第二章 第16話 前編 ねね先生、台所は天下を映す』
外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!
……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。
「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」
光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?
歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!
史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!
【第二章 第16話 前編】
『ねね先生、台所は天下を映す』
朝靄が、琵琶湖を淡い白に包んでいた。
水面を渡る風は、夏の匂いを運び、安土城の金箔瓦を柔らかく揺らめかせる。
天守は朝日に照らされ、まるで眠りから目覚めた巨人のように静かに息をしていた。
城下町では、市が始まっている。
野菜を積んだ荷車。
籠いっぱいの鮎。
桶に泳ぐ小鮒。
味噌、醤、酢の香りが朝の空気に溶け込み、人々の笑い声が通りを満たしていた。
安土の一日は、台所から始まる。
◇
「十兵衛様、こんなに立派な鯛ばかり並べて、家康様は喜ばれるのでございますか?」
柔らかな声に、光秀が振り向く。
「ねね様。」
籠を提げたねねが、にこやかに立っていた。
「いや、祝いの席ですからな。豪華な魚こそ相応しいかと。」
ねねは鯛を見つめ、小さく首を傾げた。
「祝いの席には結構。でも、それだけではお腹も心も満たされません。」
光秀は思わず聞き返す。
「心……ですか。」
「ええ。」
ねねは店先の味噌樽を指さした。
「人はご馳走を覚えるより、ほっとした味を覚えるものです。」
その言葉に、ケロタンの耳がぴくりと動く。
「ほっとした味……。」
ねねは微笑んだ。
「三河のお方は、質素な暮らしを長く続けてこられました。派手なお料理ばかりでは、かえって落ち着かないこともあります。」
左近が腕を組む。
「つまり、豪勢にすれば勝ち、というわけではないのか。」
「そういうことです。」
弥助も静かに頷いた。
「客の心を知る。それが饗応。」
光秀は深く息を吸う。
これまで集めてきた食材も、名人たちの技も、相手の心を知らねば意味を持たない。
饗応とは、料理を並べることではない。
客を迎えることなのだ。
◇
「では皆さん。」
ねねが笑顔で手を打った。
「今日はお買い物です。」
「……買い物?」
四人の声が揃う。
「台所は戦場より忙しいのですよ。」
その瞬間、左近の持った大根が手から滑り落ち、坂道を転げ始めた。
「あっ!」
「待てぇぇ!」
大根は勢いよく市を駆け抜け、
魚屋の桶をかわし、
八百屋の籠をすり抜け、
犬まで巻き込んで一直線。
「止まれぇぇ!」
左近、弥助、ケロタンが一斉に追う。
城下町に朝から笑い声が響いた。
その様子を見つめながら、ねねはくすりと笑う。
「……まずは、良い大根を選ぶところからですね。」
光秀は苦笑しながら空を仰いだ。
安土城は、今日も楽しそうに四人を見下ろしていた。
後書き:筆者の想いに寄せて
なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。
それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。
店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。
この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。
【ご報告】あっちゅ寝太郎、改め「曲木 六円」です!(頭隠して尻隠さず編)
いつも作品を読んでいただきありがとうございます、曲木 六円です。
以前からアナウンスしていた通り「あっちゅ寝太郎」から名義を変更したのですが……システム上のIDやランキング周りの仕様により、一部で「あっちゅ寝太郎」の尻尾がガッツリはみ出している状態になっております!(⌒▽⌒)
いわゆる「頭隠して尻隠さず」な状態ですが、これもまた一興ということで、当面はこのまま(ハイブリッド名義のような形で)活動を続けてまいります。
「曲木 六円」も「あっちゅ寝太郎」も中身は同一人物ですので、どちらの名前で見かけても、どうぞ変わらずにお付き合いいただけますと幸いです!今後ともよろしくお願いいたします。




