわりと一筋舞い落ちる。
光秀は筆を止めない。
目だけが静かに天井へ向いた。
「……鼠にしては、礼儀正しい。」
もう一度。
コトリ。
今度は明らかに、
人が体重を移した音だった。
光秀は筆を置く。
「出てまいれ。」
静かな声だった。
「疾うに気づいておる。」
部屋は再び静寂に包まれる。
やがて。
天井板が音もなく横へ滑った。
そこから逆さまの顔が、
ぬっと現れる。
「……見つかってしまいましたケロ。」
その第一声だけで、
部屋の空気が一変した。
:筆者の想いに寄せて
なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。
それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。
店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。
この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。




