第一章 2話 ◆車座、膨れ上がる面々
外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!
……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。
「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」
光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?
歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!
史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!
第一章 2話 ◆車座、膨れ上がる面々
光秀が庭へ駆け込んだ頃には、重臣たちはすでに青々とした芝生の上へ円く座していた。
その中央には、一枚の大きな円盤。
黄金に輝く指し矢が据えられている。
本日の議題はただ一つ。
「徳川家康をもてなす饗応役を、誰が引き受けるか。」
……もっとも。
「引き受ける」と言えば聞こえはよい。
実際は、
「誰に押しつけるか。」
その一点に尽きた。
「狭いわッ!」
柴田勝家が胡座をかくだけで、左右の者が半歩ずつ押し出される。
「もう少し詰めてくだされ。」
「詰めたら儂がはみ出す。」
誰も反論できない。
体格の問題だった。
その隣では滝川一益が周囲を見回している。
忍び上がりの癖なのか、背後が気になって落ち着かない。
「……後ろに誰かおりますかな。」
「後ろは池です。」
「それなら安心。」
安心する理由が誰にも分からない。
前田利家は背筋だけは見事に伸びていた。
しかし視線だけは、勝家の前に置かれた茶菓子へ釘付けである。
(うまそうだ……。)
その心の声が聞こえてきそうなほど真剣だった。
少し離れた場所では、石田三成が算盤を弾いている。
パチパチ。
パチパチ。
「駄目です。」
誰もまだ何も聞いていない。
「今回の饗応は予算超過です。」
「まだ始まってもおらぬぞ。」
「だから申し上げております。」
三成だけは最初から終わりを心配していた。
一方。
客座には穴山梅雪がぽつんと座っていた。
武田家から織田方へ移ったばかり。
話しかける者もなく、手の置き場すら分からない。
(……笑うべきか。)
少し笑う。
(違う気がする。)
真顔へ戻る。
(やはり笑うべきか。)
また少し笑う。
見ている方が気まずかった。
その時だった。
「……遅れて、かたじけない。」
乱れた息を必死に整えながら光秀が輪へ加わる。
姿勢だけは凛としている。
だが袴の裾には階段で転げた泥が、しっかりと付いていた。
左近は遠眼鏡越しに苦笑する。
「見栄だけは最後まで捨てられませぬな。」
やがて丹羽長秀が静かに中央へ歩み出た。
「これより、徳川家康公饗応役決定、指し矢の儀を執り行う。」
場が静まり返る。
……いや。
静かなのは丹羽だけだった。
全員が心の中で、
(当たるな。)
(当たるな。)
(頼む、当たるな。)
と、必死に祈っていた。
「では。」
丹羽が矢へ手を掛ける。
「始める。」
勢いよく放たれた黄金の指し矢は、
くるくる、
くるくる、
くるくると、
庭中の期待と恐怖を巻き込みながら回り始めた。
:筆者の想いに寄せて
なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。
それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。
店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。
この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。




