↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
安土饗応作戦 光秀 左近 ケロタンの遠眼鏡  作者: あっちゅ寝太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/24

第二章 14話 ◆家康の先遣隊到着!


外野の嫌がらせと信長の理不尽な圧力を、光秀の悪知恵と左近の勢い、ケロタンの珍妙な技でひっくり返す!


……だが、おもてなしが成功に近づくにつれ、光秀の瞳には異様な光が宿り始める。

「天下の行く末のため……上様、敢えて怒っていただきましょう」


光秀の胸に秘められた、あまりに切なく、壮大な深慮遠謀とは——?


歴史の結末が哀しいからこそ、今は思いきり笑い飛ばす!

史実のリアルと食文化の深掘りに、光秀の覚悟、そしてテンポ抜群の喜劇を掛け合わせた、命がけの過剰接待サイココメディ開幕!


第二章 14話 ◆家康の先遣隊到着!


― 本多忠勝、夕立の庭を渡る ―

 夕立は、ほんの一刻ほどで去っていった。

 安土城の白壁は雨に洗われ、黒瓦は深い艶を帯びている。

 松葉から雫が落ち、池には夕焼け雲が揺れていた。

 濡れた飛び石が朱に染まり、風が竹を鳴らす。

 昼の暑さを忘れさせる、心地よい涼しさであった。

         ◇

 天守の櫓。

 森蘭丸は、信長から預かった遠眼鏡を庭門へ向けていた。

 昨夜、月下の庭を膳を載せて駆け回っていた四人の姿が、まだ瞼の裏に残っている。

(殿には申すまいと決めたが……今宵も何かやりそうな顔ぶれよ。)

 苦笑して視線を滑らせた、その時。

 レンズの端を、光るものが横切った。

 槍の穂先。

 鹿角の脇立の兜。

 その後ろに、乱れぬ足並みの徳川勢。

「……早い。」

 徳川一行の到着は、二日後のはずである。

 先頭の男は、濡れた飛び石を踏んでも、一歩も歩幅を変えない。

 蘭丸の背に、すっと冷たいものが走った。

「本多、平八郎……。」

 遠眼鏡を畳むや、蘭丸は階段を駆け下りた。

         ◇

「前乗り、とな。」

 報せを聞いた光秀は、扇をぴたりと止めた。

 配膳室には、昨夜の稽古でまだ足の重い三人がいる。

 左近が赤い割烹着の紐を締め直す。

ケロタンは頭の盆を布で磨き、弥助は包丁の刃をひとつずつ確かめた。

「饗応の支度は、まだ七分。」

 光秀は低く言った。

「だが、向こうは待ってはくれぬ。先に来る者は、膳を食いに来るのではない。見に来るのじゃ。」

「何を、でござる。」

「我らが何を出すか、ではない。何を隠しておるか、をよ。」

 左近の喉が小さく鳴った。

「左近。」

「はっ。」

「今日は槍を置け。我らの鎧は、その割烹着一枚じゃ。」

「……心得ました。」

         ◇

 玄関の式台に、忠勝は立っていた。

 蘭丸が膝をつくより早く、忠勝は軽く頭を下げた。

「徳川家康が家臣、本多忠勝。少々、足が早うござった。お許し願いたい。」

 年若い蘭丸に、礼を尽くす声であった。

 それから背の長槍をおろし、小姓へ差し出す。

「蜻蛉切。ここより先は、お預けいたす。」

 槍を渡す手に、迷いがない。

(武を鼻にかけぬ。だが、武を捨てたわけでもない。)

 光秀は柱の陰からそれを見て、扇を握り直した。

「ご用の趣は。」

「主の膳に、障りがあってはならぬ。城の水と台所を、一目拝見したい。」

 断れば疑いを招く。

 見せれば、七分の支度をさらす。

 光秀は一瞬だけ目を閉じ、静かに微笑んだ。

「ご案内つかまつる。」

         ◇

 井戸端で、忠勝は柄杓を取った。

 一口含み、ゆっくり飲み下す。

「……甘い水だ。」

 それから、裏口の閂を指で押し、勝手口の戸の軋みを確かめ、竈の灰の湿りを見た。

 どれも、無言である。

 蘭丸が光秀に目で問う。

(毒見の下見か。)

 光秀は小さくうなずいた。

(水も、人の出入りも、火の癖も。家康公の口へ入るまでの道を、すべて歩いておられる。)

 配膳室の襖が開く。

 左近、ケロタン、弥助が一列に控えていた。

 炭火の匂いと、昨夜の汁の残り香。

 忠勝の鼻が、わずかに動く。

「仕込みの最中か。」

「はっ。ご覧の通り、まだ荒仕事にて。」

 光秀が頭を下げる。

 四人が、いっせいに揖した。

 両手を太腿へまっすぐ添え、深く、深く。

 そのまま、

 トトト……

 トトトト……

 魚が尾びれを震わせるような足さばきで、四人は静かに後ずさった。

 蘭丸の肩が、ぷるぷると震える。

 笑うな。笑ってはならぬ。

 忠勝は何も言わなかった。

 ただ、その足元を、じっと見ていた。

         ◇

「……見事な足運びだ。」

 忠勝は、低く言った。

 左近の背筋が張りつめる。

 怒られるか。笑われるか。

 だが、忠勝の目は笑ってはいなかった。

 左近の足袋の先、踵のあたりに、ぴたりと据えられている。

「後ろへ下がりながら、一度も踵が浮かぬ。」

 しばしの沈黙。

「あれは、退き陣の足だ。」

 左近の胸の奥で、武人の血が、ことり、と鳴った。

(見抜かれた……。)

 忠勝は踵を返す。

「膳の上でその足を見るのが、楽しみでござる。」

 去り際の一言に、褒め言葉の温かさと、刃のような鋭さが同居していた。

 光秀は、その背を見送りながら、静かに思う。

(家康公は、膳を食べに来るのではない。我らの腹の底を、見に来るのじゃ。)

 夕立の名残の風が、庭の青竹を鳴らしていた。

              第15話へ続く

後書き:筆者の想いに寄せて

なぜ島左近なのか。なぜケロヨンなのか。

それは、左近の持つ「武人の潔さ」と、ケロヨンの持つ「健やかな日常の象徴」が合わさった時、初めて信長の「死の気配」に対抗できると考えたからです。

店頭で雨の日も風の日も立ち続けるあのカエルのように、ケロヨンは安土の激動をケロリと見過ごし、左近は主君のために地獄の釜を焚き続ける。

この二人がいたからこそ、光秀は本能寺という「最後の配膳」まで走り抜けることができました。歴史という名の厳しい「処方箋」を、少しでも楽しく、そして美味しく書き換えたい。そんな願いを込めた主役抜擢でございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。